業界研究ニュース 略歴

2024年12月05日

脱繊維の成否が明暗を分けた化学繊維業界【業界研究ニュース】

素材

 1889年に創業し、かつては日本の繊維産業の中心的な存在だったユニチカが、官民ファンド「地域経済活性化支援機構」から200億円の出資を受けてその傘下に入ることになりました。ユニチカは銀行に債権放棄を求めるなどし、私的整理手続きを進めます。衣料繊維などの分野の赤字が止まらず、こうした分野からは撤退して、今後は包装用や工業用のフィルムなどの高分子事業に力を入れるとしています。

 日本の繊維産業は、戦前は天然繊維を、戦後は化学繊維を生産して日本の主力産業の地位を占めていました。しかし、人件費の安い中国や東南アジアの国との競争に敗れ、その地位は失われました。多くの化学繊維メーカーは高分子事業、医薬品、住宅などの分野に進出し、多角化することで生き残り、好不況の波にとらわれない安定した業界となりました。ユニチカは生き残りに失敗した数少ない例といえます。化学繊維業界は、直接消費者に向けて販売する製品が少なく、一般的な知名度は高くありませんが、日本の工業技術力を支えている重要な業界のひとつになっています。
(写真・ユニチカの前身、大日本紡績株式会社摂津工場の内部=1930年)

多角化により社名は記号化

 化学繊維業界の業界団体として、日本化学繊維協会があります。正会員は18社で、帝人東レクラレ東洋紡旭化成、三菱ケミカル、ユニチカなどが入っています。かつての主力製品がわかる社名もいくつかあります。たとえば「帝人」は戦前、帝国人造絹糸という社名でした。人造絹糸というのは、植物に含まれる繊維を化学薬品で溶かして再生した化学繊維の一種です。絹糸に似せたため人造絹糸といい、英語ではレーヨンともいいます。「東レ」の「レ」はレーヨンの「レ」で、かつては東洋レーヨンという社名でした。「東洋紡」の「紡」は糸をつむぐことを表す紡績の紡で、かつては東洋紡績という社名でした。ほかにも紡の字のつく繊維メーカーはいくつもありますが、同じ由来です。さらに今は、帝人はTEIJIN、東レはTORAY、東洋紡はTOYOBOといった具合にアルファベット表記を前面に出すようになってきました。会社の実態がどんどん移り変わって多角化しているため、社名が記号化していることがわかります。
(写真・東レのロゴ)

三菱ケミカルや東洋紡も衣料向けから撤退や集約

 ここにきて衣料向けの繊維事業から撤退したのは、ユニチカだけではありません。2017年に三菱レイヨンを合併してできた三菱ケミカルグループは2024年9月、婦人服などに使われる化学繊維事業を専門商社に売却して、衣料繊維から撤退すると発表しました。また、東洋紡は国内の紡績拠点である富山県の3工場のうち二つを休止し、生産を集約しました。こうした国内メーカーの衣料繊維からの撤退は、中国の増産により安い輸入品がたくさん入ってきて競争力を失いつつあることを示しています。
(写真・三菱ケミカルグループのロゴマーク)

第1回の人気企業文系1位は東レ

 日本の繊維産業の歴史をたどると、戦前は日本の全輸出品の半分以上を繊維品が占めるくらいの主力産業でした。戦後はアメリカで発明された化学繊維のナイロンの需要が急増し、1970年ごろまでは日本の主力産業のひとつでした。リクルートが大学生の就職人気企業ランキングを始めたのは1965年卒対象からですが。第1回の文科系1位は東洋レーヨン(現・東レ)でした。しかし、繊維産業は工場に多くの労働力を必要とするため、経済成長により賃金が上がった日本は、東南アジアや中国にコスト競争力で負けるようになり、国内の繊維産業は先細りとなっていきました。

構造不況産業から成長産業へ

 多くの繊維メーカーは、脱繊維に成功しました。たとえば東レの現在の事業分野は繊維分野のほか、樹脂やフィルムなどの機能化成品分野、航空機などに使われる炭素繊維複合材料分野、水処理膜や建築資材などの環境・エンジニアリング分野、医薬や医療事業のライフサイエンス分野で構成されています。旭化成は事業領域を素材のマテリアル領域、戸建て住宅や建材の住宅領域、医薬品など医療関係のヘルスケア領域の3つに分けており、繊維はマテリアル領域の一部にすぎなくなっています。このように繊維分野を縮小してそこから派生した領域を広げることで、構造不況産業から成長産業に変わってきました。

環境や宇宙分野にも可能性あり

 繊維メーカーが化学をベースに研究や開発を進めている分野は、地球環境問題や宇宙事業などにも密接にかかわりがあります。植物など再生可能な資源を原料とする素材や宇宙空間で耐えられる素材の開発などは、最先端のテーマになります。繊維という古い素材をルーツに持ちながら脱皮を重ねて生き残ってきた業界ですので、環境や宇宙の分野で成功する可能性は十分にあります。どちらかというと理科系の人のほうが興味を持ちそうな業界ですが、文科系の人にも活躍する機会はたくさんあると思います。

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