あきのエンジェルルーム 略歴

2015年06月11日

「人を喜ばせたい…」を安売りしない! ♡Vol.39

 いつも心にエンジェルを。

 みなさんはサプライズを仕掛けるのは好きですか?  
 以前、「人事のホンネ」で取材したバンダイの採用担当者は、「サプライズパーティーをやりたがるタイプの学生がほしい」という話のなかで、「サプライズパーティーも年に1回ならできますが、365日やれと言われると大変ですよ」と話していました。その通りだと思います。
 だれかに喜んでほしくて、知恵をしぼって、工夫して、その結果、そのだれかがとても喜んでくれたとしたら、確かにうれしい。でも、たまのことだからこそ、できることかもしれません。
 うちの娘(8歳)もかなりのサプライズ好きで、毎日のようにいろんなものを作り、帰宅するなり手渡してくれます。お金のかかるものは無理なので、折り紙で作ったお花だったり、お手製の絵本だったり、ゴムで作ったブレスレットなどさまざまです。そこで、私がつい感激して、褒めまくってしまうので、本人は調子に乗ってまた作る、という繰り返し。実用性はないけれど、捨てるに捨てられないものだらけで、リビングが片付くヒマもありません。

 この前の「母の日」は、当日まで待てなかったらしく、3日も前に夫と相談してスーパーで買ったらしいカーネーションの花束を帰宅するなりプレゼントしてくれました。値札がついたままでしたが、「ままへ♡ すこし母の日は早いけど……(略) ○○ちゃんは、まま大大大……すき」(実に30回、「大」が続いていた、感激!)という手書きのメッセージがついておりました。その後の花瓶の水替えもがんばってやってくれました。
 かくいう私もプレゼント好きなので、つい街角で娘が喜びそうな小物を見ると、吸い寄せられるように小銭を出してしまいます。夫には「甘やかすな」といつもしかられるのですが……。

 就職活動でサービス業や小売業などを志望する学生が、自己分析や志望動機などで「私は人を喜ばせるのが大好きです」「たくさんの人を笑顔にしたいから御社を選びました」などとアピールしているのを見かけます。そのきっかけとしてESに「文化祭で○○をして来場者に称賛されました」、「サークル活動で○○のリーダーとして××を成功させて、部員に感謝されました」というようなエピソードを書いてくる人も多いです。
 一見、サービス精神があって、協調性もある「良い人」のようですが、これって本当はかなり“強引”なコメントではないでしょうか? たった数回の「成功体験」で、自分の行動がだれかの役に立つ、だれかを幸せにできる、と確信しているわけですから。
 感謝されてうれしかったのはよくわかります。でも、それが無償の行為だったから感謝されたのかもしれません。「人を喜ばせる」ことが本業になったら、それで「報酬を得る」わけです。けっこうハードルが高くありませんか? こうすれば喜んでくれるだろう、とアナタが思うことが、確実に人を喜ばせるとは限りません。しかも、それで対価をもらおう、なんて、傲慢な印象すら受けてしまうのは私だけでしょうか。
 だれかの笑顔を想像して努力や工夫をすることはとても素敵なことです。でも、もし、その行為がだれからも評価されなかったとしたらどうでしょう。そんなときはがっかりするのですか? 

 子どもの「これはきっとママが喜んでくれるから作ってプレゼントしよう」はとっても可愛い。でも私が「これはきっと娘が喜んでくれるだろうから買っといて、娘が何かがんばったときにさりげなく渡してあげよう」と思うのは単なる自己満足。選んでいる自分、プレゼントするときの娘の表情を勝手に想像して自分が喜んでいるのです。
 娘相手の場合、なかなかそういうケースはないですが(だいたい喜んでくれる)、人にプレゼントを渡してあまり喜んでもらえないときも、実はそんなに悲しくありません。だって、その品を選んだり、渡すシーンを想像したりしたときの楽しみをすでに自分は得ているのですから。
 そこから後は完全なる「オマケ」。もし、とーっても素晴らしいリアクションが得られたら、それは、相手からの「サプライズプレゼント」です。そんなときは「なんて細やかな気遣いのできる人だろう」と感激もひとしお。そんな風に考えていると、人生がどんどん楽しくなります。

 友達にお土産を買うときも、人に頼まれた用事を果たすときも、みんな同じです。笑顔を想像した時間という“ご褒美”は先にもらっているのです。「こんなに一生懸命考えた(やった)のに、あんまり喜んでくれなかった。時間もお金も損した」的なことを考える人は、プレゼントもサプライズもする資格なし。
 自分が新人だったころ、ごはんやお酒をよくご馳走してくれる先輩がいました。恐縮する私に、その先輩が「お前が先輩になったら、後輩におごればいいから、俺に返そうと思うな」としつこく言っていたのを覚えています。そう、見返りを期待する行為、打算的な行為は、一言で言えば「美しくない」のです。

 「人を喜ばせる」を仕事にすることは、まさに「笑顔」+「報酬」というダブルの見返りを相手に求める、ということです。そう簡単なことではないはずです。

 私が素直でないだけかもしれませんが、そういう風に考える人がいることを知った上で、もう一度自己PRを読み返してみてください。アナタのESの「人を喜ばせたい」「笑顔にしたい」は、どれだけの自信と覚悟があって、書いたものですか?