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2022年06月03日

人気の損保業界を知ろう 自動運転、温暖化、戦争…安定より変革【業界研究ニュース】

銀行・証券・保険

自動運転時代に向けて変革進める損害保険業界

 損害保険業界は比較的安定していて好待遇とされているため、以前から就職人気の高い業界です。社会人として生活するようになると自動車保険火災保険などで接点が生まれると思いますが、日常的にお金を出し入れする銀行や販売スタッフとのやり取りの多い生命保険に比べると、一般的にはなじみの薄い業界と言えます。しかし、事故や災害といったリスクに備えることはいつの時代にも必要で、保険料収入が急に増減することはあまりなく、業績はおおむね安定した業界です。ただ、そんな業界でも、社会の変化に伴い、商品内容の変革は求められます。今は、稼ぎ頭の自動車保険が変革を求められています。自動車はエネルギー源が「ガソリンから電気へ」、運転が「人から自動へ」と向かっています。特に自動運転になると、保険への影響は大きくなります。事故は減ることが予想され、保険料体系を新しくする必要が出てきます。また、事故の責任は、運転者でなく自動車メーカーなどのシステム開発側が負うようになることも考えられます。そうなると、保険に入るのは運転者ではなく企業になります。さらに、クルマにサイバー攻撃を仕掛けられるリスクも考えなければならず、自動車用サイバー保険という新しい分野を開発しないといけなくなります。こうした「自動車新時代」に対応した損害保険商品が目前の課題になっているのです。このほかにも気候変動や戦争などのリスクへの対応も問われる時代になっています。安定を求めて損保業界を志望している人は、少し考えを改めたほうがいいかもしれません。

(写真は、損害保険ジャパンの「自動運転システム提供者専用保険」を採用した自動運転車。ヤマハ発動機などが開発し、工場敷地内の搬送などに使われる=損保ジャパン提供)

東京海上、MS&AD、SONPOHDが3大グループ

 日本で活動している損害保険会社は54社あります。うち21社は外資系です。業界団体としては日本損害保険協会があり、この協会には外資系などを除く主だった国内勢29社が加盟しています。業界は2000年代にグループ化が進みました。グループとして大きいのは、東京海上日動火災日新火災海上などを傘下に持つ東京海上ホールディングス(HD)、三井住友海上火災あいおいニッセイ同和などを傘下に持つ/MS&ADインシュアランスグループHD損害保険ジャパンなどを傘下に持つ SOMPOHDの3グループです。この3グループはいずれも2022年3月期決算は増収増益で、売上高にあたる正味収入保険料純利益はいずれも過去最高でした。自然災害による保険金支払いが減ったことやコロナ禍によるイベント中止が減ったことなどが寄与しました。3グループを比較すると、東京海上HDが正味収入保険料と純利益のいずれでももっとも大きく、MS&ADインシュアランスHD、SOMPOHDの順に続いています。

(写真は、東京海上日動火災保険本店=東京都千代田区)

代理店が減り、ショップとネットが増える

 損保業界はかつて、代理店を通じて保険を販売するのが一般的でした。しかし、21世紀に入って業界の再編が進み、代理店の整理、統合も進みました。このため、21世紀当初は約34万店あった代理店が、今では約16万店に減っています。代わって台頭してきた販売方法が、保険ショップとインターネットです。保険ショップは、特定の損保会社の代理店ではなく、いろいろな保険商品を比較しながら買うことのできる店です。インターネットでの販売は通販型といわれ、新興の会社や外資系の会社が力を入れています。

