ニュースのポイント
セブン&アイ・ホールディングス(HD)の鈴木敏文会長兼最高経営責任者が退任の意向を表明しました。自分が作った子会社の人事案が、取締役会で否決された責任をとるためです。背景には、鈴木会長が自分の子へ経営を移譲するのではないかという、創業家や社員の不信感が高まっていることがあります。鈴木会長は退任の時期をはっきり示したわけではなく、後継体制作りに影響力を発揮することも予想されるため、このお家騒動は、まだ第2幕、第3幕がありそうです。今日は、企業の内紛について考えます(朝日新聞教育コーディネーター・一色清)
今日取り上げるのは、1面の「セブンHD 鈴木会長辞意/子会社人事 否決され」です。
記事の内容は――小売り大手セブン&アイ・ホールディングス(HD)の鈴木敏文会長兼最高経営責任者(83)が7日、記者会見で「引退の決意をした」と退任を表明した。主導した子会社人事案が同日の取締役会で認められず、責任を取った。鈴木氏はコンビニ「セブン―イレブン」を全国1万9000店の最大手に育て上げた「コンビニ」の親として知られる。退任時期も後継者も未定だ。グループの顔が突然退任を決めたことで、セブン&アイは体制の立て直しを迫られる。取締役会では、セブン―イレブン・ジャパンの井阪隆一社長(58)を退任させて古屋一樹副社長(66)を昇格させる人事案が否決された。社外取締役を中心に反対意見が出たという。その後、会見に臨んだ鈴木氏は「人事案が否決された責任もある」と退任理由を説明。人事案をめぐって伊藤雅俊名誉会長(91)ら創業家との意見の食い違いがあったことも明らかにした。
(東京本社発行の朝日新聞朝刊最終版から)
就活アドバイス
会社の内紛、俗に言うお家騒動はそれほど珍しいことではありません。これだけ有名な企業の有名な経営者が絶好調な業績にもかかわらずお家騒動の主役になることはあまりないのですが、目を凝らしてみると、セブン&アイHDにはお家騒動が起こる会社にありがちな要因がいくつかあることに気づきます。
まず、お家騒動が起こるパターンの一つは、突出したトップの存在です。鈴木会長は、カリスマという言葉がぴったりするほど権力と威厳と実績を持った経営者です。何度かお目にかかったことがありますが、話していても負けず嫌いがすぐにわかるほど激しいところがありました。また、細かいことまで自分で掌握しないとおさまらない気性ともお見受けしました。
真偽は分かりませんが、そのワンマンぶりと次男の取締役への抜擢などの成り行きから「次男を後継者に考えている」といううわさが出るのも、もっともだと思います。ただ、鈴木会長は創業者でもオーナーでもありません。創業者でオーナーである伊藤名誉会長が1992年の商法違反事件で退いたあとを受けたサラリーマン経営者です。「中興の祖」ではありますが、世襲のうわさが出れば、伊藤名誉会長らが反発する気持ちもわかります。
社内で「独裁的権力者」となったトップのやりすぎに反発してのお家騒動は、過去に有名なケースがいくつかあります。1997年、全日空は、若手の支持の厚かった普勝清治社長が後継人事を巡って「天皇」と言われた若狭得次名誉会長と対立、社内が紛糾しました。結局、2人とも退任することで事態が収拾されました。さらに昔の1987年には、関西電力の取締役会で、芦原義重名誉会長の解任が決まりました。芦原名誉会長は関西経済連合会会長も務めた大実力者でしたが、社長たちの突然の反旗で引導を渡されたのです。この取締役会があったのが2月26日でしたので、「関電の2.26事件」と言われました。1982年には、三越で突然の社長解任劇がありました。三越の専制君主といわれて権力をほしいままにしていた岡田茂社長の解任動議が通ったのです。岡田社長がその取締役会で言った「なぜだ」は、流行語になりました。
鈴木会長の世襲問題は、別のお家騒動パターンも連想させます。一族経営の後継者問題によるお家騒動です。昨年話題になった大塚家具の父娘の後継者争いはその典型です。ロッテは、兄弟が後継者を争っていて、今も完全決着とはなっていません。パナソニック(旧松下電器)の場合は、一族内の争いではなく、一族の後継者候補とサラリーマンたちとの争いでした。2000年、創業者の松下幸之助氏の孫である松下正幸氏を経営者に就けようとする松下家の人々に対し、「そんな時代ではない」とサラリーマン経営者たちが反発、結局サラリーマンたちが勝ちました。
もうひとつ、セブン&アイには大株主に外資系投資ファンド「サード・ポイント」が入っていることも影響しています。サード・ポイントは「物言う株主」として知られ、セブン&アイに対しても、「鈴木会長が世襲の道筋を開こうとしている」とする書簡を突き付けていました。こうした外資系の大株主は、外の目を入れる上で有効な面がありますが、紛糾の種をまく面もあります。西武鉄道は、外資系ファンド「サーべラス」の投資を受け入れ、サーべラスが大株主になりました。すると、サーべラスは不採算路線の廃止やプロ野球・埼玉西武ライオンズの売却を提案、地域住民との共存共栄を考える経営者側と対立しました。結局、昨年、サーべラスが西武鉄道株を売ることで騒動は収束しましたが、日本的経営に外資が入ってきたときの難しさが分かります。
お家騒動の可能性が比較的高い会社を、私なりにもう一度整理しておきます。まず、高齢の絶対的権力者がいる会社です。権力者の力が弱ったり、健康問題が出てきたりすると、何かあってもおかしくありません。電機業界のA社、自動車業界のB社、マスコミ業界のC社やD社などがすぐに頭に浮かびます。
次に、一族経営の会社です。後継者への委譲の際に、紛糾する可能性があります。特に2代目、3代目となると、だんだんカリスマ性は薄らいできますので、初代のようにはいかなくなります。2代目以降に代替わりしていて、会社にかかわっている兄弟がたくさんいるような場合、紛糾の可能性は高くなると思います。
三つ目は、物言う株主がいる会社です。物言う株主の多くは、株式価値を高めたうえで売って差益を得ようとしていますので、長期的な視点で経営する経営者とは考え方が違ってきます。その考え方の違いから、紛糾の可能性が高くなるわけです。
お家騒動が「100%よくないこと」とは言えません。会社がおかしな方向に行こうとしているのを正す場合もあります。いったんは混乱しても、結局はよかったというケースもあります。ただ、トップがどんな人か、同族経営がどうかといったことは、会社のあり方や社風にも影響します。企業選びの際に知っておくべき大事な要素の一つです。
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