一色清の世の中ウオッチ 略歴

2013年08月22日

「風立ちぬ」と「終戦のエンペラー」と国産ジェット機 (第10回)

敗戦で禁止された航空機製造が尾を引く悪戦苦闘

 夏休み、戦争にまつわる映画を2本見ました。「風立ちぬ」と「終戦のエンペラー」です。2本とも話題になっていますから、すでにご存じの方が多いでしょうが、簡単に説明しますと、「風立ちぬ」は、太平洋戦争の主力戦闘機ゼロ戦を設計した堀越二郎さんをモデルにしたジブリ作品です。「終戦のエンペラー」は、終戦後やってきた占領軍のマッカーサー元帥とフェラーズ准将が「天皇に戦争責任はあるのか」という命題の答えを出すまでを描いたアメリカ映画です。

 「風立ちぬ」は、さすが宮崎駿監督でした。大正から昭和にかけての日本の風景を実に美しく描いています。そして宮崎アニメではいつも思うのですが、女性が清楚でかわいい。飛行機が大好きという監督ですから、飛行機と風の表現は見事です。堀越二郎さんの技術者として、そして人間としての誠実さも伝わります。戦争への向き合い方に対して批判的な意見もあるようですが、私はそこは切り離して観ることができました。

 「終戦のエンペラー」は、天皇の戦争責任という重いテーマを扱っているのですが、そこは重くなりすぎないように深掘りしていません。最後のマッカーサー元帥と天皇陛下の会見を通じて余韻を持って伝えようという描き方だと感じました。それより、終戦間もない日本や日本人の姿がとてもリアルで、そこがもう一つの見どころでした。

 この二つの映画と関係のあるニュースがこの夏に流れたのですが、何か分かりますか。7月25日に公表された「日の丸ジェットMRJ、また延期」というニュースです。
 日の丸ジェット「MRJ」というのは、三菱航空機が開発中の国産初の小型ジェット旅客機です。当初は2011年に初飛行、13年の納入を目指していました。それが、主翼の素材変更や航空機部品の手抜き検査が発覚したことで延期となり、さらに今夏3度目の延期となったのです。今回はエンジンなど海外部品の調達の遅れが原因だそうで、初飛行は2015年4月以降になるそうです。受注も苦戦していて、まさに悪戦苦闘の旅客機開発となっています。

 日本は戦前、世界でもトップレベルの航空機製造大国でした。三菱重工業(三菱航空機の親会社)の堀越二郎さんのような優秀な設計者がいて、最盛期には100万人もの人が航空機製造に従事していました。そして年間2万5000機もの飛行機を作っていたのです。
 それが敗戦。占領軍は日本に航空機製造禁止令を出します。工場や設計図は、すべて破壊、消却し、研究や教育も一切できなくなりました。マッカーサー元帥の狙いははっきりしています。もう一度、ゼロ戦のような飛行機を作られて、アメリカに向かってこられることを恐れたためです。この禁止令は1952年には解かれましたが、7年間のブランクは決定的でした。

 日本は、乗り物の製造は得意です。自動車は世界に冠たる強さですし、造船は1960年代から世界一になっています。新幹線は世界中に売り込める競争力を持っています。なのに、飛行機だけはだめです。それは、占領軍による禁止令とその後も続いたアメリカのにらみがあったからです。
 日本が独自で開発した旅客機は、これまでYS11しかありません。「日の丸旅客機がほしい」という悲願を実現するために、1950年代から60年代にかけて堀越二郎さんを含むオールジャパンで取り組んで開発したプロペラ機でした。182機を製造して、日本や東南アジアなどの空を飛んだのですが、1973年に生産が終わりました。赤字がかさんだためです。

 日本の航空機産業は、旅客機も軍用機も、アメリカの下請けに甘んじてきました。1980年代には、主力戦闘機(FSX)を日本独自で開発、製造しようとしましたが、アメリカの強い反発によって頓挫しました。

 MRJは、YS11に続く戦後二度目の挑戦なのです。何とか初飛行にこぎ着け、世界の空を飛び回ってほしいと思います。堀越二郎さんもマッカーサー元帥も空の上から見ていることでしょう。
戦後68年。戦争は遠い昔の出来事のように思いますが、産業の中には、今も戦争の影響を引きずっているものがあるのです。

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