米国に並ぼうとする中国に危機感
米国とソ連がにらみ合った「冷戦」が終わって30年。今度は米国と中国の対立がエスカレートし「新冷戦」の時代に突入したといわれています。米国のトランプ大統領は中国を目の敵にして徹底的に批判しています。自らの大統領選挙を有利に戦うための戦略でもありますが、民主党のバイデン氏が大統領になっても米国の対中強硬姿勢は変わらず、対立は収まらないとの見方が強まっています。なぜなら、急速に力をつけた中国が習近平(シー・チン・ピン、しゅうきんぺい)国家主席のもと、民主主義、自由、人権といった欧米や日本がもっとも大切にしている理念を踏みにじったまま、米国に並び立つ「2大国」として存在感を高めているからです。一方で、中国経済に依存している国は多く、中国抜きに世界の経済成長は立ち行かないほど影響力が大きくなっています。米中対立は、若者を中心に世界で大人気の中国製アプリTikTok(ティックトック)をめぐる争いにも発展するなど、私たちの日常にも影響します。日本企業は中国との取引が多く、中国に進出している企業もたくさんあります。みなさんの就活をも左右する「新冷戦」の基本を押さえます。(編集長・木之本敬介)
(写真は、トランプ大統領〈右=2020年1月28日〉と習近平主席〈2019年6月27日〉)
中国への「関与政策」に決別宣言
トランプ大統領は8月25日、共和党全国大会での演説で「新型コロナウイルスが中国から入ってくるまでは、経済はかつてないほどうまくいっていた」と語り、新型コロナを拡大させた中国の責任を追及すると強調しました。大統領選に向けた2期目の公約には「中国への依存を終わらせる」という項目を設け、「中国から100万人の製造業の雇用を取り戻す」「中国に外部委託している企業と連邦政府は取引しない」などと盛り込みました。トランプ氏の中国攻撃には、コロナ対策に失敗して世界最多の感染者を出している失政から国民の目を中国に向ける計算もあります。ただ、米国の対中政策が歴史的な転換点にあるのも事実です。
米中対立は貿易では2年前に始まりました。中国が著作権の侵害や不公正な貿易をしているとして、「アメリカファースト(米国第一)」を掲げるトランプ政権が批判。制裁合戦を繰り広げる「米中貿易戦争」が世界経済の停滞を招いてきました。
●「米中貿易戦争」で景気悪化…みんなの就活を直撃するかも!?【2019年5月19日イチ押しニュース】参照
しかし、今回「新冷戦」と呼ばれる対立は次元が違うようです。米国の中国敵視がはっきりしたのが7月のポンペオ国務長官の「(歴代の)政策当局者は、中国が繁栄すれば自由で友好的な国になると予測したが、関与は変化をもたらさなかった」とした演説です。米国は、ニクソン大統領が1972年に電撃的に訪中して以降、半世紀近くにわたり、中国と一定の関係を保ちながら民主的な変化を促す「関与政策」をとってきました。中国が経済的に成長すれば政治の自由化が進むという期待と、国際社会の一員として責任ある行動を促す狙いがあったのですが、ポンペオ長官は「失敗に終わった」として決別を宣言したのです。「民主主義国家と全体主義の中国は相いれない」というメッセージです。トランプ氏は「バイデン氏が当選したら、中国に乗っ取られてしまう」と演説しましたが、バイデン氏も対中批判を強めており、当選しても「関与政策」には戻らないとみられています。
消えた民主化の期待
中国は、共産党による一党独裁体制の国です。民主化の動きは、1989年の天安門事件で軍によって弾圧されて以降ほぼストップ。とくに習近平主席になってからは、人権派弁護士の一斉拘束、西部の新疆ウイグル自治区での人権弾圧など、民主化運動の押さえ込みを強めてきました。最近では、南シナ海の領有権拡大の動き、国際約束である香港の「一国二制度」をなし崩しにする国家安全法制の施行と民主派の逮捕など、強健的な姿勢をさらに強めています。
