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2025年06月05日

好調が続く海運業界、しかしトランプ関税で変調のおそれも【業界研究ニュース】

運輸

 ここ数年、海運業界の好調が続いています。一時は構造不況業種と言われましたが、リストラで利益が出る体質に変わったうえ、コロナ禍や戦乱によって海上輸送の運賃が上昇し、増収増益が続いています。2025年3月期の決算では、大手3社といわれる日本郵船商船三井川崎汽船がいずれも大幅な増収増益でした。一方、2026年3月期は3社とも減収減益を予想しています。アメリカのトランプ大統領が関税を大幅に上げようとしているため、世界の荷動きが減るとみているためです。ただ、トランプ関税がいつまでも続くとは考えにくく、今の混乱は一時的な変調と考えるのが自然です。大手海運会社は好調な業績を背景に優秀な人材を確保しようと、大幅なベースアップや初任給の引き上げなどの待遇改善を進めており、注目される就職先になりつつあります。
(写真・横浜市の大黒ふ頭に並べられた輸出用の自動車と自動車運搬船=2025年4月8日/写真、図版はすべて朝日新聞社)

外航海運と内航海運

 海運業界は、おもに外国との間で物資や人を輸送する外航海運と国内の港を結んで物資や人を輸送する内航海運に大別されます。外航海運は大企業が多く、大手3社のほか、 NSユナイテッド海運飯野海運などが分類されます。大手3社の2025年3月期決算は、日本郵船が売上高2兆5887億円(8.4%増)で純利益4777億円(109.0%増)、商船三井が売上高1兆7754億円(9.1%増)で純利益4254億円(62.6%増)、川崎汽船が売上高1兆479億円(9.4%増)で純利益3053億円(199.4%増)でした。一方、内航海運は実事業者数が2695社(2024年3月末現在、日本内航海運組合総連合会調べ)とたくさんあり、ほとんどが中小企業です。「一杯船主」といわれる一隻の船で営業している船主も多く、外航海運とは仕事の内容や役割に大きな違いがあります。
(写真・日本郵船など多くの企業がブースを出展した洋上風力発電の総合イベント「グローバル・オフショア・ウィンド・サミット」=2024年9月3日、札幌市)

大手は100年を超す歴史ある企業

 日本は島国なので、海運は古くから発達していました。鎖国政策をとっていた江戸時代が終わり、外国との貿易が盛んになった明治時代には多くの海運会社が設立されました。日本郵船の設立は1885(明治18)年で、前身は三菱の創業者である岩崎弥太郎が1870(明治3)年につくった海上輸送をする九十九(つくも)商会です。こうした歴史から、日本郵船は三菱グループの源流企業とされています。商船三井は1878(明治11)年に石炭を中国・上海に運んだのを始まりとし、1884(明治17)年に前身の大阪商船が設立されました。川崎汽船は1919(大正8)年に造船業から派生して設立されています。3社とも設立から100年を超える歴史のある企業であることが特徴です。この間、たくさんあった外航海運会社は合併や統合を繰り返し、今では大手とされるのは3社に絞られました。
(写真・神戸商船三井ビル=2022年)

高関税のほか新たな入港料の影響も

 トランプ関税は海運業界にとって痛手になりそうです。アメリカが課す関税が上がることで、世界の荷動きが減少することが予想されるためです。中でも世界最大規模のアメリカ・中国間の荷動きが停滞する影響は大きくなることが見込まれ、海運運賃を引き下げる方向に働きます。日本の大手3社は2017年にコンテナ船事業を統合して「ONEジャパン」という会社を設立しました。その後、コンテナ船の運賃上昇が続いたことでONEジャパンは好調となり、3社の好業績の一因になっています。しかし世界の荷動きが減ると、コンテナ船の需給がゆるみ、運賃の下落が予想されます。また、日本の最大の輸出品である自動車にかかる関税が上がることも日本の外航海運にとっては打撃になるでしょう。さらに、アメリカは国外で建造された自動車運搬船に10月から入港料を課す方針を示しています。この影響も小さくありません。

バイオディーゼルや水素も課題

 地球環境問題解決のための「脱炭素」も、海運業界の課題です。国連の国際海事機関(IMO)は温室効果ガスの排出の多い船舶に負担金を課す一方、負担金でつくった基金から排出の少ない船に報奨金を払う新たな機制を設け、早ければ2027年に発効する見通しです。今の船のほとんどは重油を燃料にして動いていますが、植物由来で脱炭素につながるバイオディーゼルや二酸化炭素を出さないアンモニアなどへの転換を進めようとしているのです。さらにその先に期待されているのが、水素を燃料にした船です。大阪・関西万博では、会場と大阪市内を結ぶ水素燃料電池船「まほろば」が運航しています。水素と大気中の酸素を反応させてつくる電気で動き、理論的には二酸化炭素の排出がゼロになる可能性がある船で、いま実用化に向けての研究開発が進んでいます。

外航海運は国際性のある人材が向く

 業績の好調が続く外航海運業界は社員の待遇改善に力を入れています。2025年の春闘では、日本郵船が4月から基本給を平均で約13%引き上げるベースアップ(ベア)を実施することにしました。2年連続の二けたのベアです。商船三井のベアは平均8%で、住宅手当を月1~3万円から月4~6万円に引き上げます。また、初任給を2万2千円増の33万7千円にします。海運不況だった2010年代に社員の待遇改善や十分な新卒採用ができなかったため、ここにきて待遇改善や新卒採用に力を入れているのです。外航海運会社では海外駐在も多く、船には外国人の船員が多いため、陸上勤務でも洋上勤務でも英語がある程度できることが必要になります。世界情勢が仕事に密接に関係するため、世界情勢への関心も必要です。そうした国際性のある人材が向いている業界なのです。
(写真・大阪市内と大阪・関西万博の会場を結ぶ水素燃料電池船「まほろば」=2025年1月29日)

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