東京電力の「激変」に思う
(皆さんも福島沿岸の被災地に行ってみませんか。特に最近入ることができるようになった浪江町請戸地区は津波で打ち上げられた何十隻という漁船やボロボロになったクルマがまったく手をつけられることなく放置されています。遠くには福島第一原発の一部が見えます。改めて地震、津波、原発事故の恐ろしさを今もリアルに感じることができます)
福島第一原発から北に十数キロにある南相馬市小高区の小高駅前商店街は、静まりかえっていました。私たち以外人影はほとんどありません。今は立ち入りは自由ですが、泊まることはできない地域です。静まりかえった商店街に有線放送の音楽だけが響いています。そのスピーカーのある建物は地区の集会所でした。
私たちが覗くと、一人の中年男性が「どうぞ」とよびいれてくれました。コーヒーを振る舞ってくれ、とても丁寧に応対してくれます。私たちは時が止まってしまったような地域のことについて、いろいろな質問をしました。そのうち男性の素性が気になるようになり、「地元の方ですか」と聞きました。男性は「私は東京電力の者です。この集会所に詰めて、訪れる人に応対する仕事をしています」と言います。以前は首都圏の火力発電所で働いていたそうですが、事故後に福島に異動になり、今はこの集会所で一日に「10人くらい」訪れる地元の人や視察の人の世話係をしているということだそうです。
原発事故についての思いは私にもいろいろありますが、ここでは、この東京電力の男性に会って思った「人生の激変」「会社の激変」「業界の激変」について書こうと思います。
今ある電力会社は、全国を10の地域に分けて、よその地域を侵さずに運営しています。その地域で、発電から送電、販売まで、ほぼ独占的に電力事業をやっているので地域独占企業と言われます。電気料金はコストに利益を上乗せした水準で決めることができますから、よほどのことがない限り赤字になることのない会社です。ですから、電力会社は安定した超優良企業と考えられていました。「老後の資産運用は電力株で」と言われるくらい安定していたのです。
地域で圧倒的な力もありました。疲弊する地方経済の中で電力会社は人材もお金も豊富であるためです。地域の経済団体のトップと言えば、電力会社の社長、会長の指定席でした。
ただ、こうした「規制にあぐらをかいた強すぎる電力」の歪みを指摘する声は1990年代からありました。競争がないから電気料金が高止まりしているとか自然エネルギーの普及が進まないとかの理由からです。私は今回の事故についても、電力会社内に「事故は起こらない」という安全神話があったからだと思っていますし、その安全神話の背景には、規制業種ゆえに消費者の声に耳を傾ける姿勢が足りなかったことがあると思います。
こうした規制をなくし、自由化していくという議論は、これまでは電力業界の政治力によって最小限に留められていたのですが、3.11で変わりました。
家庭でも新しい電力会社を選ぶことができたり、発電と送電を分けることで、新しい電力会社が古い電力会社と公平に競争できるようになったりする方向に動いています。
電力会社のあり方が変わるのは、福島第一原発事故というとんでもない事故が起きたからですが、そもそもいずれ変わらざるを得ない仕組みであったと思います。仮に事故がなくても、どこかで電力会社は激変し、そこで働く人たちの働き方も激変していただろうと思います。
日本の成長が難しくなればなるほど、規制に安住していることが許されなくなっていきます。電力会社の変化は、規制に守られている(縛られている)業界に共通する方向性なのです。
つまり、規制業種に就職すると、いつか職場が激変することを覚悟する必要があるということです。通信や金融の業界では、8,90年代に経験したことです。でもまだ農業、医療、運輸など、様々な業界で規制があります。将来の激変を考えておかなければなりません。
ここで大事なことは、「逆もある」ということです。つまり、規制のある業界はアウトサイダーにとってはビジネスチャンスにも変わるのです。規制の内側においしい世界があるのなら、規制のすき間からおいしさをかすめとることもできますし、規制が緩められたり無くなったりするときには、いち早く参入して、シェアを奪うことができます。
かつてお酒の安売りが国税庁によって禁止されていた時代に、「消費者のため」を掲げて安売りに挑戦した企業は儲けました。そして次々と安売りをする企業が現れ、規制自体が緩められました。ヤマト運輸の宅急便とか薬のネット販売とかも、規制との戦いを通じて大きなビジネスになっていったわけです。電力会社の周辺でも、新しいビジネスの種が埋め込まれつつあります。KDDIとか生活協同組合とかが電力小売りに参入するというニュースが最近ありました。「規制あるところチャンスあり」という視点も忘れないでほしいと思います。