コメ政策「増産」を見直し
昨年夏から高騰がつづくコメ。今年5月に農林水産大臣になった小泉進次郎氏(現・防衛相)はコメの不作や災害時用にためていた備蓄米を大規模に市場に放出し、3年前の備蓄米を示す「古古古米」は今年の流行語大賞トップ10に選ばれました。
この「令和の米騒動」を機に、石破茂・前首相はコメの「増産」にかじを切ると宣言しました。しかし石破政権は倒れ、高市政権のもとでコメ政策はもとにもどりつつあります。いまも日本人の大切な主食であるコメは今後どうなり、価格はどう変化していくのでしょうか。日本の今後のトレンドを考えるうえでも、重要なトピックです。(編集部・福井洋平)(写真・実った稲穂=2025年9月1日/写真、図版はすべて朝日新聞社)
いまも事実上の減反政策が続く
あらためて、日本のコメ政策について基本をおさらいしておきます。
日本人の主食であるコメですが、食生活の多様化がすすみ需要は年々低下しています。1人当たりの消費量は1962年度がピークで年間118.3キロのお米を消費していましたが、2023年度は年間51.1キロまで減っています。そんななか、1970年代から本格的にすすめられてきたのがコメの生産量をおさえる「減反政策」です。当時、日本はコメ生産者の経営を安定させるために政府がコメを高く買い取って消費者に安く売る「食糧管理制度」をとっており、これが財政赤字の要因となっていたことも、減反政策を始めた理由の一つでした。
減反政策のもとで、農家の収入はある程度保障されてきました。農家の票に支えられた政治家の力で、コメの買い取り価格が引き上げられていったためです。政府は輸入されるコメには高い関税をかけ、農家を保護してきました。
年々コメの需要は下がり、海外からコメを輸入するべしという圧力も高まってきました。コメの競争力を高めるため、コメの食糧管理制度は1995年に廃止され、減反政策も2018年に廃止されました。その一方で政府は、飼料用米などへの転作をうながす補助金は維持し、主食用のコメの生産量は抑制する生産調整を継続し、そのために年間3千億円ほどの税金を投じてきています。供給が過剰になってしまうことでの値崩れを防ぐためとみられ、いまも事実上、減反は続いているとされているわけです。
石破氏「年間輸出100万トン」目標に
石破氏はかねて、こういったコメの生産調整に反対してきました。首相退任後の朝日新聞のインタビューで石破氏はこう述べています。
「私は農林水産大臣だった当時(2008~09年)から、莫大(ばくだい)な税金を使って米の価格を維持するという、いわゆる『生産調整』は制度として、もう正しくないという判断をしていた」
2024年に首相になった石破氏は、折からの米価高騰にも後押しされる形で、悲願の農政改革に着手します。半世紀以上にわたった生産調整をやめ、増産にかじを切ると宣言したのです。朝日新聞の記事によれば、石破氏のもくろみは農家がコメを自由につくれるようにすることでした。コメを増産することで価格を下げ、それによって輸出を年間100万トンまで増やして需要の受け皿とする。下落した米価でも農家が経営できるように、大規模化などによる生産性向上を支援するという流れでした。それにより消費者はコメを安く買うことができ、農業も経営努力を重ねるようになり、活性化するだろう――という考えでした。
ここでポイントとなるのが「輸出年間100万トン」という計画です。2024年の日本のコメ輸出量は4.6万トンです。朝日新聞の記事によれば、100万トンは2040年を想定していたそうですが、現状の実に20倍以上にあたる高い目標です。農林水産省は世界全体のコメ輸出市場を年間200万トン程度と見ていましたが、その半分を日本が担うという計算になります。
日本のコメは価格競争力なし
昨年からコメが不足して米価が高騰する事態が続いていますが、長期的にみれば人口減もあり、日本国内のコメ需要は下がっていくことが予想されます。そんな中で増産を実現するためには、輸出を増やして需要を拡大しなければいけません。それにしても100万トンはいまの実績からは過大すぎる数字に思います。日本でつくられているコメはいわゆる短粒種といい、世界的には主流ではありません。またそもそも、日本の米作は生産性が低く、他国のコメに比べて割高で、価格競争力がないのです。朝日新聞のインタビューに応じた石破氏は、100万トンという数字の根拠を「大きな目標を掲げないと、そこに至る道を考えない」と答えています。輸出の拡大が目標通りにうまくいかないまま増産を続ければ、コメが余って米価が暴落する危険性が出てきます。
また、石破氏の農政改革プランにはもうひとつ、大規模農家に絞った支援というネックもあったと朝日新聞の記事は指摘しています。数が多い零細農家の政治力は強く、過去に何度も似たような支援策が浮かんでは頓挫してきたためです。
(写真・インタビューに応じる石破茂前首相=2025年11月18日)
コメ増産政策は見直しに
石破政権が倒れ、高市政権になったことで、反発も多かった石破氏肝いりのコメ増産路線は見直されることになりました。2025年産のコメの生産量は前年比で約70万トン増える見通しですが、農水省は2026年産のコメ生産量について2025年産から5%少なくなる見通しを示しています。また、米価を下げるために放出していた備蓄米についても今後のコメの需給状況に応じて買い戻す方針を決めました。いずれも、米価の値上がりにつながる可能性のある施策です。
コメの生産者側は、価格の高騰はむしろ適正価格になったとして歓迎していました。価格暴落にもつながりかねない増産路線からの政策変更は、生産者にとってはありがたいことかもしれません。一方で、あまりに米価が高いと今度は消費者のコメ離れが進み、ただでさえ減少傾向のコメ需要がさらに減ってしまうことにもつながります。生産者と消費者のどちらにとっても適正な価格はいくらなのか、今後長い時間をかけて検証していく必要があります。
先に述べたように、日本の米作はそもそも生産性が高くなく、海外のコメに比べて価格はかなり高くなっています。それでも多くの農家がコメ作りを続けられているのは、減反政策や高関税政策で国が農家を保護しているからといえます。増産路線にかじを切ることでコメの価格を下げ、農家の経営努力をうながそうという石破氏の改革プランはやや性急すぎ、道半ばで頓挫してしまいました。しかし、コメにまつわる課題はいまも山積しています。一朝一夕で解決できる問題ではありませんので、今後も折に触れてニュースをチェックし、関心を高めて欲しいと思います。
(写真・記者会見する鈴木憲和農林水産相=2025年10月28日)
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