2019年08月30日

実名?匿名?京アニ事件で報道の意味考えて【イチ押しニュース】

テーマ:メディア

 35人が亡くなった京都アニメーション放火殺人事件で、京都府警は発生から40日後に犠牲者全員の身元を公表しました。これを受けて、朝日新聞などの報道機関は実名を報じるとともに、人気アニメ「涼宮ハルヒの憂鬱(ゆううつ)」や「響け!ユーフォニアム」での活躍ぶりなど、理不尽に命を奪われた方々の功績や人柄も伝えました。殺人事件の犠牲者数としては戦後最悪とみられる凶悪事件ですが、犠牲者の身元公表は異例の展開をたどりました。事件を正確に記録したり検証したりするために実名報道は必要ですが、プライバシー保護もとても大切です。実名報道のあり方を考えます。(編集長・木之本敬介)

(写真は、献花台最終日に手を合わせる人たち=8月25日、京都市伏見区)

「匿名だと臆測広がる」

 京都府警は事件から2週間が過ぎた8月2日、葬儀を終え、実名公表に了承を得られた10人の身元を公表。全員の葬儀が終了した後の27日、残る25人についても公表しました。うち20人の遺族は公表拒否の意向でした。京アニも、プライバシーが侵害され遺族が被害を受ける可能性があるとして、一定期間は実名を公表しないよう府警に要望していました。それでも公表した理由を京都府警は「事故の重大性、公益性から判断した。報道機関や一般の方も非常に関心が高く、身元を匿名にするといろんな臆測も広がり、間違ったプロフィルも流れる。亡くなった方やご遺族の名誉が傷つけられる」と説明しました。

 朝日新聞は、事実を歴史に記録するメディアの役割などから実名報道を原則としていて、被害者について匿名で報じるのは性犯罪の被害者らに限っています。

(写真は、京都府警本部=京都市上京区)

事実検証と権力チェック

 被害者の実名公表については、政府が2005年に閣議決定した犯罪被害者等基本計画で「総合的に勘案しつつ、個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるよう配慮する」と規定され、事実上、警察の判断に委ねられています。今回、京都府警は「ご遺族と会社側の意向を丁寧に聞き取りつつ、慎重に検討を進めた」結果、全員分を公表しました。ただ、場合によっては、警察が不都合な情報を隠す可能性だってゼロではありません。そうなると、発表が事実かどうか検証できず、権力のチェックができなくなってしまいます。このためメディア側は、警察は原則としてすべて公表し、報じるかどうかは報道機関が判断するようにすべきだと主張しています。

■メディアスクラムとネット被害

 被害者をめぐっては、遺族への報道機関の取材が集中するメディアスクラム(集団的過熱取材)に加え、ネットやSNSの普及で、被害者に関する情報が根掘り葉掘り調べられて広く流されるなど、遺族が2次被害を受けるケースも増えています。報道機関だけでなく、一般の人たちにもモラルが求められます。

 今回の遺族取材では、京都に拠点を置く報道各社は、ご遺族の心理的な負担を軽減するため、事前に発表時の取材について協議。メディアスクラムを避けるため、新聞・通信社とテレビの各1社が代表して遺族に取材の意向を尋ねる取り組みをしました。被害者のプライバシーに配慮しながら、事実を伝えるという報道の使命を果たしていくため、メディアは今後も模索を続けます。

(写真は、事件現場を訪れた中国の大学生ら=8月27日、京都市伏見区)

「広島の小1女児」ではない

 実名報道をめぐって忘れられない事件があります。広島市で2005年11月、小学1年生の木下あいりさん(当時7)が下校途中に外国人に殺害された事件です。性的暴行を加えられていたことがわかり、報道各社は被害者のプライバシーに配慮して途中から匿名報道に切り替えました。

 被害者の父親の建一さんは事件直後、家族や関係者への取材を控えてほしいというメッセージを報道機関に送りました。1カ月後には、「淋しさと悲しみが募るばかりです」と心情をつづったコメントを発表。この中で、引き続き取材を控えてほしいとしつつ、「木下あいり」「あいり」と娘の名にカギカッコを付けていました。その半年後、建一さんは朝日新聞の取材に応じてこう語りました。
 「あえて強調しました。娘は『広島の小1女児』ではなく、世界に1人しかいない『木下あいり』なんです」「(事件の)判決の報道では、あいりの写真を掲載してほしい。私の転勤であちこち住んだあいり。各地の人たちに、もう一度あいりのことを思い出してほしいんです」

「どうか忘れないで」

 今回、身元が公表された石田敦志(あつし)さん(31)の父、基志(もとし)さん(66)は記者会見し、息子への思いと悲しみを語りました。会見を開いた理由について「決して『35分の1』ではない。ちゃんと名前があって毎日頑張っていた」としたうえで、「残った我々ができることは、記憶して忘れないでいただく。そういったことしかできない。だからこの場にいる」と説明。最後にこう力を込めました。「どうかみなさま、これからも敦志が愛した京都アニメーションを応援してあげて下さい。そして、『石田敦志』というアニメーターが確かにいたということを、どうか、どうか忘れないで下さい」

 全員の実名が公表されたことで、一人ひとりの人生や作品への関わりが報じられ、多くの人が事件への怒りや悲しみをより強く共有したと思います。二度と起こしてはいけないという思いとともに、事件は人々の記憶に長くとどまることでしょう。それぞれの遺族の思いをくみながら犠牲者の生きた証しを伝えるのも、メディアの大切な役割なのです。

(写真は、会見する石田基志さん=8月27日、京都市伏見区)

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