鉄道業界は新型コロナ禍で大きな打撃を受けました。それでも国内で感染者が確認されてから3年、社会はコロナ禍前の活動を取り戻しつつあり、鉄道の利用も回復に向かっています。海外からの訪日客も増えており、2022年12月には137万人となり2年10か月ぶりに100万人を超えました。中国からの訪日観光客の本格的な回復は春以降とみられ、それにつれて鉄道の遠距離利用客はさらに増えるものとみられます。ただ、コロナ禍で広がったリモートワークが定着し、通勤客が完全に戻ることはなさそうです。こうしたことから、鉄道会社は体質強化を目指さざるを得なくなっています。特に赤字ローカル線を抱えるJR各社はバスへの転換など路線のあり方を見直したい意向を持ち、国土交通省は協議を始めることにしています。春以降に運賃の値上げを予定している会社も多く、コロナ禍が鉄道業界を変えようとしています。
(写真・3年ぶりに行動制限のない年末の帰省ラッシュがピークを迎え、混雑する新幹線ホーム=2022年12月29日、JR東京駅)
JR7社と私鉄16社が大手
日本は鉄道の発達した国です。線路の総延長は約2万7000㎞あり、地球の3分の2周にもあたる線路が日本列島に張り巡らされています。国土交通省によると、鉄道会社(モノレール、LRT=次世代型路面電車=など含む)は全国に217社あります。このうち、大手と呼ばれるのは、旧国鉄の分割民営化によってできた JR東日本、 JR西日本、JR東海、JR九州、JR北海道、JR四国、JR貨物のJR7社と東武鉄道、西武鉄道、京成電鉄、京王電鉄、小田急電鉄、東急電鉄、京浜急行電鉄、東京地下鉄、相模鉄道、名古屋鉄道、近畿日本鉄道、南海電気鉄道、京阪電気鉄道、阪急電鉄、阪神電気鉄道、西日本鉄道の私鉄16社です。
JRの上場4社は9月中間で3年ぶり黒字
JR7社のうちJR東日本、JR西日本、JR東海、JR九州の4社は上場企業です。JR北海道、JR四国、JR貨物の3社は JRTT鉄道・運輸機構という独立行政法人が全株式をもっている非上場企業で、国の支援を受けながら経営しています。上場の4社はコロナ禍で赤字に落ち込みましたが、2022年9月中間期決算では乗客数の回復などにより3年ぶりに黒字に転換しました。2023年3月期決算でも黒字を見込んでいます。
不動産など鉄道以外の事業の伸び見込む
大手私鉄も一時の赤字を脱し、2022年9月中間決算では16社すべてが黒字に転換しました。利用者が戻ってきつつあることを反映したものですが、西武鉄道の持ち株会社である西武ホールディングスがホテルやゴルフ場を投資会社に売却して利益を出すなど、一時的な利益や不動産事業などの本業以外の利益が寄与したところも少なくありません。各社は2023年3月期でも黒字決算を見込んでいます。鉄道会社は古くから沿線の不動産開発やホテル、レジャー施設、百貨店など鉄道事業以外の事業を抱え、鉄道事業と相乗効果を出してきました。今後もこうした鉄道事業以外の事業を伸ばそうとしています。
(写真・東急などが本拠地の渋谷で開発する複合施設の外観イメージ=Image by Proloog/Copyright:Snøhetta)
対策は運賃値上げや柔軟化
鉄道業界はコロナ禍からの回復途上にありますが、完全に元通りになると見る人は多くありません。コロナ禍で進んだリモートワークやオンラインでのビジネスがある程度定着するとの見方が有力です。もともと人口減少で人の移動が少なくなる流れがあったところにこうした動きが追い打ちをかけることになり、業界は今後に危機感を持っています。その対策として、運賃の値上げを申請するところが増えています。すでに、東急、近鉄、阪急、阪神、京阪、小田急、西武、JR四国などが今春から初乗りで10~20円の値上げを国土交通省に申請しており、南海や京急は今秋から初乗りで10~20円の値上げを申請しています。京急は初乗りを値上げする一方、三浦半島の活性化などを目指して長距離運賃は値下げします。また、国土交通省は鉄道会社が運賃や料金を変えやすくなるよう規制を緩和することにしています。混雑する時間帯に料金を上げ、それ以外の時間帯の料金を下げるなど、柔軟な運賃にすることができるようになります。
赤字ローカル線が重荷に
JR各社にとっては、赤字ローカル線問題も重要なテーマになっています。全国に路線を張り巡らしていた国鉄を引き継いだため、各社は客数が少なく大きな赤字を出す路線を抱えています。これまでJR東日本やJR西日本は大都市圏であげた利益で赤字の穴埋めをしていましたが、大都市圏の利益が細る中、ローカル線の赤字が重荷になってきました。ただ、ローカル線は地域の足として公共的な役割が大きく、経営の都合で一方的にバス路線に転換したり廃止したりすることはできません。このため、国土交通省が乗り出し、対策を検討する協議会を作ることになっています。
(写真・高知県の四万十川を渡るJR予土線のトロッコ列車。100円を稼ぐのに1401円がかかる赤字路線だが、通学の足として貴重な交通手段になっている=2022年8月19日、高知県四万十町)
環境にやさしい交通機関
鉄道には追い風もあります。環境に比較的やさしい交通機関であるということです。鉄道は飛行機や自動車より運ぶ人数あたりの二酸化炭素(CO₂)排出量が少ない点が注目されています。特に環境問題に敏感なヨーロッパでは、飛行機利用から鉄道利用に切り替える人が増えていると言われます。日本ではまだ目立った動きは出ていませんが、鉄道会社は省エネルギー車両の導入を進めるなど環境対策に力を入れはじめています。
「公共性の高い仕事」への意識
鉄道は、多くの人々の生活に欠かせないインフラです。鉄道会社にとって利益は大事ですが、人々の移動を支える社会的な使命を担っている業界です。志望する人は、そうした公共性の高い事業に携わる意識を持つ必要があります。また、鉄道はファンの多い交通機関でもあります。志望者に鉄道好きが多いのは間違いありませんが、仕事にするとなると、鉄道好きでなければならないということはありません。好きかどうかより、どうすればもっと人々の生活の役に立つかを考えられる人が求められると思います。
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