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新型コロナウイルスのワクチン接種が、日本でも医療従事者に続き高齢者を対象にいよいよというか、ようやく始まります。ワクチンは日常生活を取り戻す切り札です。期待が高まっていますが、欧米や中国など接種が進んでいる国に比べると、日本は遅れが際立っています。学生のみなさんに順番が回ってくるのはだいぶ先になりそう。「医療先進国だと思っていたのにどうして?」と疑問に感じている人も多いのではないでしょうか。海外産ワクチンの入手が思うようにいかない事情もありますが、なんといっても国産ワクチンがまだないことが大きいと思います。いくつかの製薬会社や研究機関が開発に取り組んでいますが、実用化の時期は見通せません。どうして日本のワクチン開発は遅いのでしょう。新たな感染症はまたいつ襲ってくるかわかりません。製薬会社志望者だけでなく、すべての人に関わるテーマです。背景を整理してこれからを考えます。(編集長・木之本敬介)
(写真は、米ファイザーの新型コロナワクチン=同社提供)
(写真は、米ファイザーの新型コロナワクチン=同社提供)
高齢者接種スタート
国内でのワクチンの高齢者への接種は12日からスタートします。対象となる65歳以上の高齢者は約3600万人。米ファイザー製のワクチンを3週間の間隔をあけて1人2回接種します。政府は5月下旬までに半数に当たる約1800万人が1回接種できる量を全国の自治体に配送する計画で、6月末に2回分すべてを届けるとしています。今後のスケジュールは、高齢者の次が基礎疾患のある人、高齢者施設などで働く人、60~64歳の人で、みなさんの世代に回ってくるのはその後ですから、まだいつ受けられるのか見通せない状況です。接種率は経済回復に直結
世界を見ると、ワクチン接種がもっとも早く進んだイスラエルではすでに半数以上の国民が済ませているほか、英国では4月5日までに47%が1回目を接種。70歳以上は9割が受けました。米国でも32%、欧州連合(EU)は14%です。日本は1%にも届きません。ワクチンの接種率は経済活動の回復に直結します。英国ではワクチン接種と厳しいロックダウン(都市封鎖)の効果で、4月6日の新規感染者数は2379人と1月の6万人超から急減。一時は1日1300人を超えた死亡者数も20人に減り、ジョンソン首相はロックダウンの一部緩和を宣言しました。米国でも、カリフォルニア州が6月15日から経済活動を全面的に再開する方針を決めました。バイデン米大統領は3月の演説で、5月1日には全成人を接種対象とするとし、7月4日の独立記念日までに国内をなるべく平常に戻し「ウイルスからの独立」を目指すと宣言しました。
日本では5社が開発中
新型コロナのワクチンはこれまでに、ロシア、中国、米国、英国、インドなどで開発や生産に成功しています。日本政府は米国製と英国製のワクチンを数千万回分確保したと発表しており、米ファイザー製の接種が始まり、英アストラゼネカ、米モデルナのものは承認審査中です。話題になるのは海外のワクチンばかり。日本の国産ワクチンはどうしたのでしょう? もちろん、国内でも開発は進んでいます。先行したのは創薬 ベンチャーのアンジェス(大阪)で、大阪大学などと共同で開発しています。ほかにも、塩野義製薬(大阪)、第一三共(東京)、IDファーマ(東京)、KMバイオロジクス(熊本)の4社が開発中。政府は、研究開発に600億円、生産体制整備に2577億円と、少なくとも計3000億円の支援を決めましたが、まだ実用化の時期は見えません。ワクチンの開発には数万人規模の臨床試験(治験)が不可欠ですが、日本は欧米に比べると感染者数が少なく国内だけでまかなえない事情もあります。
(写真は、塩野義製薬が国立感染症研究所などと共同開発している新型コロナのワクチン=塩野義製薬提供)
ワクチン産業停滞の背景
海外勢とここまで差がついた背景には、コロナ流行の前から国内のワクチン産業が停滞していたことがあります。厚生労働省によると、国内のワクチンの市場規模は約1400億円と医薬品全体(10兆円)の1%強にとどまるうえ、半分以上は海外からの輸入品が占めています。通常は開発から実用化までに何年もかかり、定期的な予防接種に選ばれるまでにはさらに数年かかります。開発に成功した時点で対象とする感染症がどれだけ流行しているかは見通せません。加えて、安全性の審査は厳しく、副反応に関する訴訟リスクが高いという事情もあります。高度経済成長期のころ、日本にはワクチン開発の高い技術力がありましたが、1970年代以降、予防接種の副反応による訴訟で国が相次いで敗訴し、国も製薬会社も開発に及び腰になったといわれています。すでに海外市場は欧米のメガファーマ(巨大製薬企業)がほぼ独占していて、日本企業が入り込む余地は少ないのが現状です。ワクチンを手がける国内の製薬会社幹部は「開発に成功しても、いったん生産を始めると安定供給は社会的責務でやめられない。パンデミック(世界的大流行)が起きれば採算を取れるが、平時に工場などの設備や人を維持し続けるのは負担が大きい」と語っています。企業にとっては、国内だけで1.4兆円の市場規模の抗がん剤など他の薬を後回しにしてワクチン開発費を投じるのは現実的な選択肢ではありませんでした。その結果、国内のワクチン生産は、中小企業や財団法人による既存のワクチンの製造がメインとなって新規開発は下火となり、開発力が低下していったわけです。厚労省は2007年、「ワクチン産業ビジョン」をつくり、中小や財団と大手が手を組み世界に挑む体制を目指しましたが、実りませんでした。
(写真は、新型コロナのワクチン接種を受ける医療従事者=3月11日、東京都目黒区、代表撮影)
ワクチン開発は安全保障問題に
それでも今回は、米英の企業からの供給をある程度確保できました。ただ今後、未知の新たな感染症にいつ襲われるかわかりません。ワクチンの開発と確保は、国の安全保障にも関わる問題に浮上してきました。実際、中国は自国で開発したワクチンによる「ワクチン外交」を世界で展開して親中の国を増やそうとしており、米国も対抗しようとしています。武田薬品工業の今川昌之・日本ワクチン事業部長は「国防上も、国内でワクチンを開発できる体制は必要だ。次のパンデミックがいつ起きてもおかしくない。コロナを機に、平時から新規のワクチン開発を続けられる体制を産官学で考える必要がある」と話しています。
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