社会のデジタル化が進むにつれ、紙を使わないペーパーレス化が進んでいます。製紙業界にとっては逆風で、業界の競争は激しくなっています。最近では、「スコッティ」で知られる日本製紙子会社の日本製紙クレシアが、トイレットペーパーの「3倍巻き」の技術をまねされたとして、大王製紙を特許侵害で訴えたことがニュースになっています。業界2位の会社と業界4位の会社が裁判で争う事態になったのは、縮小傾向にある業界の競争が激しくなっていることを表しています。ただ、追い風となる社会の変化も生まれています。ひとつは、ネット通販の拡大による段ボール需要の拡大です。もうひとつは環境を守るための「脱プラスチック」の動きで、代わる素材として紙が注目されています。また、木材を原料とした新素材の開発も追い風となる可能性があります。業界では環境にやさしく軽くて強い素材の開発を進めており、紙製品だけでなく自動車部品や住宅建材などにも用途があると考えられています。製紙業界が再び成長業界になるかもしれないと期待させる動きです。
(写真は、日本製紙クレシアの「スコッティ フラワーパック3倍長持ち」=左、日本製紙提供=と、大王製紙の「エリエールi:na(イーナ)トイレットティシュー3.2倍巻」=大王製紙提供)
ネット通販が盛んになり板紙が伸びる
製紙業界がつくっている紙には、大きく分けてふたつあります。ひとつは、新聞紙やティッシュペーパーなどになる軽くて薄い「紙」で、もうひとつは段ボールになる厚くて硬い「板紙」です。このふたつをあわせた紙・板紙生産量は2000年をピークに少しずつ減っています。特に紙の減り方が大きく、板紙は2010年あたりから少しずつ増えています。紙は、新聞用紙、印刷・情報用紙、包装用紙、衛生用紙、雑種紙に分類されますが、衛生用紙以外はすべて減少しています。ティッシュペーパー、トイレットペーパー、紙おむつなどの衛生用紙は小さな増減はありますが、ほぼ横ばいで推移しています。紙の減少は新聞、雑誌の発行部数が減っていることやオフィスのデジタル化で紙が使われなくなったことなど社会のペーパーレス化を反映したものです。板紙は2010年あたりから段ボール原紙が伸びています。ネット通販が伸びたことによる需要増とみられています。
(写真は、アマゾンのデリバリーステーション=2022年7月、東京都江東区)
王子HDと日本製紙が2強
製紙の業界団体である日本製紙連合会に加盟しているのは31社です。そのうち、売上高がもっとも大きいのは王子ホールディングス(HD)で1兆4701億円(2022年3月期)です。次いで日本製紙が1兆450億円(同)、3位は段ボール専業のレンゴーで7469億円(同)。4位は大王製紙で6123億円(同)、5位は北越コーポレーションの2616億円(同)と続きます。業界は1990年代から再編が進み、王子HDと日本製紙の2強が鮮明になっています。ただ、日本製紙は東日本大震災で宮城県の石巻工場が被災するなどの打撃があり、王子HDとの差が開きつつあります。
東日本大震災での被災と復興についてはこちらを読んでみてください。
●「奇跡の復興」とげた製紙工場…出版文化担う「矜持」とは
(写真は、東日本大震災の津波被害から復興した日本製紙石巻工場の製造ライン=2012年8月30日、宮城県石巻市)
自動車部品にもなる新素材の開発
社会のペーパーレス化は止めようがないため、各社は伸びている段ボール事業や衛生用紙事業に力を注ぐようになっています。そのほか、海洋汚染を止めるために呼びかけられている「脱プラ」の流れを受けて、紙による代替製品の開発も進めています。ファストフード店やコンビニで使われているストロー、スプーン、フォークなどを紙製品にしたり、衣類用ハンガーや各種包装を紙に代えたりしようとしています。また、木材の繊維を微細化して作る新素材のセルロースナノファイバー(CNF)の開発や製品化にも力を入れています。製紙は木材を細かく切ったチップを原料とするため、CNFの開発に親和性が高く、各社が開発にしのぎを削っています。自動車部品、住宅建材、電化製品など幅広い用途に使えるため、将来性が高く環境にもやさしい素材です。課題はコストが高いことで、コスト低減に取り組んでいます。
王子HDは日本一の土地持ち会社
業界トップの王子HDは歴史の古い会社としても知られています。日本資本主義の父といわれる渋沢栄一が1873年に東京・王子に設立した会社で、来年には創業150年になります。日本製紙の母体のひとつである十条製紙は太平洋戦争後、巨大企業だった王子が分割されてつくられた会社です。元をたどれば日本製紙も王子の兄弟会社ということができます。こうした歴史もあって、王子HDは日本で一番広い土地を持っている会社といわれます。土地といっても多くは山林ですが、その面積は約19万ヘクタールで、東京23区の面積の約3倍になります。
富士市や四国中央市が「製紙の町」
製紙会社は国内型の産業です。紙の原料は木材からつくる繊維のパルプですが、今の紙の生産量のうちパルプから作っているのは3割ほどで、残りの7割ほどはリサイクルした古紙が原料です。木材やパルプは輸入が多いのですが、原料全体では輸入比率は低くなっています。紙製品自体の輸出入は少なく、多くを国内でつくって国内で消費する形です。最近は、王子HDが中国に工場をつくったり、各社が海外の会社を買収したりしていますが、ほかの製造業に比べると海外進出には慎重な産業といえます。国内では、水の豊富な海沿いの場所が工場の適地で、静岡県の富士市、愛媛県の四国中央市、北海道の苫小牧市などが「製紙の町」として有名です。