「デジタル敗北」
「DX」って最近よく聞きますよね。「デジタルトランスフォーメーション」の略で「デジタル化による変革」を意味します。5月にはデジタル改革関連法が成立し、「デジタル庁」が9月に発足するほか、行政のデジタル化を進めることになりました。コロナ禍で感染症の拡大を許したり、給付金の支給が滞ったりした元凶として、日本のデジタル化の遅れが指摘され「デジタル敗北」とまでいわれたことがきっかけです。危機感を抱いた菅義偉首相が「世界最先端のデジタル化社会をめざす」と旗を振った肝いりの政策です。行政のデジタル化が中心ですが、DXを実際に担う主役は企業であり、私たちのこれからの暮らしを大きく左右します。「DX」や「デジタル」は、みなさんの就活に大いに関わるキーワード。新卒採用でも「DX人材」の獲得競争が始まっています。「基本のき」をやさしく解説します。(編集長・木之本敬介)
(写真は、DXを得意とする学生を集めた三井物産のインターンシップ。目に留まった学生は選考試験の一部を免除する=2021年3月、東京・大手町の同社)
DXとは
デジタルトランスフォーメーションのつづりは、Digital Transformation。「超えていく」を意味するtransを英語圏では「X」と略すことが多いため「DX」と呼ぶようになりました。
経済産業省の資料によると、DXの定義は「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」。産業界ではこの1~2年で、DXに取り組まない企業は生き残れないといわれるほど重視されるようになりました。企業だけではありません。IT(情報技術)が社会のあらゆる領域に浸透することを目指す変革なので、ビジネス分野だけでなく、広く産業構造や社会基盤、私たちの生活のあり方が根本的に変わるとまでいわれています。
デジタル競争力ランク下げる
日本のデジタル化の遅れは新型コロナウイルスへの対応で広く知れ渡りましたが、実はそれ以前から指摘されていました。スイスのビジネススクール国際経営開発研究所(IMD)が毎年発表している「世界デジタル競争力ランキング」の2018年版では63カ国・地域中、日本は22位でしたが、翌2019年版で23位、2020年版では27位と順位を落としました。調査は政府や企業のデジタル技術の活用力を示したもので、①知識 ②技術 ③将来への準備――の3項目で評価されます。日本はモバイルブロードバンド利用者数は1位でしたが、ビッグデータの活用や企業の迅速な対応などが最下位でした。アジアではシンガポールが2位と抜きんでており、香港、韓国、台湾が続きます。日本は2019年版で中国に抜かれ、2020年版では差が広がりました。
●デジタル競争力ランキング2020年版(IMD調べ、カッコは前年順位)
1(1)米国
2(2)シンガポール
3(4)デンマーク
4(3)スウェーデン
5(8)香港
6(5)スイス
7(6)オランダ
8(10)韓国
9(9)ノルウェー
10(7)フィンランド
11(13)台湾
16(22)中国
27(23)日本
(写真は、新型コロナウイルスとの接触を知らせるスマホ用アプリ「COCOA(ココア)」の画面。不具合が4か月も放置されていたことがわかり問題になった)
デジタル改革法のメリットと課題
デジタル化の遅れを取り戻そうとつくられたのがデジタル改革関連法です。菅首相は今年4月の世界経済フォーラムが開いたオンライン会合のメッセージでこう訴えました。
「新型コロナウイルスとの戦いは、行政サービスや民間におけるデジタル化の遅れなど様々な課題を浮き彫りにした。改革を一気に加速し、誰もがデジタル化の恩恵を最大限に受けることができる世界最先端のデジタル社会を目指す」
きっかけは、コロナ禍で1人一律10万円を配る特別定額給付金や助成金などの手続きが滞ったことです。感染者の情報をファクスでやり取りして役所間の情報共有が遅れたり、ハンコを必要とするさまざまな行政手続きがテレワーク推進の妨げになったり、時代遅れのアナログ対応がコロナ禍を助長しました。そこで改革法では、首相をトップとするデジタル庁のもとで、省庁や各自治体でばらばらだった個人情報保護のルールやシステムを共通化させます。マイナンバーに預貯金口座をひもづけ、公的な給付金の受け取りをスムーズにし、災害や相続時の口座照会ができるようにします。マイナンバーカードの機能をスマホに搭載できるようにもなり、平井卓也デジタル改革担当相は将来的に「すべての行政手続きをスマートフォン一つで60秒以内に可能にする」と強調しています。政府が目指すのは、官民が持つ様々なデータを集約し流通しやすくして国民や民間企業の利便性を向上させ、新しいサービスや商品開発にいかす社会です。
ただ、64本もの新法や改正案を、政権発足からわずか5カ月で閣議決定し、国会審議では法案の要綱などに多くのミスが見つかりました。ただ、大量の個人情報の利活用を進めるため、個人情報が悪用される恐れは拭えず、漏洩(ろうえい)したときの影響は計り知れません。個人情報がきちんと守られるのか、監視社会にならないのかといった懸念も指摘されています。
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「DX人材」求める企業
「DX人材」の採用はこれまで中途採用が中心でしたが、新卒でもDXに詳しい学生の獲得に乗り出す企業が増えています。三井物産は2022年卒採用で、DXに強い学生を対象に別枠を設けました。3月には、「DXで気候変動問題を解決せよ」「自動運転トラックを使った新しいビジネスモデルをつくれ」といったテーマを議論し、DXを用いた新事業案を発表するインターンシップを開きました。三井物産デジタル総合戦略部の林郁夫部長補佐は「DXの能力を持った人材は商社に少なかったが、これからはDXが分かっていないと仕事をつくれない。DX人材の獲得競争は同業他社やコンサル企業の間で激しくなっている」と語っています。ほかにも、パナソニック、NTT西日本、ダイキン工業、塩野義製薬などが2022年卒採用でDX人材の採用枠を設けたと報じられました。
みなさんの中で、DXやデジタル分野を専門的に学んできた人はそう多くはないと思います。しかし、あらゆる企業がDXに取り組む時代。「DXって何ですか?」では通用しません。文系理系を問わずDXに関心を持ち、志望する会社がどんな取り組みをしているのか、調べて見ましょう。
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