
和歌山県白浜町の「
アドベンチャーワールド」で生まれ育った
ジャイアントパンダ4頭が6月28日、返還先の
中国へ帰って行きました。アドベンチャーワールドでは1994年から計20頭のパンダを飼育し、うち17頭は園で生まれ育ったのですが、今回の返還で園からパンダは1頭もいなくなりました。現在、日本国内のパンダは、東京・
上野動物園の2頭だけです。
野生のパンダは中国にしかおらず、世界的に人気のあるパンダを中国は外交カードとして利用してきました。今後、日本のパンダは増えるのでしょうか、それとも見られなくなってしまうのでしょうか。身近な話題が、世界の動きにもつながるテーマです。ぜひ考えてみましょう。(編集部・福井洋平)
(写真・タケを食べる、ジャイアントパンダの良浜(左)と彩浜(右)=2025年5月25日、和歌山県白浜町のアドベンチャーワールド/写真はすべて朝日新聞社)
白浜では20頭が飼育されてきたが

今回アドベンチャーワールドから中国に帰ったのは
良浜(ラウヒン)(24歳)と、その娘の結浜(ユイヒン)(8歳)、彩浜(サイヒン)(6歳)、楓浜(フウヒン)(4歳)で、いずれもメスです。
パンダは希少な動物です。そのため1984年以降、中国から出るパンダはすべて「繁殖研究のための貸与」となっています。たとえ日本国内で生まれたパンダでも、所有権は中国にあるのです。アドベンチャーワールドは1994年、中国
四川省の
成都にあるジャイアントパンダ繁育研究基地と協定を結び、共同繁殖研究をスタート。この年にアドベンチャーワールドにやってきたオスの
永明(エイメイ)は、2023年に中国に帰るまで日本で16頭の子どもの父親になり、世界的にもすぐれた繁殖実績と評価されています。子どもたちの名前にはすべて白浜の「浜」の文字が使われており、ファミリー全体は「浜家」(はまけ)と称されて中国でも人気を集めているそうです。ただ、共同プロジェクトの期間満了が8月に迫っており、暑さに弱いパンダに配慮してこの時期での全頭返還となりました。4頭は成都の繁育研究基地に入り、結浜、彩浜、楓浜は繁殖相手探しをすることになりそうです。
現在、日本にいるパンダは上野動物園の
シャオシャオ(オス)とレイレイ(メス)の双子2頭のみ。こちらも来年2月に返還期限が迫っており、東京都はそれにあわせて新たなペアの貸与をお願いする方針です。
(写真・おいしそうに竹を食べる永明=2022年9月14日)
パンダがいる国は「中国のベストフレンド」

世界的にも優秀な繁殖実績をあげてきたアドベンチャーワールドからパンダがいなくなったことは、白浜のみならず日本中のパンダファンに衝撃をあたえました。しかし実は浜家に限らず、近年は海外から多くのパンダが中国に返還される「帰国ラッシュ」とも言える状況なのです。中国に帰ってきたパンダは、中国での報道をまとめると2023年から30頭近くにのぼるそうです。基本的には貸与期限切れのパンダが帰っており、近年数が増えているのはコロナ禍で帰国を延期していたパンダが重なったから、とみられています。
一方で見落とせないのが、中国による「
パンダ外交」の動きです。誰もが大好きなパンダは、中国への反感をも溶かす力を持っています。どこの国にどのタイミングでパンダを貸すかは、中国にとって重要な外交ツールとなっているのです。朝日新聞の取材に応じた東南アジアのある外交官は、パンダにまつわる交渉は中国側からオファーがあるといい、「パンダがいる国は、中国に『あなたは私のベストフレンドですよ』と言われたのと同じ。選ばれた国だ」と語っています。「パンダ外交」の歴史は古く、
日中戦争さなかの1941年に中国(当時は
中華民国)が宣伝戦の一環としてアメリカにパンダを送ったのが最初とされています。
中国政府によると2024年8月時点で、国外に貸し出されているパンダは17カ国に計53頭。ここ10年ほどは欧州や東南アジア、中東などにも貸し出され、「友好の使者」の行き先は多様化しています。
(写真・並んで食事中のシャオシャオとレイレイ=2023年6月23日、東京・上野動物園)
どうすればパンダが来るかは「わからない」

人気者のパンダは経済効果も大きいです。関西大の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)の試算では、上野動物園のシャオシャオ、レイレイの一般公開後1年間の経済波及効果は約308億円にのぼるとみられています。繁殖実績のある和歌山県や東京都だけでなく、茨城県や仙台市など各地の自治体がパンダの誘致に動いています。
しかし、何をどうしたら中国がパンダを貸してくれるのかは「よくわからない」というのが実情のようです。長年パンダを繁殖させてきたアドベンチャーワールドの運営会社は、そもそもなぜ貸与先に選ばれたかについて「決定的な理由は分かりかねる」としつつ、主食の竹が豊富に入手できる点などが考えられると説明。来日・誕生したパンダがすべてが死んだ後、新たに貸与された東京都の担当者も「中国側に長年の飼育実績を評価してもらえたのでは。ただ、結局は向こうが決めることなのでよく分からない」と朝日新聞の取材に答えています。いずれにしても、パンダが来るか来ないかは日中関係の動きが大きく影響することは間違いなさそうです。
日本と中国の関係は、2024年11月に石破茂首相と
習近平(シーチンピン)国家主席の首脳会談が行われてから回復基調といえますが、中国側の日本産水産物の輸入停止が一部継続している問題など懸案も多くあり、今後の動きは未知数です。来年2月で日本のパンダは0頭になってしまうのか、新たなパンダがやってくるのか。「中国パンダ外交史」の著書がある東京女子大学の家永真幸教授は朝日新聞の取材に「パンダ好きの日本社会が中国から嫌がらせをされていると思わないよう、次のパンダの貸与に動くのでは」と語っています。今後の展開に注目したいと思います。
(写真・アドベンチャーワールドでの観覧最終日を迎えた良浜を撮影する来場者たち=2025年6月27日)
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