ベネズエラ大統領をアメリカが拘束
2026年があけて早々、世界を揺るがしたアメリカの南米・ベネズエラ攻撃。同国のマドゥロ大統領は妻とともに麻薬密輸の罪で拘束され、アメリカ国内で裁かれることになりました。なぜアメリカはベネズエラを攻撃したのか。今後日本にはどのような影響を及ぼすでしょうか。基本から整理し、今後の動きに注目していきましょう。(編集部・福井洋平)
(写真はiStock)

2026年01月09日
2026年があけて早々、世界を揺るがしたアメリカの南米・ベネズエラ攻撃。同国のマドゥロ大統領は妻とともに麻薬密輸の罪で拘束され、アメリカ国内で裁かれることになりました。なぜアメリカはベネズエラを攻撃したのか。今後日本にはどのような影響を及ぼすでしょうか。基本から整理し、今後の動きに注目していきましょう。(編集部・福井洋平)
(写真はiStock)
ベネズエラは南アメリカ、カリブ海に面する国で広さは日本の約2.4倍、人口は約2600万人(2024年)です。伝統的に野球が強く、横浜DeNAベイスターズの監督をつとめたアレックス・ラミレス氏もベネズエラ出身です。19世紀に独立し、当初は貧しい農業国でしたが、20世紀初頭に石油開発が始まり経済は上向きになりました。現在でも、原油の埋蔵量は世界最大と言われる産油国です。ベネズエラでは1999年にチャベス氏が大統領についてから、アメリカと対立を続けてきました。拘束されたマドゥロ大統領はチャベス氏の後継者として2013年以降大統領にとどまりつづけ、反米路線を貫いています。
マドゥロ氏の大統領就任後に原油価格が暴落し、通貨の価値が大きく下がるハイパーインフレに見舞われるなどして経済が混乱。現在は多くの国民が貧困に苦しむ状況です。にもかかわらず、マドゥロ政権は反体制派を殺害したり投獄したりするなど、強権的な手法で人々の不満をつぶしてきました。彼の就任後、人口の4分の1にあたる800万人が国を捨てて他国に逃れたとされています。朝日新聞の2023年の取材では、徒歩で出国をはかるベネズエラ人のほとんどが「国を壊したマドゥロは許せない」と語っていました。2025年にノーベル平和賞を受賞した野党指導者のマリア・コリナ・マチャド氏が出国を許されず、授賞式出席のため極秘で国を出たというニュースは記憶に新しいところです。アメリカは2005年から、人権侵害などの理由でベネズエラへの制裁を続けています。
(写真・ベネズエラのマドゥロ大統領=2015年、パナマ/朝日新聞社)
では、なぜ今回、アメリカはベネズエラ攻撃に踏み切ったのでしょうか。
・表向きの理由は「麻薬流入対策」です。トランプ氏はマドゥロ大統領が「麻薬組織を先導している」と批判し、米司法省は麻薬密輸の罪でマドゥロ氏を起訴。昨年9月以降はカリブ海でベネズエラなどからの船舶に対する攻撃を続けています。ただ、アメリカの麻薬はカリブ海ではなく太平洋側から流入することがほとんどといい、アメリカの思惑はマドゥロ政権転覆にあるという見方が以前から強まっていました。
・アメリカがベネズエラにこだわる大きな理由が、石油の利権です。前述のようにベネズエラは原油の埋蔵量が豊富ですが、粘度が高く精製に技術が必要です。インフラへの投資や管理が不足し、経済制裁の影響もあってベネズエラは精製技術をキープできず、石油生産量は低迷を続けています。
また、反米派のチャベス氏が大統領に就任すると、1970年代から進んでいた石油産業の国有化をさらに推し進め、2000年代には米石油大手エクソン・モービルやコノコフィリップスの資産を接収しています。こうした状況をふまえてトランプ氏は今回の攻撃後の会見でベネズエラが米国の石油や資産を盗んだと主張。さらに「ベネズエラの石油ビジネスは、長い間破綻(はたん)していた」とし、米国の大手石油企業が壊れたインフラを立て直して「面倒を見ることができる」とも語り、ベネズエラの石油利権獲得の意欲を明確にしました。
