2015年06月30日

「絶歌」出版の是非……あなたが出版社の社長なら?

テーマ:メディア

ニュースのポイント

 神戸市で1997年に起きた連続児童殺傷事件の加害男性(32)=事件当時14歳=が書いた手記「絶歌」がベストセラーになっています。遺族は出版中止と回収を求めましたが、出版社は「社会的な意味がある」として初版10万部に加えて5万部増刷しました。表現の自由と遺族への配慮などをめぐって議論が起き、書店や図書館の対応も分かれています。あなたが出版社の社長だったら、どうしますか?(編集長・木之本敬介)

 今日取り上げるのは、文化・文芸面(31面)の「表現のまわりで/『絶歌』出版を考える」です。6月23日と30日の2回に分けて、4人の識者のインタビューを載せました。
 
 意見の要点は――
◆森達也さん(映画監督・作家) 「出版をやめさせて本を回収すべきだ」という意見が強まる現状に違和感がある。発表された言論や表現を封殺してよいのか。感情は大事だが、「論理も大事」と訴えたい。
◆諸澤英道さん(常磐大教授) 表現の自由は民主主義の大前提だが本書は問題点が多すぎる。文学的脚色が多く事件と向き合う真摯(しんし)さが伝わらない。過去を清算して新しい人生を歩む覚悟があるなら実名で出版すべきだった。
◆荻上チキさん(評論家) 表現の自由は前提だが内容も形式も本書を評価しない。退院後のケアの話に特化し掘り下げれば、社会にとってずっと役立つ本になったと思う。評価しない経緯面は、被害者家族への軽視だ。
◆斎藤環さん(精神科医・筑波大教授) 少年の性的衝動が残虐な犯罪に結びつくとこれだけ端的に描かれるのは珍しい。手記という形で、昇華できないものを封じ込めようとしたのかも。しっかり受け止めて議論を深めるべきだ。

(東京本社発行の朝日新聞朝刊最終版から)

就活アドバイス

 18年前の事件ですから、当時リアルタイムでニュースを見聞きした人は少ないでしょう。ただ、事件はその猟奇性などから社会に大きな衝撃を与え、少年事件が起きる度にニュースで取り上げられるので、聞いたことがある人も多いと思います。経緯を整理します。

【事件の経緯】1997年2~5月、神戸市須磨区で児童計5人が襲われ、小学4年の山下彩花(あやか)さん、同6年の土師淳(はせ・じゅん)君が殺害された。兵庫県警は同年6月、当時中学3年の男性を殺人や死体遺棄容疑で逮捕。神戸家裁は同年10月、男性を医療少年院に送る保護処分を決定。男性は2004年に仮退院し、2005年に本退院。事件は刑事罰の対象年齢を16歳から14歳に引き下げる少年法改正のきっかけにもなった。

【本の内容】前半では男性が犯行に至るまでの経緯や自身の精神状況、医療少年院での生活を振り返り、後半では医療少年院を仮退院後、家族と離れて身元を隠し、溶接工や日雇いアルバイトで暮らしていたことを書き記した。「自分の物語を自分の言葉で書いてみたい衝動に駆られた」などとして、書くことが生きる支えになっていたことも明かしている。巻末では「被害者のご家族の皆様へ」と題し、「どれほど大切なかけがえのない存在を、皆様から奪ってしまったのかを、思い知るようになりました」とつづった。

【遺族の反発】殺害された淳君の父・土師守さんは突然の手記出版に反発し、太田出版に手記の回収を求める申入書を送った。土師さんは「精神的苦痛は甚だしく、改めて重篤な二次被害を被る結果となっている」と訴え、経緯を公開することが「少年事件を一般的に考察するうえで益するところがあるとは考えがたい」と指摘。

【出版社の対応】版元の太田出版の岡聡社長は販売開始1週間後の17日、同社のホームページにコメントを掲載。「本書は、加害者本人の手で本人の内面を抉(えぐ)り出し、この犯罪が起きた原因について本人自身の言葉で描いたもの」「社会は、彼のような犯罪を起こさないため、起こさせないため、そこで何があったのか、たとえそれが醜悪なものであったとしても見つめ考える必要がある」「社会復帰を果たした彼は、社会が少年犯罪を考えるために自らの体験を社会に提出する義務もある」「(ご遺族のお気持ちを再び乱す結果となる可能性を)意識しつつも、なお出版を断念しえず、検討を重ねました」「多くの方に読まれることにより、少年犯罪発生の背景を理解することに役立つと確信しております」

 書店や図書館の対応は分かれており、6月20日の朝日新聞の記事によると、東京中心に38店舗を展開する啓文堂書店は遺族に配慮して全店で販売しない方針。紀伊国屋書店は「出版差し止めや回収の要請などがない限り販売は続ける」。丸善、ジュンク堂を運営する丸善ジュンク堂書店は、各店舗に判断を任せたそうです。全国の図書館でも、購入するところ、しないところ、購入しても貸し出しをしないところと、それぞれです。

 太田出版には3月初めに手記の原稿が持ち込まれたそうです。
 マスコミ志望のみなさんは考えてみてください。あなたがこの出版社の社長だったら、この本を出しますか、やめますか。書店の店長なら、売りますか、売りませんか。
 一連の問題には、それ以外のみなさんにも考えてほしい深いテーマがたくさん詰まっています。

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