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今回取り上げるキーワードは「オーバーツーリズム」です。観光客が増えすぎて地元住民の生活や自然環境に悪影響を及ぼす現象で、「観光公害」とも呼ばれます。コロナ禍が一段落し、日本を訪れる外国人観光客もコロナ前の規模に回復しつつあります。非常に喜ばしい傾向ですが、一方でオーバーツーリズムの問題も再び浮上しています。インバウンド客の獲得は、日本が生き残るために欠かせない戦略でしょう。観光地としての魅力を高めつつ、オーバーツーリズムの問題にも目を配っていく必要があります。ニュースで感覚を磨いていきましょう。(編集長・福井洋平)
(写真・京都・清水寺へ続く坂道を歩く観光客ら=2023年7月7日)
(写真・京都・清水寺へ続く坂道を歩く観光客ら=2023年7月7日)
インバウンドの数が復活
日本を訪れる訪日外国人客(インバウンド)の数が復活しつつあります。日本政府観光局(JNTO)が7月、6月の訪日外国人客は207万3300人だったと発表しました。新型コロナの感染拡大前の2019年同月比で、72%まで戻ったことになります。2022年10月に新型コロナの水際対策が緩和されてから回復が続いており、1カ月の訪日客が200万人を超えたのは3年5カ月ぶりだそうです。国・地域別にみると韓国が最多で約55万人。台湾が約39万人、米国が約23万人と続いています。ただし、コロナ前は訪日客の3割(959万人)を占めていた中国は、中国政府がゼロコロナ対策の延長で日本行きの旅行商品の販売を禁止しているため、コロナ前の水準にはるか届かない約21万人にとどまっています。ここが回復してくれば、インバウンドの規模はさらに拡大していくでしょう。国内客も増えています。旅行大手JTBによると、夏休みに国内旅行をする人は前年比16.9%増の7250万人となり、コロナ前の2019年並みになる見通しだといいます。
バス乗り場に130人の行列
観光が活発化するなかで、ふたたび浮上してきたのがオーバーツーリズムの問題です。朝日新聞の記事は、7月のある週末のJR嵯峨野線の混雑ぶりを伝えています。JR京都駅から、人気の観光地の嵐山まではわずか15分ですが、地元の利用客に加えて、スーツケースを持ち込んだ外国人観光客らが乗り込みごった返します。降車時には、ホームから出口まで行列のようになり、通常なら1分で着く近くの烏丸中央口まで約5分もかかるそうで、地元の利用客からは苦情の声も出ています。
同じ日、京都駅から清水寺や祇園に向かうバス乗り場でも130人ほどが列をなしていました。最近は大人数の外国人観光客が大きな荷物をもって乗り込むため、「バスに乗りづらい」との声も聞かれるといいます。もちろんそれだけの観光客が来れば京都の経済は活性化されますが、地元住民の生活が相当不便になることも否定できません。
混雑に拍車をかけているのが人手不足です。箱根では、運転手が足りず、バスの便数を増やせない状況で、バス乗り場には長い行列ができています。タクシーも同じ状況で、運転手を募集しても集まらないため、台数を増やせないそうです。
(写真・JR京都駅のタクシー乗り場には、多くの外国人観光客らが並ぶ=2023年7月15日)
観光客を集中させない取り組み
筆者は4月に京都に旅行したのですが、夜9時ごろタクシーに乗ろうとしたところ、30分近くもつかまりませんでした。大きなターミナル駅に移動してようやくつかまえたタクシーの運転手さんは、コロナ禍で売上が激減し、1日京都市内を流して売上が数千円ということもあったと話していました。そのとき、多くのタクシー運転手が職を変えてしまい、コロナが落ち着いたいまも戻ってきていないそうです。公共交通機関も、コロナ禍による乗客減を受けて、減便を行ってきました。さきほどの嵯峨野線も2022年に減便していますが、観光客が戻ってきた2023年に入っても元には戻しておらず、臨時列車を出すなどしてなんとか対応している状態です。交通問題に関しては、コロナ禍を経たことで、オーバーツーリズムが拡大したともいえます。
混雑を解消するひとつの方法が、混雑状況をリアルタイムで知らせ、観光客に分散をうながすことです。京都市観光協会のウェブサイト「京都観光快適度マップ」では、人気観光スポット周辺の時間帯別の観光快適度の予測やライブカメラ映像、日中でも比較的空いている魅力的な観光スポットの情報を提供し、観光客の集中をふせごうとしています。
(写真・JR京都駅新幹線構内に設置された特設観光ブースで駅前の混雑状況を確認する観光客=2022年11月)
観光客に税金も
地元住民の生活がおびやかされないようにする仕組み作りも大切です。京都では、市バスの「バス1日券」(700円)を2024年3月末で廃止することを決めました。利用者の約9割が観光客など市外の在住者で、住民から「乗れない」などの苦情も出ているためです。鎌倉や江ノ島など沿線に有名観光地を抱える江ノ島電鉄では今年のゴールデンウィークに、住民である「証明書」を持っている住民が、列に並ばず駅構内に入場できるようにする社会実験を行いました。人気の離島である西表島のある沖縄県竹富町では、西表島などへの観光客に税金を課す検討をしていると報じられています。オーバーツーリズムが問題になってきた背景のひとつには、かつてのように名所旧跡だけではなく、地域の文化や日常生活そのものも観光の対象となってきたこともあげられています。SNSによってそういった情報がすぐに広がるようになり、観光客が日常の風景に踏み込むことがこれまで以上に簡単になってきているのです。
(写真=神奈川県内を走る江ノ島電鉄)
観光客も地元も喜ぶ方策をさぐる
さきほど出てきた江ノ島電鉄の鎌倉高校駅近くにある踏切は、人気バスケットボール漫画「スラムダンク」のアニメのロケーションになったことから多くのファンが集まるスポットになり、土日や大型連休などに警備員が配置されるまでになっています。筆者もかつて都内を取材で歩いていたとき、住宅地の中にあるごく普通の階段にたくさん観光客が集まっているのを見てびっくりしたことがあります。調べてみたらそこは、ある有名なアニメ映画のオープニングに登場する階段でした(というか、階段を見て気づきました)。観光客がマナーをしっかり守ることは大前提ですが、あまりに観光客の数が多くなればマナーだけではどうにもならない問題も起こってくるでしょう。そうなれば、観光客が足を運ぶハードルを上げることが選択肢になってきます。せっかく観光しにきたのに、地元住民がいろいろ優先されたり、割高な運賃や税金を払わされたりする――。それが、当たり前になる時代がすぐそこに来ています。「せっかく観光に来たのになんだよー」とただ愚痴るのではなく、観光をめぐって起きているさまざまな問題を理解してみるようにしましょう。また、観光客がただ来なくなるというのも困ります。テクノロジーなのか制度づくりなのか、観光客も地元住民も喜べるような打ち手を考えることができれば、新しいビジネスの芽が見えてくるかもしれません。
(写真・あるアニメに登場する階段)
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