新聞や雑誌の発行部数は減り続け、オフィスでも紙のやりとりは減っています。社会のデジタル化とともにペーパーレス化の進行は顕著です。こうしたことは当然、製紙業界にマイナスに働きます。需要が比較的堅調な衛生用紙や段ボール原紙などで経営を支える一方、これまでにない製品やビジネスの開発に力を入れています。
そのもとになるのは、紙の原料である木材やその木が育つ森です。そうした資源を、社会の大きな課題になっている環境問題解決に役立てることができないかという狙いで、たとえば木材から新しい航空燃料、バイオプラスチック、半導体材料などをつくる試みがおこなわれています。二酸化炭素の吸収が大きく出す花粉の量が少ない「エリートツリー」の育成も、そのひとつです。時代の流れによって主力製品の需要が落ち込んだ業界の例はこれまでにたくさんありますが、その逆風をバネにして新しい製品を生み出し、苦境を乗り越えた例もたくさんあります。製紙業界は今、逆風をはね返す道を模索しています。
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39年ぶりの2000万トン割れ
日本の2024年の紙・板紙の出荷量は前年比2.9%マイナスの1991万トンでした。2000万トン割れは39年ぶりとなります。紙・板紙の出荷量のピークは2000年の3053万トンでした。その後も3000万トン前後で推移していましたが、2008年のリーマン・ショックで大きく落ち込み、それ以来減少傾向が続いています。社会のデジタル化が進んだことにより、新聞や雑誌の発行部数が落ち込んだりオフィスでの紙の需要が減ったりしたことが、減少のおもな原因です。ただ、ティッシュペーパー、紙おむつなどの衛生用紙は比較的落ち込みが少なく推移しています。また、段ボールに使う板紙はほかの紙に比べれば堅調です。これはネット通販の隆盛により、包装用の段ボールの需要が堅調なためですが、製紙業界を全体的に見れば逆風の中にいるといえます。
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王子HDが業界の中心的存在
業界団体である日本製紙連合会に加盟している日本の製紙会社は30社です。このうち王子ホールディングス(HD)と日本製紙は売上高1兆円を超えて「2強」とされており、その中でも経営基盤がより強い王子HDが業界の中心的存在です。ほかに売上高が大きい会社としては、レンゴー、大王製紙、北越コーポレーション、トーモク、三菱製紙などがあります。このうち、レンゴーとトーモクは段ボール製品を主力にしている会社です。日本製紙連合会によると、紙加工品、紙、紙の原料となるパルプの製造販売に従事している人の数を18万4千人としています。
東京都の約3倍の広さの森を持つ
逆風を乗り越えるために、業界が力を入れていることがあります。ひとつは、保有する森の活用です。王子HDや日本製紙は国内外に広大な森を持っており、王子HDの森の広さは東京都の約3倍にあたる64万ヘクタール、日本製紙も16万ヘクタールにのぼります。この日本製紙がいま取り組んでいるのが、「エリートツリー」の普及です。エリートツリーは人工交配と選抜を重ねてつくられた優秀な木のことで、日本製紙は通常のスギやヒノキと比べて二酸化炭素の吸収が5割以上多く、出す花粉の量は半分以下に抑えられるエリートツリーの苗作りをすすめています。2030年には年1千万本の供給体制を整えて社有林に生かすほか、外販にも力を入れることにしています。王子HDは、木材を糖液やエタノールに加工して石油の代わりにする事業に力を入れています。すでに鳥取県の工場で実証設備を稼働させており、こうした「バイオものづくり」で年間300億円以上の売上高を目指すとしています。ほかにも半導体の生産に必要な「レジスト」と呼ばれる素材を木材から作ることにも成功しています。
また、日本製紙がアパレルメーカーと共同で和紙の糸を使った「臭いにくい靴下」を開発するなどしています。さらに業界が大きな期待を持って研究開発を進めているのが、木材の繊維からつくるセルロースナノファイバー(CNF)という超極細繊維で、軽量で高強度なうえ環境負荷が少ないため、さまざまな用途に使えると考えて研究開発を進めています。
(写真・二酸化炭素の吸収量が多い「エリートツリー」=2024年8月、東京都北区/朝日新聞社)
歴史の古い会社が多い
紙は古くから使われているため、歴史の古い会社が多いのも特徴です。特に王子HDは「日本の資本主義の父」と呼ばれる渋沢栄一氏が1873年に東京・王子に設立した抄紙会社(王子製紙)が発祥で、150年を超える歴史を持ちます。日本製紙は太平洋戦争後、旧王子製紙が分割されてできた会社(十條製紙)が前身です。また、段ボールのレンゴーは1909年に東京・品川で創業しました。日本で初めての段ボールの事業化でした。段ボールという名称もこのときに創業者の井上貞治郎氏がつけたものです。
(写真・王子製紙米子工場内に完成した木質由来エタノール・糖液の実証製造施設=2025年5月21日/朝日新聞社)
他の製造業に比べると海外進出に慎重
製紙業界は、国内型といえます。王子HDは中国・上海に工場を持っていますし、業界には海外の会社を買収したりしたところもありますが、ほかの製造業に比べると、海外進出には慎重な業界です。紙の付加価値は比較的小さく、多額の輸送費をかけてまで海外から輸入したり海外へ輸出したりするメリットが小さいためです。そのため、多くは国内で生産して国内で販売しています。入社した場合、海外に赴任する可能性は大きくありません。ただ、国内各地に工場があるので、地方勤務の可能性は小さくありません。水の豊富な海沿いの町に立地している工場が多く、北海道の苫小牧市、静岡県の富士市、愛媛県の四国中央市などが「紙の町」として有名です。
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