アメリカの軍事介入後にイラン・イスラエル停戦
イスラエルが6月13日にイランの核関連施設などを攻撃してはじまった交戦は、アメリカがイラン空爆に踏み切ったのち、停戦で合意しました。交戦が長引けば、日本が9割を依存する中東からの原油の輸入が止まり、日本経済にも重大な影響が出ると予想されていました。ひとまず危機が回避されたことは喜ばしいですが、今後予断を許さない状況は続きそうです。さらにアメリカという超大国が国連の決議もないままイランを攻撃したことは、これまでの国際ルールを大きく破るやり方と言わざるを得ません。そもそもなぜイランとイスラエルは戦っているのか、アメリカはなぜ参戦したのか。社会人として知っておきたい、基本的なポイントからまとめます。(編集部・福井洋平)
(写真はiStock)
トランプ「全面的な停戦が合意」とSNSに投稿
イスラエルは2023年、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスからの攻撃を受けて、報復作戦を開始。今日にいたるまで、ハマスが拠点とするガザで戦闘を続けています。
それが6月13日に突如、イスラエルはイランの核関連施設や首都テヘランの軍事施設などを攻撃。イランの精鋭部隊「革命防衛隊」トップのサラミ総司令官ら3人の高官を殺害したと発表したのです。イランも報復を宣言し、イスラエルにミサイル数百発を撃ち込み、双方は攻撃の応酬をつづけてきました。そして21日、アメリカがイランの核施設3カ所を地中貫通弾「バンカーバスター」や巡航ミサイル「トマホーク」で攻撃。23日にはアメリカのトランプ大統領が、イスラエルとイランの間で「完全かつ全面的な停戦が合意された」とSNSに投稿しました。
そもそもなぜ、イスラエルとイラン、アメリカとイランは対立しているのでしょうか。少し歴史をひもといてみましょう。
(図版は朝日新聞社)
アメリカはイランを「悪の枢軸」と
イランは46年前の1979年まで、パーレビ王朝という王族が支配する王国でした。第二次世界大戦後、アメリカとソ連(現在のロシアなど)が世界を二分して対立していた「冷戦」のさなか、アメリカはソ連勢力が中東に入ってこないよう、パーレビ王朝を支援していました。この時期、イランとアメリカは仲がよかったのです。パーレビ国王はアメリカの意向で国の西欧化をすすめていました。
しかし、抑圧的な体制に国民の不満が高まり、1979年に「イスラム革命」が起きます。国王は国外に逃亡し、代わって イスラム教シーア派の法学者ホメイニ師を最高指導者とする体制が成立。ホメイニ師はアメリカを「大悪魔」と呼んで、急激に反米路線へと転換したのです。この年には、テヘランのアメリカ大使館が450日近く占拠される「米大使館占拠事件」も起きています。以降もアメリカとイランの対立は長く続き、2001年に米同時多発テロ、いわゆる9・11が起きると当時のブッシュ(子)米大統領はイランをイラク、北朝鮮と並ぶ「悪の枢軸」と呼びました。
イスラエルと「抵抗の枢軸」全面対決に
アメリカの軍事支援を受けているイスラエルも、イランにとって敵視の対象となりました。イランは自国だけでなく、「革命の輸出」をかかげてハマスをはじめイスラエルの隣国レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシといった武装組織と連携。「抵抗の枢軸」をつくってイスラエルと対立してきました。
サウジアラビアやエジプトといったアラブ諸国も、イスラエルと対立するパレスチナ人(アラブ人)を支援し、イスラエルとの対決姿勢をとってきました。しかしイランの勢力拡大に危機感を覚えるアラブ諸国もあらわれ、2020年には米トランプ政権(第一期)のもと、アラブ首長国連邦(UAE)とバーレーンがイスラエルと国交を樹立。アラブ諸国の間でパレスチナとの連帯機運が下がっているという危機感から、2023年にパレスチナのハマスがイスラエルへの奇襲に出たのでは――とも言われています。
イスラエルはハマスとの戦闘を機に、「抵抗の枢軸」全体に衝突を拡大。レバノンのヒズボラにも攻撃を加え、幹部を殺害しています。しかし、「抵抗の枢軸」本丸であるイランを打倒しない限り、脅威は消えないとイスラエルは考えているのです。
