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2021年08月27日

V字回復の鉄鋼業界 課題は「環境対応」と「海外進出」【業界研究ニュース】

素材

 鉄鋼業界の業績がV字回復しています。2019年度には最大手の日本製鉄(にっぽんせいてつ)が4315億円という過去最大の赤字を計上し、2020年には広島県の呉製鉄所の閉鎖や和歌山製鉄所の高炉1基を廃止するなどの大リストラを決めましたが、2021年度は3700億円という過去最高の黒字となる見通しを発表しました。新型コロナにより世界経済は一時的に落ち込んだものの、今年になって急回復しています。特に自動車や電気製品などの製造業が好調で、その材料として必要な鉄鋼の需要が盛り上がっています。日本製鉄は原料である鉄鉱石の値上がりを理由にトヨタ自動車鋼材の値上げ交渉をし、値上げを勝ち取りました。鉄鋼メーカーが強気になっている姿が表れています。鉄鋼業界は中国に押されたり、人口減で内需が期待しにくかったりするため、斜陽産業のイメージがありますが、景気が良くなれば大きな利益を出す業界でもあります。温室効果ガスの排出削減など、景気の波以外にも課題が待ち受けていますが、鉄はわたしたちの暮らしになくてはならないものですから、鉄鋼生産が日本から消えることはないと思います。

(写真は、日本製鉄の東日本製鉄所鹿島地区=2021年3月、茨城県鹿嶋市、朝日新聞社ヘリから)

高炉メーカーと電炉メーカー

 鉄鋼メーカーには「高炉メーカー」と「電炉メーカー」の二つがあります。高炉メーカーは高炉という大きな炉を使って鉄鉱石から鉄をつくる会社で、電炉メーカーは電気炉という小型の炉を使って鉄くずを溶かして鉄を作る会社です。日本には高炉メーカーとして日本製鉄、JFEホールディングス神戸製鋼所の3社があります。いずれも兆の単位の売り上げのある大企業です。電炉メーカーは高炉メーカーよりずっと規模が小さくなります。日本鉄鋼連盟に加盟しているメーカーは51社ありますが、多くは電炉メーカーです。代表的な電炉メーカーとしては東京製鉄があります。

(写真は、東京製鉄田原工場の電炉=愛知県田原市、同社提供)

鉄鋼の伸びがとびぬけて大きい

 鉄鋼業界の業績の好調ぶりは、SMBC日興証券による東証1部上場企業の2021年4~6月期決算集計に表れています。純損益を新型コロナ禍前の2019年と比べると、製造業全体では62.7%増えていますが、鉄鋼業は226.7%増ととびぬけて大きくなっています。2020年度の国内の粗鋼生産量は前年度より16%少ない8279万トンと半世紀ぶりの低水準でしたが、2021年度は9000万~9500万トンほどが見込まれています。自動車や家電といった製造業向けの需要が世界的に急増しているためです。また、リストラの効果で固定費の削減が進んでいることも業績を上向かせています。

世界の生産量の56%が中国

 世界鉄鋼協会がまとめた2020年の粗鋼生産量をみると、日本は中国、インドに次ぎ、世界3位です。ロシアが4位、アメリカが5位と続きます。ただ、中国の生産量が世界の56%を占めてダントツで、日本の13倍近くにのぼっています。メーカーとしては、中国の宝武鋼鉄集団がトップになり、長くトップだったアルセロール・ミタル(ルクセンブルク)が2位に落ちました。日本製鉄は5位、JFEは14位です。このほか韓国のポスコが6位に入っていますが、トップ10のうち7社を中国企業が占めています。

水素を使えば二酸化炭素ゼロに

 鉄鋼業界の最大の課題は二酸化炭素(CO₂)など温室効果ガスの削減です。政府は「2050年に温室効果ガスの排出実質ゼロ」を目指しており、途中経過の2030年に46%削減を打ち出しました。鉄鋼業界は日本全体の二酸化炭素排出量の13%を占めており、抜本的な削減策が求められています。鉄鋼の製造工程で多くの二酸化炭素が出るのは、高炉で鉄鉱石から純度の高い鉄を取り出すための還元反応にコークス(石炭)を大量に使うためです。コークスの代わりに天然ガスを使えば二酸化炭素は減り、水素を使えば二酸化炭素をゼロにすることができます。ただ、業界では「研究は1970年代からやっているが経済性のあるものはできていない」と言っていて、見通しは立っていません。

(写真は、日本製鉄の千葉県君津市の製鉄所にある、水素を使い鉄をつくる試験高炉=同社提供)

日鉄は2030年に大型電炉導入

 次善の策として高炉メーカーがやろうとしているのが、高炉による生産を減らし、電炉で作るというものです。電炉は電気によって鉄くずを溶かし、鉄鋼として再生させる製鉄法です。コークスを使わないため、二酸化炭素を大幅に削減できます。日本製鉄は2030年に大型電炉の実用化を目指すと発表しました。ただ、電炉には鉄くずが必要で、すべてを電炉に置き換えると、鉄くず不足になって鉄鋼業が成り立たなくなります。高炉で新しい鉄を作り続けることは必要で、電炉シフトは抜本的な解決にはなりません。

(写真は、日本製鉄とアルセロール・ミッタルの合弁会社の事務所。2020年12月、米国に電炉を新設することを発表した=米アラバマ州、日本製鉄提供)

海外進出も大きな課題

 海外進出も鉄鋼業界の課題です。国内の鉄鋼需要はこれから増えるとは考えにくく、生産量を伸ばすには伸びる海外の需要を取り込むしかありません。日本から輸出される鉄鋼は、2020年度でみると国内生産量の37%にのぼっています。日本の高品質の鉄鋼は海外で需要があります。東南アジアや中国、アメリカなどに投資して、現地で生産する方向性を強めています。電気代の安い海外で電炉生産を進めようという計画もあります。環境対応と海外進出という二つの課題をうまくこなすことができれば、業界の成長はまだ期待できると思われます。

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