2018年09月28日

日米関税交渉入りで自動車業界はホッ? 代わりに影響を受けるのは?【今週のイチ押しニュース】

テーマ:経済

 自民党総裁選で「3選」を決めた安倍晋三首相が、米ニューヨークでドナルド・トランプ大統領と会談し、日米二国間で関税交渉に入ることに合意しました。二国間のディール(取引)で手腕を発揮したいトランプ大統領に対し、日本は環太平洋経済連携協定(TPP)など多国間の枠組みを重視してきましたが、米国に「自動車の関税を引き上げるぞ」と脅され、押し切られた格好です。この交渉の行方が、日本の産業地図にどんな影響を与えるのでしょうか。就活生の「業界研究」の面からも気になるところです。(教育事業部ディレクター・市川裕一)

(写真は、日米首脳会談で握手する安倍晋三首相〈左〉とトランプ大統領)

(FTA+FFR)÷2=「TAG」

 26日の日米首脳会談で耳慣れない新語がとび出しました。日本が提案した「TAG」です。Trade Agreement on Goodsの略で、名付けて「物品貿易協定」。一方、米国は対日貿易赤字の削減と日米二国間の「FTA」締結を求めていました。こちらはFree Trade Agreementの略で、「自由貿易協定」と訳されます。輸入の際にかかる関税の率を下げたりゼロにしたりすることが基本で、さらにお金や人の移動をしやすくする政策などを加えて「EPA」(Economic Partnership Agreement=経済包括協定)と呼ぶこともありますが、国際的にはFTAが一般的です。トランプ大統領は就任後、メキシコ、韓国などに二国間のFTA交渉を迫り、締結にこぎ着けてきました。

 警戒した日本がまず切ったカードが「FFR」という会議の創設です。Free(自由)でFair(公正)で Reciprocal(相互的)な貿易を目指す話し合いの場という意味で、今年4月、安倍首相がトランプ大統領に提案し、8月に初会合がありました。ただ、これを「時間稼ぎ」とみたトランプ大統領は、日本からの輸入車にかかる2.5%の関税を25%に引き上げるぞと、ゆさぶりをかけてきたのです。FTA交渉入りをのまされたとみられるのを避けたい日本政府は、サービスなどを含まない「モノ」の輸出入に限定した交渉という意味を込めたTAGという新語をひねり出し、「包括的なFTAとは異なるものだ」(安倍首相会見)と強調して、なんとかメンツを保ちました。

自動車高関税なら影響1.8兆円

 なんだか言葉遊びの感もぬぐえませんが、TAG交渉中は米国が自動車への高関税措置を発動しないことを「確認した」(安倍首相)そうですから、日本の自動車メーカーはほっとひと息でしょう。1980年代の日米貿易摩擦では、日本からの輸入車が米国の貿易赤字の元凶とされ、日本車が燃やされたりたたき壊されたりしました。当時に比べ日本の自動車メーカーは北米大陸での現地生産比率を高めていますが、それでも米国の対日貿易赤字の8割近くは自動車が原因とされています。仮に自動車関税が25%に引き上げられると、日系メーカー6社の影響額は約1.8兆円にのぼるとの試算(三菱UFJモルガン・スタンレー証券)もあります。自動車産業は部品メーカーなどの裾野が広いため、日本経済全体が大打撃を受けかねない事態でした。

 ただ、米国が自動車高関税を引っ込めたからといって、安心してもいられません。日米共同声明は「交渉結果が米国の自動車産業の製造及び雇用の増加を目指すものであること」を日本が「尊重する」ともうたっており、日本メーカーの北米生産シフトにより、日本国内で工場閉鎖などの空洞化が進みかねません。そもそも、米国はもう二度と自動車の高関税を持ち出さないとは言っていないのです。「気まぐれ」な言動が目立つトランプ大統領が、交渉の展開次第で再び自動車の関税引き上げを持ち出してくる恐れは消えません。

(写真は、米運輸省の新車衝突テストで大破し、不合格とされた日本車=1980年ごろ)

牛肉やコメの輸入を増やしても…

 交渉の当面の焦点になりそうなのが、牛肉やコメなど農産物の輸入拡大です。日本は国内の畜産業を保護するため、輸入牛肉に38.5%の関税をかけています。オバマ前政権時代には米国も参加していた「TPP」(Trans-Pacific Partnership Agreement=環太平洋経済連携協定)では、これを最終的には9%に引き下げることで合意していました。交渉から離脱した米国を除く11カ国で協定が批准され、発効すれば、オーストラリア産などの牛肉を日本の消費者がより安く買えるようになります。

 つまり、TPP並みの関税は日本がもともと想定していたわけですから、米国がその水準での妥結をのんでくれれば影響は「想定内」といえます。しかし、実際に交渉に入れば、米国がTPP締結国より「優遇」を求めてくる可能性もあります。そもそも、日本が農産物の関税を大幅に引き下げて米国産牛肉やオレンジなどの輸入を増やしたとしても、年7兆円を超える米国の貿易赤字を打ち消すことはできません。そうなると、自動車関税が再び焦点になる可能性もあります。日本は農業で負けたうえに、自動車でも負けるという最悪のシナリオが待ち構えています。

(写真は、2年ぶりに販売が再開された米国産牛肉。牛海綿状脳症〈BSE〉の発生で輸入が停止されていた=2005年12月)

米中貿易戦争のとばっちりも

 米国の貿易赤字の最大の原因は、日本の自動車メーカーではなく、「世界の工場」中国です。対中貿易赤字は年約40兆円にのぼります。トランプ政権は、知的財産の侵害などを理由に、中国からの輸入品に次々と制裁関税を課してきました。これに対し中国も、米国からの輸入に報復関税をかけて対抗しており、GDP(国内総生産)1位と2位の経済大国による「貿易戦争」の様相をみせています。

 日本の家電や雑貨などのメーカーには、低コストの中国で生産して米国に輸出しているところも多く、すでにとばっちりを受けています。一方、米国のメーカーやIT企業などは、中国の安価な部品や製品に依存してきた面があり、制裁関税で悪影響を受けるところも出てきそうです。

 かつて重厚長大産業で栄えた中西部の「ラストベルト」(さび付いた工業地帯)で支持され、大統領選を制したトランプ氏ですが、グローバル化が進み国境を超えてモノやサービスが行き交う現在では、何が「国益」といえるかは簡単ではありません。同様に、米中貿易戦争や日米TAG交渉の行方次第で、日本の産業がどんな影響を受けるかも容易には見通せないのです。

(写真は、G20で同席した中国の習近平国家主席〈左〉とトランプ米大統領=2017年7月、代表撮影)

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