業界研究ニュース 略歴

2023年06月02日

「ガス業界」の未来は、脱炭素と新規事業がカギを握る【業界研究ニュース】

エネルギー

 ガス業界は、どちらかというと地味と思われがちな業界です。同じエネルギーを扱う電力業界ほどはニュースになりません。ただ、ガスは言うまでもなく、わたしたちの暮らしになくてはならないもの。業界の動向を押さえておくといいでしょう。

最近は電力同様、料金やサービス内容によって利用者が自由にガス会社を選べる「自由化」が進みました。2017年には都市ガスの小売り全面自由化が始まり、2022年には都市ガス大手3社のガス管事業が別会社に分離されました。今は自由化が完成した状態で、業界の垣根がとれて競争が激しくなっています。それに伴い、ガス会社側も電力業界に攻め込んだり、情報通信(IT)事業や不動産事業などに力を入れたりして、事業の多角化を推し進めています。一方で二酸化炭素(CO2)を多く排出する業界であるため、その排出削減が大きな課題になっています。今、業界を挙げて取り組んでいるのが、合成メタン「e-メタン」の生産です。まだコストが高く、本格的な実用化には時間がかかりそうですが、排出削減の切り札として力が入っています。
(写真・液化天然ガス(LNG)を積んだ運搬船。LNGの高騰は電気・都市ガス料金の上昇につながっている=2021年3月)

管の都市ガスとトラックのLPガス

 ガス業界には、都市ガス業界とLPガスプロパンガス)業界の二つがあります。都市ガスは各家庭などにガス管でガスを送る形態です。原料の大半は海外から輸入される液化天然ガス(LNG)で、主成分はメタンガスです。その名の通り、人口が密集している都市部で供給されます。LPガスは液化石油ガス(LPG)のことで、多くは海外で生産されたものを輸入しています。この液化ガスを容器に充填し、それをトラックで各家庭などに届ける形をとっています。主成分はプロパンガスとブタンガスで、家庭用はプロパンが多く含まれているので一般的にプロパンガスと呼ばれています。人口が密集していない地方ではガス管が敷設されていないため、LPガスが使われています。
(写真・地方での普及率が高いLPガス)

東京ガスと大阪ガスは大企業

 都市ガス会社の業界団体である日本ガス協会には、200事業者(2022年9月現在)が加盟しています。大手と呼ばれるのはこのうち4社で、東京ガス大阪ガス東邦ガス西部ガスです。東邦ガスは愛知県、岐阜県、三重県にかけての都市部を、西部ガスは福岡県の福岡市や北九州市などをエリアとしています。東京ガスは売上高が3兆円を、大阪ガスは2兆円を超える大企業。東邦ガスは売上高7000億円を、西部ガスは2600億円を超えています(売上高の数字はいずれも2023年3月期)。このほか、関東をエリアとする日本瓦斯、静岡県をエリアとする静岡ガス、北海道をエリアとする北海道ガスなども売上高1000億円を超える大きな会社です。一方、LPガスの会社は全国で1万5000社以上あります。都市ガスに比べると小規模な会社が地域ごとに存在している格好です。

東京ガスと東邦ガスは過去最高の売上高

 大手ガス会社の業績は比較的好調です。2023年3月期決算では、東京ガスは売上高、純利益とも過去最高を更新しました。東邦ガスは売上高が過去最高で、純利益は過去2番目の高水準でした。大阪ガスは減益となりましたが、これはアメリカのLNG基地が火災にあい、1000億円を超える損失が発生するという特殊要因があったためです。業績が好調だった理由は、原料のLNGが値上がりし、販売単価が上がったためです。ただ、LNGの値段はその後下がっていて、東京ガスや東邦ガスは、今期は減益になるとみています。
(写真・都市ガス工場にあるLNGのタンク(奥)と、工業用水を流すパイプ=2022年6月2日、愛知県知多市の東邦ガス知多緑浜工場)

電力とガスがシェアを奪い合う

 業界の課題はいくつかあります。ひとつは自由化による競争激化です。ガス業界は同じく自由化した電力業界に攻め込んでいますが、電力会社などのエネルギー関連会社もガス業界に攻め込んできています。攻めながら守りもしないといけません。今のところ、電力市場ではガス会社を含む新電力のシェアが18.7%(2022年12月現在)になっています。最近は新電力のシェアが落ちる傾向にあり、新電力の淘汰が進んでいると見られています。一方、ガス市場では新規参入の会社が19.9%(2022年12月現在)まで増えています。電力市場もガス市場も2割弱が新勢力となっており電力業界とガス業界が互いに同じくらいシェアを奪い合っている状況がうかがえます。
(写真・北海道石狩市にある石狩LNG基地=2022年7月25日、朝日新聞社ヘリから)

水素と二酸化炭素でつくるe-メタン

 もうひとつが、脱炭素への取り組みです。地球温暖化対策のため、政府は2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする目標を掲げています。ガスは燃えればCO2を出すため、ガス会社は大きな変革を迫られています。そこで今、業界が取り組んでいるのが合成メタンである「e-メタン」の生産です。これは水素と二酸化炭素を合成してつくるもので、燃えて二酸化炭素を出しても、同じ量の二酸化炭素を取り込んで燃料を作れば、実質排出ゼロということになります。問題は、水素のコストです。水素は水を再生可能エネルギーで作った電気で分解して作るのですが、その水素のコストが高く、e-メタンのコストはLNGの数倍になります。ただ、技術開発によりコストを下げることは可能と考えられており、東京ガスなどはその研究開発に大きな投資を予定しています。
(写真・e-メタン(合成メタン)の実証施設。右にあるのが原料となる水素のタンク=2022年6月24日、横浜市鶴見区)

社名からガスの文字がなくなる日も

 新規事業も課題です。本業のガス事業の競争が激しくなれば、新しい事業にうって出ることが必要になってきます。西部ガスは2021年4月に西部ガスホールディングスをつくり、持ち株会社体制に移行しました。ガス事業は持ち株会社の傘下の一事業という位置づけになり、情報通信事業、ドローン活用事業、不動産事業などに力を入れる考えを明らかにしています。東京ガスは東京ガスリブソリューションズという新規事業のための会社をつくり、すでにそこから太陽光エネルギーサービス事業や暮らし総合サービス事業などを立ち上げています。また、洋上風力発電事業にも参加しています。ガス会社の社名から、ガスという文字がなくなる日が来るかもしれません。
(写真・千葉県の京葉ガスでは、グループ会社が運営する「道の駅しょうなん」でピーナツ専門店を出した=2022年2月7日、千葉県柏市)

自由競争だが公益事業でもある

 都市ガス事業は、小売りの自由化やガス管の別会社化により、自由競争にさらされる業界になりました。また、脱炭素のための大きな投資が必要な業界にもなっています。ただ、人々の暮らしを維持するためになくてはならない事業であることに変わりはありません。社会のインフラであるので公益事業と呼ばれ、政府が関与する余地が残っています。たとえば今は政府が補助金を出してガス料金を下げています。自由競争に立ち向かいながら、公益事業であることも忘れてはいけないという立ち位置の業界であることも知っておきましょう。

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