かつての米ソ冷戦は、1990年前後に東欧諸国やソ連国内で起きた民主化運動で内部から崩壊し、ソ連陣営だった多くの国で民主化が進みました。これを見ていた中国は同じテツを踏まないよう、世界一の14億の人口を武器に市場開放を進めて経済発展で国を豊かにする一方、情報を徹底的に統制して自由を与えないことで国民を抑え込んできました。今や米国に次ぐ世界2位の経済大国となり、2030年には米国を抜くのではないかとみられています。軍事大国化も進めています。「経済成長にともなって政治体制の民主化も進むだろう」との期待は消えました。
●独裁下で発展する「中国モデル」って?「隣の大国」を知ろう【2019年10月4日のイチ押しニュース】
●香港の自由がなくなる? 今さら聞けない「一国二制度」とは【時事まとめ】
も読んでみてください。
TikTokでも対立
短時間の動画を投稿する人気アプリTikTokをめぐる対立も激しくなっています。TikTokは世界でのダウンロードが20億超に上り、米国内の利用者も1億人に達しています。日本でも人気ですから使っている人がいると思います。ことの発端はトランプ大統領が8月6日、TikTokから米国民の情報が中国政府に流出しているおそれがあるとして、45日間の猶予後にアプリの使用を禁じる大統領令を出したことです。米国での事業を米企業に売却するよう求め、米マイクロソフトなどが買収交渉を進めています。これに対し、TikTokの米国法人と親会社の中国企業バイトダンスは8月24日、米国憲法違反だとして無効にするよう求める訴えを米連邦地裁に起こしました。
TikTok側は「中国政府に利用者のデータを提供したことはない。データを求めてきたこともない。(求められても)そのような要請は拒否する」としていますが、中国には企業にスパイ活動への協力を義務づける「国家情報法」があり、流出の可能性が絶対ないとは言い切れません。日本でも自民党内で情報流出の危険性について議論されていて、大阪府や神奈川県などPRにTikTokを使っていた自治体が利用をやめました。
IT企業をめぐる米中対立はこれが初めてではありません。米国は2019年、大きな世界シェアを持つ中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の製品を、機密情報を抜き取られる可能性など安全保障上の懸念があるとして排除しました。ITは米中の覇権争いの舞台になっているのです。ほかにも、軍事、宇宙開発、食糧など、あらゆる分野で対立が深まっています。
歴史の転換点
中国は、世界一の人口を抱える大消費地であり、「世界の工場」とも呼ばれる大生産地でもあります。2008年のリーマン・ショック後の世界不況後、世界経済を引っ張ったのは中国でした。コロナショックを経て中国依存のリスクを減らそうと生産拠点を他国に移す動きもありますが、中国抜きの世界経済はあり得ません。一方で、コロナによる影響を抑え込んだ中国は、コロナ対策で他国支援に乗り出すなど、これを機に世界での影響力を強めようと動き出しています。日本は米国の同盟国であり民主主義の価値観も共有していますが、中国は隣の大国ですから米国とは違う難しい立ち位置にあります。
米中関係については、かつて専門家の間で四つのシナリオが語られていました。
①気候変動や感染症などの課題で米中が連携し世界を導く「G2」体制 ②衰退する米国を中国がしのぐ ③中国経済が失速し米国優位が続く ④リーダーなき「Gゼロ」時代の本格化――。
①のG2体制になる可能性は低くなりましたが、先行きはまだ見えません。いまは世界の歴史の転換点です。日々のニュースをしっかりチェックしてください。
◆人気企業に勤める女性社員のインタビューなど、「なりたい自分」になるための情報満載。私らしさを探す就活サイト「Will活」はこちらから。
※「就活割」で朝日新聞デジタルの会員になれば、すべての記事を読むことができ、過去1年分の記事の検索もできます。大学、短大、専門学校など就職を控えた学生限定の特別コースで、卒業まで月額2000円です(通常月額3800円)。お申し込みはこちらから。