一色清の世の中ウオッチ 略歴

2014年05月12日

3Dプリンターで覚醒剤ができる時代 (第43回)

最先端技術の進歩で到来する「やっかいな社会」

 新聞を眺めていると、別々の記事が一緒に目に飛び込んでくることがあります。「関連があるよ」と読み手の潜在意識を刺激するのです。
 最近では、5月9日付けの朝日新聞夕刊社会面を開いていたとき、そんな感じがしました。左の面にあったのは、3Dプリンターで銃を作った男が神奈川県警に逮捕されたというニュースの続報でした。右のページにあったのは、福岡県在住の男が、覚醒剤をビットコインで買った疑いで逮捕されたという記事でした。

 この二つの事件はともに、最先端のIT技術を使った犯罪です。この種の犯罪が明らかになったのは、日本では初めてですが、その悪用は以前から心配されていました。
 3Dプリンターは、ネット上にある設計図のプログラムをダウンロードすれば、誰でも簡単に物体を作ることができる機械です。最近では、家庭用のものもたくさん出ていて、家電量販店やネットでは最も安いもので7万円をきる値段で売られていたりします。
 3Dプリンターが話題になるにつれ、関係者の間では、「銃を作る人が現れたら大変だ」とささやかれていたそうです。昨年10月に出版された「3Dプリンターで世界はどう変わるのか」(宝島新書)で、著者で「3Dデータを活用する会」理事の水野操氏は「3Dプリンターブームが到来して以来、話題になっていることがいくつかあります。銃と3Dプリンターの問題です。You Tubeなどのサイトで、実際に作って射撃をしている映像が流されています」と書いています。まさに、今回の事件と同様なことが昨年には心配されていたのです。

 ビットコインは、早くから麻薬取引などに使われているという指摘がありました。昨年4月18日付朝日新聞朝刊のコラムで、アメリカのエコノミスト、ポール・クルーグマン氏は「ビットコインの主な利用目的はこれまでのところ、投機目的以外では、オンラインで路地裏取引を行うことである。麻薬など違法な物品の売買に使われているのだ」と書いています。覚醒剤の取引にビットコインが使われていたという今回の事件は、起こるべくして起こった事件であり、氷山の一角であると言えそうです。

 この二つの事件が関連していると感じたのは、そうした共通点だけではありません。二つの事件が合体することが起こりうるのです。つまり、将来3Dプリンターで覚醒剤が作られるようになるかもしれないのです。水野氏は著書で、「化学者のリー・クローニン氏は、必要に応じてオンデマンドで薬を製造する3Dプリンターを研究していることを発表しています」と書いています。つまり、薬は分子化合物なので、その電子的な処方箋と材料となる化学物質があれば、3Dプリンターで薬ができるということです。薬と毒は人間にとって役に立つかどうかの違いだけで、この理屈からすれば覚醒剤も誰でも簡単に自宅で作ることができるようになります。
 
 銃や覚醒剤は日本では、製造も所持も法律で禁じられていますが、誰でも簡単に作ることができるようになると、やっかいです。しかも、その取引が匿名性のきわめて強いビットコインで行われるようになると、取り締まりがどこまで有効か心配です。

 現在は、第3次産業革命の時代とも言われます。IT技術の進歩で、これまでは想像の世界でしかなかったものが現実になってきています。技術の進歩は人間にとっていいことのはずですが、マイナス面も大きくなっています。
 仕事の面から考えると、技術の進歩に関わる仕事の領域が広がるとともに、そのマイナス面を小さくする領域の仕事も増えるはずです。技術や制度設計、法律、教育などで、そのマイナス部分を埋める仕事です。ひょっとすると、わたしたちはそうした仕事の方が大切な時代を生きているのかもしれません。