トランプ政権下で「イラン核合意」から離脱
現在のアメリカとイランとの関係は、イランの核開発問題が密接にかかわっています。
2002年、イランが核を開発しているという疑惑があきらかになります。国連安全保障理事会はイランに対し核開発の停止を求める決議を採択、欧米諸国も経済制裁に動きましたが、イランは核開発を継続しました。
しかし、2013年になりイランでは対話路線を掲げる政権が誕生。2015年には欧米諸国との間で、イランが核開発を制限する見返りに経済制裁を緩和する「イラン核合意」が成立します。ところが2018年、トランプ大統領はこの合意から一方的に離脱して、厳しい経済制裁を復活。イランは反発し、核開発を加速化させました。もしイランが核兵器を保有すれば、世界の秩序は脅かされ、イスラエルなど中東諸国にとって深刻な脅威となります。保有は阻止すべきですが、そもそもイランが核開発を再び加速させたのはトランプ政権の核合意離脱がきっかけともいえます。
アメリカは当初冷淡も、攻撃に前向きに
トランプ大統領は政権に復帰すると一転して、イランとの間で新たな核合意に向けた協議を始めます。しかし交渉は長期にわたり停滞。イスラエルにはこれが「イランが挑発的な動きを強めている」と映り、軍事行動が避けられないという考えを強めていきました。ハマスやヒズボラなど「抵抗の枢軸」が弱っているというタイミングもあり、イスラエルのネタニヤフ首相は国内の慎重論を押し切って核設備の攻撃に踏み切ったのです。
イランとの交渉を続けていた米トランプ政権は、攻撃当初は「イスラエルの単独攻撃で、米国は関与していない」と冷たい対応を取っていました。このとき、トランプ氏はイランが交渉に前向きになる期待をもっていたといいます。しかしイスラエルの攻撃が「成果」をあげたことがわかるにつれ、好戦的姿勢に。イランが強硬姿勢を貫いたこともあり、21日の核施設3カ所の空爆につながりました。その後23日にSNSでトランプ大統領はイスラエル、イランの停戦を公表。イラン、イスラエルも、停戦を受け入れています。
(写真・イスラエルとの交戦が激化するなか、イランから陸路でトルコに入国した人々=2025年6月20日/朝日新聞社)
「力による支配」認めたら中国にも影響?
戦闘が長期化すれば、イランがホルムズ海峡を封鎖し、石油の輸出がストップする可能性もありました。停戦という形で戦闘がおさまったことは、ひとまず安心材料といえそうです。
今後はどうなるでしょうか。エジプトのシンクタンク主任研究員は朝日新聞のインタビューに対し、イランは核開発プログラムだけでなく、「革命の輸出」も失い、「普通の国」となるという見方を示しています。軍事強国とみられていたイランの勢力が落ちることは、イスラエルをはじめとする中東諸国の勢力図を大きく変える可能性もあり、情勢が不安定化することも考えられます。一方、アメリカの空爆でイラン核施設の重要な部分は破壊されず、開発計画が数カ月遅れただけと米情報機関が初期評価を下したという報道もあります。トランプ氏は猛反発していますが、イランの動きからこれからも目が離せません。
今回のアメリカの攻撃は、国連決議もないままに行われた、ということにも注意を払う必要があります。朝日新聞論説主幹の佐藤武嗣記者は、「国際法を無視した正当性を欠く軍事介入だ」と厳しく非難しています。こういう国際ルールに反したふるまいを認めていると、台湾に武力行使も辞さないとする中国をおさえる正当性もなくなってしまい、中国の武力行使のハードルが下がりかねない、と佐藤記者は指摘しています。日本の石破茂首相はアメリカのイラン攻撃に理解を示す発言をしていますが、いくらアメリカが大切な同盟国であり、いま関税協議で大事な局面を迎えているときとはいえ、このような「力による支配」を認める姿勢でいいのか、考える必要がありそうです。今後の動きにしっかりと注目してください。
(イラストはiStock)
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