コロナ禍で打撃を受けた百貨店業界に明るさが見えてきました。国内客が戻ってきたところに、訪日外国人客(インバウンド)の受け入れが始まり、インバウンド需要でコロナ禍前のにぎわいが戻るのではという期待が高まっています。百貨店業界は、バブル期末の1991年をピークに長く売上高や店舗数が減る傾向が続いていましたが、2010年代にはインバウンド需要によって下げ止まる傾向を見せていました。しかし、コロナ禍で各社は一気に赤字に転落し、懸命に販売方法の改革や不採算店舗の整理に取り組みました。コロナ禍により結果的に各社の経営体質が強化されたとも言えます。そこにインバウンドが戻ってくると、業界は一息つける可能性が高くなります。ただ、インバウンド頼みだけでは長期的なジリ貧傾向は変えられそうにありません。インターネット注文への対応や付加価値を生む店舗づくりなどにこれまで以上に力を入れ、新しい小売り業態をつくる努力が必要になっています。
(写真は、伊勢丹新宿本店=東京都新宿区)
全国で73社、大手は5社
百貨店の業界団体である日本百貨店協会によると、協会の会員は全国で73社176店舗あります。そのうち大手といわれるのは、5社です。百貨店としての売り上げの多い順に並べると、
①三越伊勢丹ホールディングス(本社・東京)
②高島屋(本社・大阪)
③エイチ・ツー・オーリテイリング(阪急阪神百貨店、本社・大阪)
④ J.フロントリテイリング(大丸松坂屋、本社・東京)
⑤セブン&アイホールディングス(そごう西武、本社・東京)
となります。
セブン&アイホールディングスの売上高はこの中で断然大きいのですが、コンビニエンスストアのセブン・イレブンやスーパーマーケットのイトーヨーカドーを含んでいるためで、そごう西武だけでは小さくなります。また、セブン&アイはそごう西武を売却することにしていて、売却先を入札によって決めようとしている段階です。
(写真は、高島屋大阪店=大阪市中央区)
リベンジ消費が出ている
日本の百貨店の売上高は、ピークの1991年には9兆7000億円ありました。それが徐々に減っていき、2012年には6兆1000億円になりました。業態別の売上高では、スーパーに1970年代前半に抜かれ、コンビニには2008年に抜かれました。訪日外国人客が増え始めた2013年からは売上高の下がり方が小さくなり、2019年には5兆8000億円と微減で踏みとどまっていました。ところが、コロナ禍に見舞われた2020年には4兆2000億円と一気に減り、2021年には少し増えたものの4兆4000億円にとどまりました。それが、ここにきて百貨店の売り上げはかなりの勢いで増えているのです。日本百貨店協会によると、2022年4月の売上高は前年同月に比べて19%増となっており、5月はもっと増えているようです。コロナ禍が落ち着いてきたことによるリベンジ消費が出ているものとみられます。
中国人の訪日は来年以降か
加えて、6月10日から訪日外国人観光客の受け入れが始まったため、インバウンドによる売り上げ増も期待できます。ただ、業界ではすぐに爆発的に売り上げが伸びるとはみていません。百貨店の免税品売り上げの主力である中国人観光客の訪日はまだ期待できないからです。中国はゼロコロナ政策を維持していて、海外旅行が自由にできるようになるのは少し先と考えられます。エイチ・ツー・オーリテイリングの荒木直也社長は「中国からのインバウンドの戻りは来年以降になるのではないか」とみています。つまり、中国以外からの訪日客が来年にかけて緩やかに回復し、来年以降は中国からの訪日客が戻るという2段階で進むという見方です。ただ、今の円安状況が変わらなければ、中国人の訪日が始まるとコロナ禍前よりさらに多い売り上げが期待できます。
インバウンド再開については、こちらを読んでみてください。
●「インバウンド」再開 旅行・小売り…5兆円産業復活に期待【時事まとめ】
(写真は、阪急百貨店うめだ本店=大阪市北区)
専門店に貸す不動産事業
百貨店の売り上げが長く落ち続けた原因として挙げられるのは、何でも自前で取りそろえて売るという業態が時代に合わなくなってきたことです。たとえば衣料品です。かつてはいいものは百貨店で買うという消費行動があり、中でも女性向け衣料品は百貨店の主力商品でした。しかし、1991年には3兆9000億円あった衣料品の売り上げが2020年には1兆1000億円まで落ち込みました。この間、消費者は欲しいデザインや価格が手ごろな商品を売っている専門店に流れたのです。こうしたことから百貨店は何でもある「百貨」からの脱皮を進め、専門店に販売スペースを貸す方向に進んでいます。それが行きついた先が、百貨店が所有する全館テナントのショッピングセンターで、これはもはや不動産事業と言えます。不動産事業は黒字を続けており、今や不動産事業が百貨店の経営を支えている状況です。
(写真は、Jフロントの複合商業施設「GINZA SIX」=東京都中央区)
「商品を売らない売り場」も
ネット販売にも力を入れています。2022年のお中元商戦が始まっていますが、ネット通販向け商品を拡充する動きが広がっています。百貨店内の会場では買えないネット通販限定商品を取りそろえたり、住所を知らなくてもSNSを通じてギフトを贈ることができるサービスを始めたり、あの手この手でネット販売を増やそうとしています。また、「商品を売らない売り場」も増えています。店頭に品物はあるが在庫は置かず、ネットで買ってもらうというやり方です。リアルとデジタルを融合させた販売方法で、百貨店にあまり行かない若い世代を取り込むのが狙いです。
(写真は、西武池袋本店=東京都豊島区)
商品にどれだけ付加価値をつけられるか
長く縮小が続いているとはいえ、百貨店業界は伝統のある業界で、一等地に高級感あふれる店舗を持ち、ブランド力もまだ残っています。三越伊勢丹や高島屋は、東南アジアや中国に出店している国際企業でもあります。展覧会などの文化事業にも古くから力を入れています。こうした有形無形の資産を生かして、商品を売るだけではなくそれに付加価値をどれだけつけられるかの勝負です。いいアイデアと実行力があれば復活の余地はあるはずで、業界ではそうした課題に全力で取り組みたいという人が求められています。
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