一色清の世の中ウオッチ 略歴

2014年03月20日

日本的経営を評価する東レ社長に強く同意 (第39回)

グローバル経営に躍る社風にはご注意を

 「日本的経営だったから成長できました」。最近、ある会合で日覚(にっかく)昭広・東レ社長の話を聞く機会がありました。その席で日覚社長がこうきっぱり言うのを聞いて、ちょっと驚きました。そして「よくぞ言ってくれた」という思いもありました。

 東レという会社は知ってますよね。もともとは東洋レーヨンという社名の繊維メーカーだったのですが、繊維だけでは生きていけなくなって、炭素繊維とか水処理用機能膜など、幅広い基礎素材を作る企業に変身しました。その変身が成功し、今や日本が誇る優良企業の一つになりました。6月に交代する経済団体連合会(経団連)の新会長には、東レの榊原定征会長が就任することが内定しています。
 日本的経営は、戦後の日本企業が成功した源として1980年代あたりまでは、世界でも注目されていました。でも、冷戦が終わった90年代には、世界はアメリカ1強体制になり、グローバルスタンダードという名のアメリカンスタンダードが世界に押し寄せました。この時期、日本経済はバブル崩壊後の長い不況に入っていたこともあり、経営者の中に日本的経営は時代遅れと思う人が増えました。そして競ってアメリカ的経営を採り入れ始めました。この日本的経営からアメリカ的経営への流れは、いまも続いています。そんな流れの中で、日本を代表する優良企業の社長が日本的経営を高く評価したことに私は意表を突かれたわけです。

 何が日本的経営で、何がアメリカ的経営か、を説明しましょう。その違いの最大のものは、長期的な視点で経営するか、短期的視点で経営するかの違いです。アメリカは、教科書的資本主義の国ですから、「会社は株主のもの」という考えが強くあります。株主は株の売り買いのために目先の利益を求める人が多く、経営者は目先の利益にこだわらざるを得なくなります。アメリカ型では3カ月ごとに決算を公表するルールになっていて、それが経営者の通信簿になるため、経営者は10年後の会社のために手を打つといった長期的な考えをとらなくなりがちです。一方、日本では、「会社は株主だけでなく、従業員や顧客や社会のものでもある」という考え方があります。ですから、経営者は目先の利益に追われず、比較的長い目でみた経営をします。
 違いは、従業員の雇用に対する考え方にも表れます。アメリカ型は従業員に会社への忠誠心より目先どれだけ会社に利益をもたらすことができるかを求めますから、従業員の平均在籍期間は長くありません。一方、日本型は終身雇用、年功序列という言葉があるように、一つの会社に長く腰を落ち着けて忠誠心を持って仕事をする風土を作ろうとします。
 報酬についての考え方も違います。安定的な賃金を考える日本型に対して、アメリカ型は儲かれば出すが、儲からなければ減らすという考え方です。また、能力実績に応じて個々人の賃金の格差が大きいのも特徴です。退職金の制度がなかったり、さまざまな手当や福利厚生もなかったりします。そうしたものはすべて賃金に含まれていると考えるわけです。
 ものすごく単純化すると、アメリカ型はドライ、日本型はウェットというイメージでしょうか。

 日覚社長は、東レが今あるのは、炭素繊維や水処理用機能膜のように長い年月をかけて研究を続けたものが花開いてきたためだと言います。それは、目先は金食い虫に過ぎなくても、やり続けることのできた日本的経営のおかげというのです。
 どうも、ここ20年ほどの日本企業は自信を失って、自分たちの良さを見失ってきたように感じていました。かつてに比べ、日本企業が相対的に弱くなったのは、日本的経営からアメリカ型経営に切り替えるのが遅れたからではなく、やみくもに切り替えてしまったからではないのか、と。
 今、企業の多くはグローバル化に懸命になっています。ただ、やみくもにアメリカ企業のマネをしているだけのところもあると思います。浪花節的な行き過ぎた日本型経営もいかがなものかと思いますが、ドライであることがグローバル時代の経営と勘違いしているような企業の将来性にも首をかしげます。就活生はそのあたりの社風をよく見たほうがいいと私は思います。