高い賃上げを回答する企業が相次いでいる2024年の春闘で、もっとも驚く回答をしたのは鉄鋼最大手の日本製鉄でした。賃金体系を底上げするベースアップ(ベア)相当分として月3万5千円を労働組合に回答し、賃上げ率はベアだけで11.8%、定期昇給分を含むと14.2%にもなります。これは労働組合の要求のベア月3万円を大幅に上回り、過去最高でした。あわせて初任給の改定も発表し、4年制大学卒業者で4万1千円、高校卒業者で3万円を増額します。鉄鋼大手のJFEスチールと神戸製鋼所は、月3万円のベア要求に満額回答しました。2社は日本製鉄ほどではありませんが、それでも過去最高の額でした。
かつて「鉄は国家なり」といわれて産業界で大きな存在感を示してきた鉄鋼業界ですが、バブル崩壊後長く縮小傾向が続いてきました。賃金の伸びも小さく、優秀な人材を採用するのがむずかしくなっていました。しかし、二酸化炭素(CO2)の排出量を大幅に削減することを迫られたり国内の人口が減少したりする大転換期を迎え、新しい製鉄技術を開発したり、海外展開を急がなければならなくなったりしています。必要なのは優秀な人材ということで、業績のいい今、人材に思い切った投資をすることにしたものです。この姿勢に心を動かされる就活生がいるのではないでしょうか。
(写真・「人材はコストではなく、投資だ」と常々語ってきた日本製鉄の橋本英二社長=2024年1月/写真はすべて朝日新聞社)
日本製鉄は世界4位の生産量
世界鉄鋼協会によると、日本は世界3位の鉄鋼生産国です。世界の2023年の粗鋼生産量は約19億トンで、1位の中国がその半分以上の約10億トンを生産しています。2位はインドで約1億4千万トン、日本は約8700万トンです。2022年の粗鋼生産量を鉄鋼メーカー別にみると、世界最大は中国の中国宝武鋼鉄集団で、2位はルクセンブルクのアルセロール・ミッタルです。日本製鉄は4位、JFEスチールは14位、神戸製鋼所は57位となっています。
高炉メーカーは大手、電炉メーカーは比較的小規模
鉄鋼メーカーは、製鉄方法の違いから高炉メーカーと電炉メーカーに分けられます。高炉は高さのある円筒形の炉で、鉄鉱石とコークスを入れて高温にして鉄を取り出すものです。世界にふんだんにある鉄鉱石から鉄をつくることができますが、多額の設備投資が必要となるため、高炉メーカーは大手に限られます。電炉は電気炉の略で、原料は鉄のスクラップ(くず鉄)です。それを電気の熱で溶かして鉄に再生します。設備投資が小さくてすむため、電炉メーカーは比較的規模の小さい企業が多くなっています。日本鉄鋼連盟に入っている鉄鋼メーカーは50社で、上記ランキングに出てきた日本製鉄、JFE、神戸製鋼所の高炉メーカー3社以外は電炉を中心にしているメーカーです。
(写真・JFEスチール東日本製鉄所京浜地区の高炉=2023年9月)
製鉄所の再編進み、業績は好調に
鉄鋼大手は近年、製鉄所の再編を進めてきました。日本製鉄は福岡県の八幡製鉄所の高炉1基、和歌山県の和歌山製鉄所の高炉1基、広島県の呉製鉄所の高炉2基を休止し、茨城県の鹿島製鉄所の高炉1基は2024年度末に休止する予定です。JFEスチールは神奈川県川崎市の東日本製鉄所京浜地区の高炉1基を2023年に休止しました。神戸製鋼所を含む鉄鋼3社が抱える国内の高炉は2019年度末の25基から2024年度末には19基に縮小します。こうした再編により固定費が減ったことに加え、鋼材の値上げが進み、鉄鋼大手は売上高、純利益ともに高水準になり、業績は好調です。
(写真・事業を停止した日本製鉄瀬戸内製鉄所呉地区=2023年9月)
電炉の活用や水素などを使った技術開発
鉄鋼メーカーが抱えている課題はふたつあります。ひとつは脱炭素化に向けた取り組みです。高炉による製鉄は、コークスを燃やすことから大量のCO2を排出します。CO2の排出を削減するための取り組みとして短期的には高炉に比べて排出量が少ない電炉の活用があります。日本製鉄は八幡製鉄所に大型の電炉を設置する計画を立て、高炉から電炉への転換を進める姿勢を示しています。ただ、電炉はあくまで鉄の再生なので、すべてを電炉にするわけにはいきません。少し時間のかかる取り組みですが、本格的な製鉄法として、水素やアンモニアを使ってCO2排出量を減らしながら鉄鉱石から鉄を取り出す技術の開発を進めています。
注目される日本製鉄のUSスチール買収
もうひとつの課題は、海外進出です。日本国内の鉄鋼需要の伸びはあまり期待できず、海外で製鉄し、海外で売ることに力を入れる必要があります。日本製鉄は2023年12月にアメリカ鉄鋼大手のUSスチールを約2兆円で買収すると発表しました。USスチールは歴史のある鉄鋼メーカーで、粗鋼生産量では世界27位です。最先端の電炉技術と、アメリカ国内に鉄鉱石鉱山も持っています。ただ、この買収には労働組合のほか、今年11月におこなわれる大統領選挙で争うバイデン大統領もトランプ前大統領も反対姿勢を示しています。日本製鉄が買収にこぎつけられるかどうか、注目されます。
(写真・USスチールの本社ビル=2018年3月、米ピッツバーグ)
再び成長できる体質になったか
鉄鋼業界は今、長く続いた守りから攻めに転じているところです。20世紀後半には、財界天皇といわれた経団連会長を3代輩出した日本の主力業界でしたが、バブル崩壊後のデフレ経済の中、過剰な設備と人員を抱えた不況業種と言われるようになりました。しかし、会社の合併・統合に加え、設備や人員の削減を進め、再び成長できる体質になったようにみえます。さらなる成長は、脱炭素などの技術開発と海外進出をになえる人材をどれだけ抱えられるかにかかっています。
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