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2025年07月31日

中国からアメリカへ、高炉から電炉へ、動く鉄鋼業界【業界研究ニュース】

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 日本製鉄が計画したアメリカの USスチール買収がようやく実現しました。2023年、バイデン政権の時に両社が計画に合意しましたが、バイデン政権は認めませんでした。その後に誕生したトランプ政権も買収を認めない姿勢をみせていましたが、一部の取締役の選任や承認の権限をアメリカ政府が持つことなどを条件に認めたのです。日本製鉄は約1.6兆円を投資してUSスチールの新工場を建設するなどして、アメリカでの鉄鋼生産を始めることにしました。トランプ政権は鉄鋼、アルミ、銅に50%の関税を課すとしていますので、アメリカ国内での生産が実現すれば、輸出するより有利になると日本製鉄はみています。

 鉄鋼は生産量も需要も中国が大きかったのですが、中国の景気が悪くなったために需要が落ちて余った分が世界各国に流れ込み、鉄鋼価格を押し下げています。こうしたことから、日本メーカーの目は中国からアメリカなどに向くようになっています。また、鉄鋼の生産方法も二酸化炭素(CO₂)を大量に出す高炉方式からあまり出さない電炉方式へのシフトが始まっています。
(写真・USスチールの工場入り口の看板=2024年12月12日、米ペンシルベニア州/写真・図版はすべて朝日新聞社)

高炉メーカーは現在3社

 鉄鋼業界は製鉄方法の違いから、高炉メーカーと電炉メーカーに分かれます。高炉は高い円筒形の炉で、石炭からつくるコークスと鉄鉱石を高温で燃やし、鉄をとりだすものです。電炉は電気炉の略で、鉄のスクラップ(くず鉄)を電気で溶かして鉄を再生させるものです。高炉はコークスを燃やすときに多くのCO₂を出しますが、電炉は製鉄工程ではCO₂が出ません。高炉は鉄鉱石から鉄をつくるものなので付加価値の大きい生産方式ですが、建設に多額の費用がかかるため、資金力が必要です。日本では現在、日本製鉄、 JFEホールディングス神戸製鋼所の3社に高炉メーカーは集約されています。一方、電炉メーカーは約30社あり、売上高3千億円を超える東京製鉄のような大企業もありますが多くは比較的規模の小さな会社です。
(写真・鉄スクラップから溶鋼を生み出す大型の電気炉=愛知県田原市の東京製鉄田原工場)

日本製鉄は買収によって世界3位か

 世界の鉄鋼メーカーをみると、2024年の生産量がもっとも多いのは中国の中国宝武鋼鉄集団で、2位はルクセンブルグに本社があるアルセロール・ミッタル、3位は中国の鞍鋼集団、4位が日本製鉄でした。JFEスチールは13位、神戸製鋼所は機械やアルミ板などの生産もあり製鉄事業の規模が小さいので上位には入っていません。日本製鉄が買収したUSスチールは29位で、日本製鉄とあわせると世界3位に迫る規模になるとみられています。1970年代から1980年代にかけて日本製鉄の前身の新日本製鉄は世界一の生産量を誇る製鉄メーカーでしたが、その後の長期不況などにより後退した経緯があります。

関税50%は壊滅的ではない

 トランプ政権は、鉄鋼に50%の関税をかけるとしています。鉄鋼は幅広い工業品のほか兵器にも使われます。トランプ大統領は自国生産の強化を国家安全保障上の優先事項としていて、関税引き上げはその手段と考えているようです。50%もの高関税がかかると、他国からアメリカへの輸出はかなり難しくなるでしょう。ただ、2024年の日本からアメリカへの鉄鋼の輸出額は3千億円ほどとそれほど大きくないので、日本にとっては壊滅的というほどの打撃にはならないと思われます。ただ、JFEなどアメリカに大きな生産拠点を持たないメーカーは、アメリカ以外の輸出先の開拓に力を入れる必要があるとみられます。

操業130年の高炉が電炉に

 地球温暖化問題に取り組むうえで、高炉から電炉への転換も大きな課題です。日本製鉄は2025年5月、九州製鉄所八幡地区(北九州市)の高炉を電炉に置き換えると発表しました。高炉の火が消えるのは2030年で、「八幡の高炉」の操業開始から130年目にあたる年になります。日本製鉄は瀬戸内製鉄所の広畑地区(兵庫県姫路市)でも2028~29年度に電炉を増設し、山口製鉄所(山口県周南市)では電炉を再稼働させることにしています。また、JFEスチールも西日本製鉄所倉敷地区(岡山県倉敷市)にある高炉一基を電炉に置き換え、2028年に生産を始めることにしています。
(写真・日本製鉄の九州製鉄所八幡地区(撮影時は新日鉄住金八幡製鉄所)=2016年、北九州市)

社員の待遇改善には力を入れる見通し

 日本製鉄は2024年の春闘でベースアップ(ベア)11.8%という超高額回答をしたことで世間を驚かせました。長くデフレに苦しんだ日本では鉄鋼の価格も上がらず、設備や人員も過剰だったことから構造不況業種と言われました。しかし近年、デフレが終わって価格が上がり始め、工場の再編などの合理化も進み、利益の出る体質になったことから、これまでを一気に挽回するような大盤振る舞いをしたのです。ただ、2024年度から25年度にかけては鉄鋼価格が再び下がり、各社の業績にもやや陰りが出ています。そうしたことから2025年の春闘での日本製鉄の賃上げ率は3.6%で、労働組合が要求した4.5%には届きませんでした。ただ、鉄鋼業界でも人手不足は深刻で、海外要員の採用にも力を入れる必要があり、これからも社員の待遇改善には力を入れるものと思われます。
(写真・日本製鉄の橋本英二会長=2025年7月8日、東京都千代田区)

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