一色清の世の中ウオッチ 略歴

2013年10月31日

給料って本当に上がるの? (第20回)

知っておきたいベアと最低賃金

 ベアって分かりますか。熊のことではありません。会社が社員の給料の水準を上げることで、ベースアップを縮めた言葉です。

 ひょっとしたら若い人には分からないかもしれないと思ったのは、この5年間、ほとんどの会社でベアがなかったからです。労働組合の集まりである日本労働組合総連合会(連合)は最近4年間、要求すらしていませんでした。新聞やテレビ、ネットのニュースでもベアという言葉が取り上げられることは少なく、「死語」とまではいかなくても「入院中」くらいの言葉でした。
 それが、最近の新聞記事では、大きな見出しでベアの字が躍っています。来年4月、久しぶりに多くの会社で給料が上がりそうだからです。

 日本の会社の多くは、自社の給料を労働組合と話し合って決めます。4月からの給料を3月に決めるこの団体交渉は、春闘(春季闘争)と呼ばれています。この春闘に向けて、トヨタ自動車や日立製作所といった大きな会社がベアに前向きな考え方を表明したり、連合がベアを要求する方針を決めたりしているのです。

 ちょっと横道にそれますが、ベアと定期昇給の違いにも触れておきます。会社に勤めていると、1年目より2年目、2年目より3年目と勤続年数に伴って階段状に給料が上がっていくのが一般的です。1年ごとに給料が増えるので定期昇給と言います。会社が従業員に支払う給料の総額は、階段が同じであれば、定年退職や新規採用などで人の入れ替わりがあってもそれほど大きくは変わりません。一方、ベアは、この階段そのものを全体的に上に持ち上げるもので、会社が従業員に支払う給料総額が増えます。会社にとっては、コストアップになりますので、大きな決断になるわけです。

 今、ベアが注目されているのは、安倍政権が進めているアベノミクス成功のカギを握ると考えられているからです。アベノミクスは、日本銀行が大量のお金を世の中に出すことで、お金の価値を下げて物価を上げようという政策です。実際、円安になって輸入品の値段が上がるなど、物価がじわじわと上がり始めています。物価が上がるのなら早くお金を使おうという心理も働いているようです。ただ、賃金が同じかそれ以上に上がらないと、生活は苦しくなるだけです。給料が上がってはじめて、アベノミクスはうまく回り始めることになります。だから政府は会社にベアを実施させようと必死になっているのです。

 働く人の賃金にとって、大事な決めごとは、ベアのほかにもう一つあります。最低賃金です。ベアは大企業に関係の深い決めごとですが、最低賃金は主に中小企業や非正規労働者に関係してくるものです。これ以上低い賃金で雇ってはいけませんという時給額で、毎年、国が水準を示して、各都道府県が決めています。今年も9月に決まって、全国平均は15円増えて764円になりました。それでも、生活保護の水準をわずかに上回る程度です。

 ベアほど注目を浴びませんでしたが、今の日本にとってこちらの方が大事かもしれません。10月下旬、日本記者クラブで日本の成長戦略に関する記者会見に臨んだアイリスオーヤマ(本社・仙台市)の大山健太郎社長は、非正規労働者が働く人の4割近くになっている日本の雇用の現状について、「最低賃金をもっと上げることが必要。このままでは格差がどんどん広がる。最低賃金が上がった分は価格に転嫁できるようにして経営者が受け入れやすくすればいい」と強調しました。景気に与える影響にしても「年収が200万円から240万円に上がった場合、40万円はほぼすべて消費に回るだろうが、年収800万円が840万円に上がっても、全部は消費に回らない」と言って、景気回復のためにも最低賃金の引き上げを求めました。

 ベアにしても最低賃金にしても引き上げの追い風が吹いています。就活生にとっても、うれしい風だと思います。ただ、経済は生き物ですので、この風がいつまで吹き続けるか、分かりません。来年4月の消費税引き上げとともに風向きが変わったりしないように、私も祈りたいと思います。

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