・あわせて知っておきたいのが、アメリカの「モンロー主義」です。これは1823年に当時のモンロー大統領が打ち出した「米国が欧州諸国に干渉しない代わりに、米大陸には手を出すな」という外交方針のことですが、のちに拡大解釈され、アメリカが自国の勢力圏と見なす地域に積極的に口を出し、他の勢力を排除するという方針に変わってきました。
トランプ氏は、南北アメリカ大陸がある「西半球」を自国の勢力圏とみなして、ほかの国の勢力を追い出しアメリカの利益を追求しようとしています。モンロー主義と自身の名前(ドナルド)をかけて「ドンロー・ドクトリン」とトランプ氏は表現しています。この姿勢のもと、ベネズエラ以外にもキューバやコロンビアへも影響力を拡大する考えを強調しており、さらにいまはデンマーク領となっている北極海の島、グリーンランドに対しても「領有」に意欲を示すなど、強硬姿勢を見せ続けているのです。一方で、かつてアメリカが行っていた中東などへの介入は消極姿勢に転じています。
(図版はすべて朝日新聞社)
マドゥロ大統領の圧政でベネズエラが疲弊し、多くの国民が苦しんでいたのは事実でしょう。しかし、アメリカがこのような形でベネズエラ国内を直接攻撃し、国のトップを拘束したことは果たして許されるのでしょうか。国と国との関係を規定する国際法の専門家は、今回のアメリカの行動は国際法違反の疑いが濃いと指摘します。
まず、国連憲章では「武力行使の禁止」が定められています。ただし国連の安全保障理事会が認めた場合、自衛の場合、相手国の要請・同意がある場合は、例外的に武力を使うことも認められることがあります。今回の場合、安全保障理事会の決議はもちろんありませんし、アメリカが攻撃されていない以上、自衛という主張も成り立ちません。2024年の大統領選挙でマドゥロ氏は一方的に勝利宣言をし、欧米諸国はその結果を認めていないという事情はあります。ただ、反マドゥロ勢力がベネズエラの亡命政府として、武力行使をアメリカに求めたといった事実もありません。
また、マドゥロ氏をベネズエラ国内で拘束し、アメリカの法で裁こうとしていることも、国際法違反の疑いが強いとみられています。国際社会からは「国連憲章の尊重を」(欧州連合)、「一線を越えた」(ブラジル)、「極めて憂慮」(ロシア)といった指摘が出ています。
アメリカが国際法無視の行動をとったことで、世界がかつてのようにルールのない弱肉強食の世界に戻っていく危険性も高まったといえます。ウクライナを侵攻しているロシア、台湾付近で大規模な軍事演習をくりかえしている中国にとって、アメリカの今回の動きは追い風になってしまうかもしれません。非常に憂うべき状況といえるでしょう。
日本へは、どのような影響があるでしょうか。
まず、石油価格への影響ですが、さきほど述べたようにいまベネズエラの産油量は落ち込んでおり、また日本はそもそもベネズエラから石油を輸入していないので、大きな影響はなさそうです。
また、アメリカの株式市場はトランプ氏がベネズエラの石油産業を立て直す意向を示したことでエネルギー関連株を中心に株価が上昇、日本株もその影響を受けて上昇し、6日の日経平均株価は史上最高値を更新しています。経済的にみれば、ベネズエラ問題は日本にいまのところプラスに働いているともとれます。
一方で、日本は国際法違反の疑いが強いアメリカの行動に対して、直接的な言及を避けています。最大の同盟国であるアメリカの行動に簡単に口を出せないということなのでしょうが、アメリカの行動を認めることはひいてはロシア、さらには中国の力による現状変更を認めてしまうことにもつながりかねません。日本がただアメリカに追従するだけではなく、しっかりと「法の支配」という筋を通して自分たちの主張を貫けるか、いま非常に重要な局面にさしかかっていると感じます。高市政権の今後の動きに注目が必要です。
(写真・トランプ米大統領(左)を出迎え、握手を交わす高市首相=2025年10月28日/朝日新聞社)
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