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政府が「日本学術会議」の新会員候補6人を任命しなかった問題が大きな騒ぎになっています。学者らからは「学問の自由」への侵害との批判が相次ぎ、野党からは手続きについて「違法」との指摘も出ています。政府はこれを否定していますが、6人を除外した具体的な理由を一切明らかにしていません。いったい何が起きているのか、そもそも日本学術会議って何なのか、なぜ「学問の自由」が侵されるのか、問題の本質はどこにあるのか。いちからやさしく解説します。(編集長・木之本敬介)
(写真は、日本学術会議の新会長はノーベル賞受賞者の梶田隆章氏=2020年10月3日、東京都港区)
(写真は、日本学術会議の新会長はノーベル賞受賞者の梶田隆章氏=2020年10月3日、東京都港区)
ことの経緯は
日本学術会議の会員は、定数210人の半数が3年に1度、10月に交代します。「学術会議の推薦に基づいて首相が任命する」決まりです。ところが、今年は学術会議が105人を推薦したのに、首相が任命した名簿には99人しか掲載されていませんでした。「任命拒否」は過去に例がありません。学術会議は、除外理由の説明と6人の任命を求めましたが、政府は応じていません。国会での質問にも「個別の人事のことは差し控える」と「人事の秘密」を理由にゼロ回答を続けています。当の菅義偉首相も、「前例を踏襲してよいのか」「総合的、俯瞰(ふかん)的」に判断したと述べるだけで、具体的な理由は語っていません。今回除外された6人は安倍政権時代に、政権が推し進めた安全保障関連法や特定秘密保護法、「共謀罪」などに批判的な立場をとっていました。野党などは、こうした姿勢が任命除外の背景にあると指摘していますが、菅首相は「まったく関係ない」と否定しています。
新たな事実
政府は当初、6人を拒否したのは任命権者である首相自身の判断だと説明してきましたが、最近になって首相は学術会議から提出された推薦者名簿を「見ていない」と話しました。目にしたのは任命した99人のリストだけだというのです。野党や専門家から違法ではとの声が上がっていますが、政府は「推薦リストに基づいて任命を行っている」として違法性を否定しています。政府は1983年、「学術会議から推薦された者は拒否しない」と国会で答弁しています。会員人事に政府が介入すれば会議の独立性・自主性が危うくなり、ひいては学問の自由が脅かされかねないために決められたやり方です。今回これに反するのは明らかですが、「解釈変更ではない」とも言い続けています。最近の報道では、菅義偉首相は複数の任命除外者が出るとの報告を杉田和博官房副長官から事前に受けていたことが明らかになりました。政府関係者によると、官僚トップの杉田副長官が「任命できない候補者がいる」との趣旨を事前に首相に説明。首相はこれに理解を示し、推薦者から6人を除外した99人分の任命を決裁したというのです。ただ、政府側は首相がいつ、どのような理由で除外を判断したかの説明を避け続けています。野党は杉田副長官を国会に呼ぶよう求めていますが、自民党は消極的です。
学術会議って?
そもそも日本学術会議とは、どんな組織なのでしょうか。理系から文系まで全分野の科学者を代表する機関として、戦後まもない1949年に発足しました。いわゆる文系、人文科学や社会科学の研究者もここでは「科学者」と呼びます。会議法はその使命を「科学が文化国家の基礎であるという確信に立って、わが国の平和的復興、人類社会の福祉に貢献すること」と宣言。科学が戦争に協力した反省から、首相が所管し、経費は国費負担としつつも、政府から独立して職務を行う「特別の機関」となりました。当初は国内のほぼすべての研究者による選挙で選ばれ「学者の国会」とも呼ばれましたが、その後、今の「推薦―任命」方式に変わりました。会員計210人の任期は6年で、3年ごとに半数が入れ替わります。約87万人いる国内の学者の中から、わずか210人の学術会議会員に選ばれるのは「研究者の頂点として名誉」ともいわれます。会員は非常勤の特別職の国家公務員で、定まった給料はありませんが、旅費や手当が支給されます。その役割は、科学政策に対する提言や国内外の科学者の連係、世論の啓発などで、国の大型プロジェクトのもとになる「マスタープラン」を策定し、地球温暖化や生殖医療といった課題での提言や声明を発表する一方、広く社会に向けた発信もしています。今年だけでも教育のデジタル化や移植・再生医療、プラごみ対策など83の提言や報告をまとめて公表しています。事務局職員の人件費など運営経費を除く年間5億円の予算は、こうした見解をまとめる会議に出席する際の日当や国内外の旅費などに使われています。ただ、政府の方針に反対することも多いためか、近年、政府はテーマごとにつくる審議会に諮問するようになり、学術会議の存在感は薄くなっていました。任命拒否問題を機に、そのあり方も議論になっています。
(写真は、日本学術会議の総会=2020年10月1日、東京都港区)
「学問の自由」と忖度
今回の任命拒否が「学問の自由」を侵害すると批判されるのはなぜでしょうか。憲法23条は「学問の自由は、これを保障する」と定めています。戦前の反省に立って、政治が学問に介入したり、干渉したりすることを防ぐためです。政府は、学術会議の会員になれなくても自由に研究はできるのだから、学問の自由とは関係ないと主張しています。しかし、今回の件が具体的な除外の理由があいまいなまま押し通されたら、何が起きるでしょう。政府の意に沿わない研究をしたり、方針に反する意見を言ったりすると、学術会議メンバーにはなれないかもしれません。となると、安倍政権の時代に官僚の間で広まった「忖度(そんたく)」が、自由闊達(かったつ)が信条であるはずの学者の世界にも及ぶ可能性があります。学者たちが萎縮して自由な研究や発信ができなくなるおそれが指摘されているのです。名古屋大学の池内了名誉教授は「理由を政府が明かさないのは、大変巧妙なやり方」と話しています。あいまいなままにしておくことで、「胸に手を当て考えてみなさい。理由は、ちまたで言われているとおり」という暗黙のメッセージを送っているのだといいます。戦前の暗い時代を思わせるような怖いことが起きているのかもしれません。みなさんも、自分ごととしてこの問題を考え、これからの国会論戦にも注目してください。
(写真は、日本学術会議の新会員任命除外問題に抗議して首相官邸前でデモを行う人たち=2020年10月3日、東京都千代田区)
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