一色清の世の中ウオッチ 略歴

2014年02月13日

そこにある依存症の危機 (第34回)

ギャンブルもネットも快楽から破滅へ

 「そのとき私の目の前には、サラリーマンの平均生涯賃金のおよそ10人分にあたるチップが山積みされていた。総額20億円」という書き出しで始まる『熔ける』(双葉社)という本を読みました。大王製紙元会長の井川意高氏が、社長在任中にカジノにはまり、会社から借りた106億円ものカネをスッてしまった事件をみずから振り返る内容です。懲役4年の刑が確定し現在受刑中ですが、苦しいギャンブル地獄から解き放たれた心境からか、かなり率直にリアルにギャンブルが人間を狂わせていく様を描いています。

 井川氏はマカオやシンガポールのカジノに週末ごとに通い、VIPルームで億円単位の勝負をしていました。「カジノのテーブルについた瞬間、私の脳内には、アドレナリンとドーパミンが噴出する。勝ったときの高揚感もさることながら、負けたときの悔しさと、次の瞬間に湧き立ってくる『次は勝ってやる』という闘争心がまた妙な快楽を生む」のだそうです。そして、その快楽物質があふれかえっている状態のせいで「コーヒーしか口にしない状態で36時間連続で勝負するのは当たり前だった」と書いています。 私は週刊誌アエラの記者だった頃、ギャンブル依存症の取材をしたことがあります。やめたいと思っても、どうにも自分をコントロールできない人たちから、話を聞きました。ある人は麻雀にはまって公務員の職を失い、麻雀のない世界で暮らそうと思って、北アルプスの山小屋の管理人になりました。1年間麻雀と離れ、「もう大丈夫」と思って、東京に戻ったところ、その足で雀荘に向かってしまい、元の木阿弥になったそうです。

 井川氏は「私には、パチンコやパチスロにハマって破滅する主婦の気持ちがよくわかる」と書きます。金額が違うだけで、心のありようは同じだろうというのです。
 私にも経験がありますが、麻雀やパチンコを長時間していますと、妙な高揚感におそわれることがあります。「忘我(ぼうが)」という言葉がありますが、日常のいやなことやストレスがどこかに飛んでいって、自然と口元がほころぶような気持ちのいい感じを覚えます。おそらく、それは脳内に快楽物質が出ているのでしょう。

 ギャンブルに依存するなんて理解不能と思う人もいるでしょうが、ネット依存ならどうでしょう。朝日新聞社が出している『ジャーナリズム』という雑誌の2月号に、ネット依存問題に取り組んでいる医師の樋口進さんが「ネット依存傾向の成人は270万人」という記事を書いています。ネットゲームにはまってスマホやパソコンから離れられないのもカジノやパチンコにはまってやめられないのも大きなくくりでは同じです。ただ、ネット依存は若者が中心であることが大きな特徴です。樋口医師のところにやってきた患者の約半数は中・高校生で、大学生まで入れると70~80%を占めるといいます。患者の特徴は朝起きられなくなることです。遅刻、欠席、欠勤が続いて、退学や退社となるケースも多いのだそうです。
 重い軽いはあるのでしょうが、私の周囲にもいつもスマホをいじっている若者が見受けられます。スマホをいじっていないと落ち着かないといった症状のある人は、要注意でしょう。樋口医師は、依存症からの回復の一番いい方法は、「依存していたネットサービスに代わる、現実世界のより健康的な何かを見つけてくることである」と書いています。ネット依存なら心当たりがあるという人は、社会に出る前に自分を見つめ直してみたらどうでしょうか。