一色清の世の中ウオッチ 略歴

2013年08月01日

原発事故が変える本社所在地 (第7回)

あるスポーツ用品販売会社の苦渋の決断

 本社がどこにあるかは大事なポイント、と考える就活生は少なくないでしょう。いい人材を採用したい企業側にとっても大事なポイントです。今回は、原発事故をきっかけに本社を移転する苦渋の決断をした会社を紹介します。

 福島県郡山市にスポーツ用品販売、ゼビオの本社があります。紳士服販売をしていた1979年に郡山に本社を置き、以来、スポーツ用品販売で日本の1,2位を争う企業に成長してきました。現在、スーパースポーツゼビオ、ヴィクトリア、ゴルフパートナーなどのゼビオグループ全体で、売り上げ1926億円、経常利益124億円、店舗は日本全国と中国、韓国を含め、600店以上を展開しています。仙台に大きなアリーナを作ったり、アイスホッケーアジアリーグの東北フリーブレイズのオーナーになっていたり、幅広くスポーツ関連事業をやっています。福島県に本社のある上場企業の中でも、最も勢いのある会社といっていいでしょう。

 私は先日、郡山本社に諸橋友良社長を訪ねました。2年前、東日本大震災の影響について、諸橋社長からじっくりと話を伺っていましたので、その後の変化を聞いてみたいと思ったのです。
 私が一番気になっていたのは、2年前に諸橋社長が「本社を郡山から県外に移そうと思う」と言っていたことでした。当時、郡山の放射線量は1マイクロシーベルト/時を大きく上回っていました。「外資系のスポーツ用品メーカーの社員は郡山に来ません。外資系だけでなく、日本の取引先も来たがらない状況です。それに本社にいた社員のうち、若手や県外出身者は県外に異動させました。営業の面でも人材確保の面でも郡山に本社を置き続けるのは難しくなっているのです」と理由を語っていました。

 現在、郡山の放射線量は0.2~0.5マイクロシーベルト/時くらいまで下がっています。まだまだ制約があるとはいえ、子供たちも外で遊んだり運動をしたりするようになっています。街も以前の賑わいを徐々に取り戻しつつあるように感じます。
 移転の話は立ち消えになったのかもしれないと私は思いました。しかし、改めて質問すると、諸橋社長は「栃木県宇都宮市に移転するつもりで動いています。年内に発表できたらいいと思っています」ときっぱり言いました。
 「地元には敵前逃亡するのかと言う人もいます。私も本当はここにいたいんです。でも私たちの会社は全国展開する上場企業です。原発事故の影響はまだまだ残ります。郡山で本社機能を果たすことは難しいというのが、私の中長期的なジャッジです」。苦渋の決断であることをうかがわせます。

 ゼビオは、3.11後、郡山のほかに東京と宇都宮にも拠点のある体制になりました。では、なぜ新本社は東京でなくて宇都宮なのでしょうか。諸橋社長は、チェーン展開の小売りは、地方に本社があるケースが多いといいます。同じスポーツ用品販売のライバルであるアルペンは名古屋市、ヒマラヤは岐阜市です。そういえば、ニトリは札幌市だし、ヤマダ電機は高崎市。確かにそうです。諸橋社長はその理由を「私たちのような小売りは、生活シーンに近いところできめ細かいサービスを追求していくという愚直さが必要なんです。都会では生活がなかなか見えないので、うまくいかないのです」と言います。

 経営者は会社をもうけさせること、長く存続させることが仕事です。そのためには優秀な若い人材を採用していかないといけません。その採用に本社の場所が関係するのなら、有利な場所に移すことも大事な経営判断です。しかし、その決断の心中を考えると、経営者は大変だとつくづく思います。
皆さんも、志望企業の本社がなぜそこにあるのかといったことを調べてみればどうでしょう。思わぬドラマがあるかもしれません。

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