言葉マイスター ナカハラハラハラ 略歴

2015年08月05日

うつくしい「やまとことば」で相手の心をつかむ

 今回も前回に引き続き「美しい言葉」について話します。
 そもそも皆さんの(そして私も)使っている日本語は、大きく分けると3種類から成ります。

 1:外来語。いわゆる「カタカナ語(要は横文字)」で、中国以外の外国に由来するものです。江戸時代の鎖国が解け、文明開化した明治時代以降に入って来たものが大半ですが、「かるた」「天ぷら」のように、実は江戸時代から(主にオランダ・ポルトガル由来)使われているものもあります。

 2:漢語。「唐言葉(からことば)」とも言います。当然ながら中国から「輸入」された言葉が中心。しかし日本で作られたものも多数あります。特に明治以降、当時の知識人や作家が横文字の概念を苦心して漢字に置き換えました。今では我々が普通に使っている「経済」や「哲学」がその代表です。

 3:大和言葉。1と2を除いた、いわゆる「日本固有の」言葉。ものすごくざっくり言うと、皆さんが高校の古典で習ってきた、平安朝で使われていたあの言葉をイメージしてもらえばよいです。柔らかな響き、雅な表現。いわゆる「日本らしさ」の象徴です。

 「日本人だから、大和言葉を使うのが当然でしょ?」と皆さんは思うかもしれません。しかし実際のところ、1と2が我々の会話(や文章)に占める割合はとても高く、大和言葉は意識しないと使われない(いや、使えない)のが実情です。
 そんななか最近、大和言葉を見直し、積極的に使おうという動きが出てきました。例えば昨年11月に出た「日本の大和言葉を美しく話す―こころが通じる和の表現」(高橋こうじ著・東邦出版)という本は、発売2カ月で15万部を超えるヒットとなりました。

 同じ事を伝えるにしても、漢語ではなく大和言葉で言い換える。ついとげとげしくガツガツしがちな就活の場面で、あえて柔らかな大和言葉を使うことで「お、こやつ出来るな?」と思ってもらえるかもしれません。特にこれまでも書いてきたように、マスコミや広告など「ことば」を大事にする業界では一目置かれるでしょう。

 具体例を挙げてみましょう。

 ・非常に → このうえなく、こよなく
 ・意外と → おもいのほか
 ・感動した →胸を打った、心にしみた
 ・恐縮です → 恐れ入ります

 どうですか。できれば声に出して下さい。そして自分の耳で聞いて下さい。平板化した漢語表現より、響きが軟らかく、そしてほんのりと知性を感じさせますよね。
 もちろん外来語や漢語を使うな、と言っているわけではありません。ESや面接の中で、一つか二つだけでもいいのでこういった大和言葉をそっと挟み込む。そうすることでまさにさりげなく、ものごとをとらえる気持ちのゆたかさ(←→センスの良さ)をきわだたせる(←→アピールする)ことができるのではないでしょうか。

今週のおまけ ~トイレと言わずに「ワシントンクラブ?」~

 「物事を直接的に言わない」というのは日本人の長所でもあり、同時に短所でもあります。特にビジネスシーンでは「まあまあ、分かるでしょう」と「暗黙の了解」で済ませていては成り立たない(どころか後で問題になる)のが昨今でしょう。昔のように日本の中だけならそれでも通じたのでしょうが、今は世界を相手にする時代ですしね。

 とは言えこの「はっきりさせない」美しさも大和言葉の特徴のひとつです。それこそわざわざ口にするべきではない場面でこそ、その威力を発揮します。一例を挙げましょう。トイレの話です。

 ……食事中なら許して下さいね(苦笑)。「トイレ」、ましてや「便所」という身もフタもない表現に比べ、大和言葉ではどう表すか知っていますか?

 「はばかり」と言います。まさに「人目をはばかる」からですね。

 ちなみに「大和言葉」とは少しずれますが、登山用語で「トイレに行く」ことを女性は「花摘み」、男性は「雉(きじ)撃ち」と言ったりします。女性は腰を下ろして、男性は立って……というわけです(笑)。後者はさておき、女性版は飲食店などで耳にしたことのある人もいるのではないでしょうか。これまたはっきり言わず「ほのめかす」日本語の表現力の豊かさの表れでしょう。

 そう言えば、私が学生だった1990年代前半には、トイレのことを「ワシントンクラブ」と言い換えるのが少しはやりました。なぜかって? 英語で書くと「Washington Club」。そして水洗式便所は英語で「Water Closet」。よくW.C.と書いてありますよね。つまり頭文字に引っかけたおふざけですが、今思えばこれも「トイレ」と言うより生々しくなくていい、という慎みの一種だったのかもしれません(本当にそうかなあ?苦笑)。