ドラレコのデータで新サービス

 損保会社の正味収入保険料で最も大きいのは自動車保険の分野です。自賠責保険を含めると、ほとんどの会社が5割を超えています。ただ、長い目で見れば、人口減少などにより国内の自動車保有台数は減少が見込まれています。三菱総合研究所の試算では2020年に6211万台あった保有台数が2050年には5553万台に減るとしています。そのうえ、自動運転が実現すると、保険は質的にも変化を迫られることになります。当面、損保各社が力を入れているのは、ドライブレコーダー(ドラレコ)のデータを使った新しいサービスです。ドラレコから得られる走行データから安全運転かどうかを点数化し、得点に応じて割引するサービスは各社に広がっています。また、三井住友海上火災保険はドラレコの映像データによって自治体の道路点検を支援するサービスを始めています。データは、ドラレコを貸し出す特約付きの自動車保険に加入する地元の物流業者などから集め、道路のくぼみや亀裂を検知すると、地図上に記録し映像を保存します。自治体の職員がそれをもとに修繕工事をします。東京海上日動はドラレコに録画された事故映像から人工知能(AI)を使って事故の責任割合を自動判定する機能を導入しています。トヨタ自動車と損保4社は、トヨタのコネクテッドカー(つながるクルマ)用の保険サービスを始めています。事故時に走行経路、ブレーキ、ハンドル操作といったデータがトヨタのデータセンターを通じて保険会社に提供されます。それによって示談交渉がスムーズに進むようになるそうです。

(写真は、損害保険ジャパンのドライブレコーダー=同社提供)

気候変動や戦争に敏感に反応

 自動車保険に次ぐ分野は火災保険です。火災保険は、最近の自然災害の増加に伴い、赤字が続いています。このため、損保大手は、2022年10月から住宅向けの火災保険料を全国平均で11~13%上げる方針を固めています。値上げは2019年以降3回目です。台風や豪雨などの自然災害の増加の背景には地球温暖化があると言われていて、気候変動問題への対応も各社の課題になっています。損保会社は自社でも温室効果ガスを減らす取り組みに力を入れていて、たとえば三井住友海上火災は、すべての自社ビルに太陽光パネルをつけること、テナントとして入居する際には再生可能エネルギーによる電気を使うビルを優先すること、社有車はすべて電気自動車かハイブリッド車にすること、などを明らかにしています。また、ロシアによるウクライナ侵攻では、黒海アゾフ海での船舶の運航の危険性が増したことから、関係する船の海上保険の保険料が上がっています。気候変動や戦争というのは大きなリスクですので、業界としては敏感に反応せざるを得ないところです。

(写真は、三井住友海上火災保険の道路点検サービス。ドライブレコーダーが捉えた道路の損傷をパソコンなどでチェックできる=同社提供)

ニーズ高まる「サイバー保険」

 社会の動きに伴ってさまざまな新商品を出すのも、損保業界の特徴です。コロナ禍でよく売れたのは、新型コロナウイルスに感染すると保険金がもらえる「コロナ保険」です。ただ、2022年に入って新型コロナに感染する人が損保会社の予想以上に増えて赤字となったため、保険料の値上げや販売停止に踏み切るところが増えました。「自転車保険」への加入者も最近増えています。コロナ禍で通勤などに自転車を使う人が増え、自転車による事故が増えています。しかも、中には1億円を超えるような高額賠償もあり、自転車事故リスクへの理解が広がっているとみられています。「サイバー保険」も増えています。近年、サイバー攻撃を受けて個人情報が流出したという事例が増え、4月からは流出事故を起こした会社には報告義務が生じるようになりました。サイバー保険は、サイバー犯罪を受けた企業に対し、自社や取引先への損害、被害範囲の調査費、システム復旧費などを補償するものです。この保険へのニーズはこれからますます高まるとみられています。

(写真は、東京海上日動が提供する企業のサイバー被害のリスクを可視化するサービスの画面=同社提供)

先を読む目、柔軟な思考、計算力

 損害保険の考え方は、人間が共同生活を始めたころからあったとされます。つまり、災害などの予期しない出来事で被った損害を集団のみんなで埋め合わせるという考え方です。それが本格的な保険の形になるのは、中世のヨーロッパです。船で積み荷を運ぶ際に、失敗したら金融業者が積み荷の代金を払い、成功したら金融業者に手数料を払うという仕組みができました。それが損害保険の原型で、この仕組みが船の世界だけでなく陸上でも広がり、火災や盗難、企業経営などにも応用されました。日本でも明治になると損保会社が生まれ、発展を始めます。こうみてくると、損保業界はとても歴史のある業界だといえます。船から始まり、火災などに広がり、今は自動車が一大分野になっています。新しい技術の登場により、新しいリスクが生まれます。どんな時代になっても、新しい商品分野は必ず出てきます。時代の先を読む目や、変化に対応できる柔軟な思考、データに基づいてきちんと計算できる力などがあれば、業界で役立つ人材になると思います。

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