携帯電話業界に参入した楽天モバイルが苦戦しています。2023年2月14日に発表した楽天グループの2022年12月期決算は、純損益が3728億円と4年連続の赤字となり、過去最大の赤字幅となりました。足を引っ張ったのがモバイル事業で、モバイル事業の営業赤字は4928億円にも上っています。自前の回線を持つための基地局整備の負担が重いためです。ただ、今のままでは基地局が整備されても、NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの先行大手3社に通話品質で後れをとります。つながりやすい携帯電話用の周波数帯「プラチナバンド」が、後発の楽天にはまだ割り当てられていないためです。総務省の有識者会議で楽天にもプラチナバンドを割り当てる方法について議論が進んでいますが、楽天が使えるようになるにはまだ時間がかかりそうです。楽天は「日本の携帯電話料金が高いのは大手3社の寡占状態にあるためだ」という声を背景に2020年に参入したのですが、大手3社の壁の厚さを思い知らされていることと思います。楽天の三木谷浩史会長兼社長は「今年が勝負の年だ」として、思い切ったコスト削減策や販売対策をとる方針を示しています。勝負がどちらに転ぶかは、日本の携帯電話業界や利用者に大きな影響を与えるとみられています。
(写真・楽天市場の出店者らを前にモバイル事業について講演する楽天グループの三木谷浩史会長兼社長=2023年1月26日)
自前の回線を持っているかどうか
携帯電話業界には、自前の回線を持っている大手会社(MNO=Mobile Network Operator)と自前の回線を持っていない格安スマホ・SIM会社(MVNO=Mobile Virtual Network Operator)の2種類あります。大手は「キャリア」ともよばれ、「docomo」ブランドのNTTドコモ、「au」ブランドのKDDI、「ソフトバンク」ブランドのソフトバンクグループ、「楽天モバイル」ブランドの楽天グループの4社があります。ソフトバンクグループは2006年に携帯電話会社ボーダフォンを買収して参入しました。楽天グループはもともと格安スマホの楽天モバイルを持っていましたが、2020年に自前で基地局を持とうとして大手市場に参入しました。
(グラフは2022年3月末時点のシェア)
格安スマホにも大手系と非大手系
格安スマホ・SIM業者はたくさんあります。ただ、格安スマホとされている「UQモバイル」はauの回線を、「ワイモバイル」はソフトバンクの回線を自社回線として使っているので本当の格安スマホではなく、大手の「サブブランド」といわれます。また、菅義偉前首相の意向でおこなわれた料金引き下げに伴って生まれたオンライン販売の新ブランド、「ahamo」「povo」「LINEMO」なども大手のサブブランドです。大手系以外の格安スマホ・SIMの中で比較的大きなものとしてはイオングループの「イオンモバイル」、電気通信事業をするインターネットイニシアティブ(IIJ)の「IIJmio」、ビックカメラグループの「BIC SIM」、関西電力系の「mineo」、NTT系の「OCNモバイルONE」、ソニーグループの「NUROモバイル」などがあります。
スマホの保有割合は74.3%
総務省の調べによると、2021年8月末時点でスマホの個人の保有割合は74.3%で、年々伸びています。ただ、小学生以下や高齢者など保有割合が低い層を除くと、ほぼ国民にいきわたってきた数字と考えられます。市場が飽和に近づいていることに加え、2021年に政府に押される形で大手が「格安プラン」を導入したこともあり、業界の競争は一段と激しくなっています。2022年3月期には、大手3社はいずれも売上高や営業利益を落としました。基地局建設などの負担が大きい楽天はさらに苦しく、今が我慢のしどころとなっています。
プラチナバンドを楽天に
こうした状況で今、議論になっているのが楽天へのプラチナバンドの割り当てです。プラチナバンドは建物の中でもつながりやすい700~900メガヘルツの周波数帯で、今はNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクが独占しています。楽天は基地局の建設を進め、人口カバー率が98%まで進んでいますが、プラチナバンドを割り当てられていないため建物内でつながりにくい場合があります。これが契約者数の増加の障害となっていて、楽天はなんとしてもプラチナバンドを手に入れたいと思っています。2022年10月に改正された電波法で、希望する事業者があれば割り当て済みの周波数を再割り当てする仕組みができました。2023年からの利用を求める楽天に対し、大手3社は10年程度の時間が必要だと主張。総務省の有識者会議はその間を取る形で、移行期間を「5年間が標準」とする報告書をまとめました。
通信障害で出てきた「ローミング」
2022年には、通信障害が大きな問題になりました。最も大きい通信障害は7月にKDDIが起こしたものです。約61時間にわたって音声通話やデータ通信が利用しづらくなったほか、影響は物流や銀行のATMなど幅広いサービスに及びました。KDDIは補償として、利用者に一律200円を返金することにしました。この事故をきっかけに出てきたのが「ローミング」です。ローミングは、利用者が契約先とは別の会社の通信網を使って通話などができる仕組みです。総務省はこの仕組みを早く導入する方針で、大手4社も賛同しています。KDDIとソフトバンクは通信障害や災害に備え、1台のスマホで両社の回線を使うことができる新たなサービスを今年3月下旬に始めます。これはローミングの準備段階のサービスになります。
ドコモは「ウェブ3.0」に6000億円投資
スマホを販売して通信料でもうけるというビジネスモデルだけに頼らない方向を打ち出すところもあります。2022年11月、NTTドコモは「ウェブ3.0」と呼ばれる次世代のインターネット関連事業に今後5~6年間で最大6000億円を投資すると発表しました。ウェブ3.0は次世代のネットを表す概念で、ブロックチェーン(分散型台帳)技術をもとに、特定の管理者を介さずに信頼性のある取引ができる仕組みです。「スマホを売る会社」から、「新世代のネット企業」に向かおうとする動きと受け止められています。
「スマホの次」を考える時期か
スマホがこの世に登場してまだ十数年ですが、わたしたちの生活は大きく変わり、携帯電話業界は成長を続けてきました。スマホはこれからも進化し、暮らしにさらに不可欠なものになる一方、販売市場の伸びは鈍化していくでしょう。大手4社はスマホの販売についてはショップを縮小してオンライン化を進めています。また、楽天グループが楽天経済圏の入り口として楽天モバイルを位置づけるように、スマホ以外の部門との相乗効果をあげることにも力を入れています。ただ、考えておかなければならないのは、スマホは永遠なのか、ということです。今のところ、スマホに代わる通信機器はまだ見えていませんが、科学や社会の進歩を考えると、いずれまったく新しい通信手段が登場する可能性はあります。業界もそろそろ「スマホの次」を考える時期に来ているのかもしれません。志望する人には、先を読む力が求められます。
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