一色清の世の中ウオッチ 略歴

2014年01月16日

サントリーがバーボンを買った理由 (第30回)

胃袋産業は海外で勝負する

 わりと若い頃から、パブとかスナックとかショットバーとかいわれる店に入って「何にしますか」と聞かれると、「バーボン」と答えることにしています。ウイスキーの銘柄にこだわりはないのですが、何か答えないとかっこわるいですよね。だから、渋めに「バーボン」とつぶやくことに決めているのです。私が大好きな吉田拓郎に「ペニーレインでバーボンを」というかっこいい曲があった影響かもしれません。バーボンって飲み慣れると、ちょっと独特の焦げ臭いにおいがクセになります。何よりどの銘柄を飲んでも目玉が飛び出るような高いものはなく、フトコロに優しいところも気に入っています。

 サントリーが、「ジムビーム」「メーカーズマーク」といった有名な銘柄のバーボンを造っている米国首位の蒸留酒メーカー、ビーム社を160億ドル(約1兆6500億円)で買収することになりました。これだけの金額の企業買収は、過去、2006年にJTがイギリスのたばこメーカー、ギャラハーを約2兆2500億円、13年にソフトバンクがアメリカの携帯電話3位のスプリント・ネクステルを約1兆8000億円、06年にやはりソフトバンクがイギリスの携帯電話大手のボーダフォンを約1兆7500億円で買収したのに次ぐ規模になります。

 サントリーは、07年以降、東南アジアの飲料メーカーやイギリス、フランス、ニュージーランドの飲料メーカーを次々に買収しています。どうしてこんなに海外の飲料やお酒のメーカーを買収するのでしょうか。
 それは、お酒や飲料が典型的な胃袋産業だからです。胃袋産業というのは、胃袋に入るもの、つまり食品や飲料やお酒をつくったり、売ったりする産業のことです。この産業の特徴は、市場が対象消費者の胃袋の大きさに限られることです。つまり、対象消費者の数が多ければ多いほど市場は大きくなりますし、対象消費者の中身も、胃袋が丈夫な若年・中堅層が多ければ多いほど市場は大きくなります。もちろん、市場の大きさは量だけでなく価格の要素もありますが、食べ物や飲み物は、価格を上げることが難しい商品ですので、結局胃袋の大きさに規定されることになります。
 こうしたことからいうと、人口が減り、高齢化が進む日本は、胃袋が急激に小さくなっている国です。だから、胃袋産業は国内だけで闘っていてはじり貧になるのは避けられず、数年前から懸命に海外にうって出ているわけです。

 30数年前、私の友人はビールメーカーに就職しました。彼は就職先を選んだ理由を「内需の産業で国内勤務がほとんどだから、英語のできないオレには向いている」と言っていました。ところが、このビールメーカーも海外事業を活発化させていて、英語のできない友人もアメリカやドイツで勤務しました。
 たばこや飲料メーカーのJTも、かつては日本専売公社という特殊法人で、国内のたばこ市場だけを見ていました。それが、人口減少に加え、国内の喫煙人口の激減で、海外企業の買収に力を入れることになりました。今や売上高の半分以上が海外でのものです。社員も海外勤務が普通のことになっています。

 日本の人口減少や社会の変化、それにIT技術の進展、貿易自由化の流れなどから、経済における国境は好むと好まざるにかかわらず低くなっています。内需産業と思われていた産業もいつまでも内需に頼るわけにはいかなくなっています。グローバル化はすべての産業に押し寄せているのです。「国内勤務でなければいやだ」などと言っていると、就職先がどんどん逃げていく時代だと知りましょう。