中国が香港に国家安全法制
香港の「自由」が重大な岐路に立たされています。英国から中国に返還されてからも「一国二制度」のもと一定の言論の自由が認められてきましたが、中国政府は28日、香港での反体制的な言動を取り締まる「国家安全法制」の導入を決定しました。新型コロナウイルス対策で集会が制限される中、みなさんと同世代の若者数千人がデモに参加しています。施行されれば、こうしたデモもできなくなるかもしれません。中国が、香港だけでなく台湾にも適用しようとしている「一国二制度」ってそもそも何でしょう? 今さら聞けない香港問題をやさしく解説します。(編集長・木之本敬介)
(写真は、国家安全法制への抗議デモの警備にあたる警察の機動隊=2020年5月24日、香港)
完全な民主主義はなくても自由だった香港
香港の歴史を復習します。1842年、中国の清朝がアヘン戦争に負け、香港は英国の植民地になりました。以来、香港では行政のトップを選挙で選ぶことはできませんでしたが、人々は英国流の資本主義経済や言論の自由がある社会で暮らしてきました。1997年に英国から社会主義国・中国に返還された際には、50年間は外交と国防を除き政治や経済の仕組みを維持する「高度な自治」を中国政府から保障されたのです。企業や市民が逃げ出すのを避けるためだったといわれます。「特別行政区」として資本主義、独自の通貨、司法の独立、言論の自由などが認められています。一つの国に異なる制度が併存するため「一国二制度」と呼ばれます。香港トップの行政長官選挙は親中国派が多数を占める選挙委員の推薦が必要で誰でも立候補できるわけではなく、完全な民主主義はありません。中国が返還時に約束した普通選挙も実現していません。それでも、一国二制度のおかげで香港はアジアの国際金融センター、世界有数の国際貿易港として、また国際的な観光地として繁栄を謳歌(おうか)してきました。
香港の頭越しに
一方で中国政府は、香港を完全な統治下に置こうとする動きを徐々に強めてきました。国家安全法制は、香港での反中国政府の活動を抑え込むのが狙いで、中国政府直轄の治安機関を香港に設置して抗議デモなどを監視・摘発するようになる可能性があります。香港の憲法にあたる香港基本法は、国家の分裂や政権転覆の動きを禁じる法律を「香港政府が自ら制定しなければならない」と定めていますが、市民の反発が強く実現していません。そこで今回は、香港の議会を通さずに中国の国会にあたる全国人民代表大会(全人代)で香港の頭越しに直接制定する手法をとりました。香港市民には阻止する手立てがないのです。
(写真は、昨年の全人代=2019年3月5日、中国・北京の人民大会堂)
空前のデモが引き金に
直接のきっかけは、2019年に香港で続いたデモが200万人という空前の規模に膨らむなど、反中の機運が一気に高まったことです。デモの原因となった逃亡犯条例改正案は結局撤回されましたが、さらなる民主化を求めるデモは収まらず、危機感を抱いた中国政府がついに強行策に出たわけです。中国が世界に約束した50年はまだ半分も過ぎていませんが、「一国二制度」は最大の危機を迎えました。
香港では2019年の地方選挙・区議選で民主派が大勝しました。2020年9月に予定される立法会(議会)選挙でも民主派が議席を伸ばすと予想されています。しかし、8月に法案が施行されると民主派の立候補資格が取り消され出馬できなくなるのでは、との指摘もあります。
(写真は、香港政府に抗議する元日恒例のデモ行進。主催者発表で103万人超が参加し、元日のデモとしては中国返還後、最大規模となった=2020年1月1日、香港・銅鑼湾)
米中非難合戦
国家安全法制は国際問題にも発展しています。日本政府は「深い憂慮」を表明するなど世界が懸念していますが、とくに強く批判しているのが米国です。米政府は、一国二制度を前提に香港に与えてきた貿易やビザ発給に関する優遇措置見直しなどの制裁措置を示唆しています。トランプ大統領は「実際にそうしたことが起きれば、強く対処するだろう」と述べています。これに対し、中国は「香港の国家安全に関する立法は中国の内政問題」として猛反発しています。香港での大規模デモの背後には米国がいるとみており、国家安全法制も「外国勢力による関与を防ぐための措置」としています。
米国では2019年11月、一国二制度の検証を国務省に求める「香港人権・民主主義法」が成立し、国をあげて香港のデモや民主派を支援する立場を明確に示しました。トランプ氏にとって対中強硬姿勢は今年11月の大統領選に向けたアピール材料との計算もあり、お互いに譲る様子はありません。
次は台湾?
香港の行方を注視しているのが台湾です。台湾統一は中国建国以来の共産党政権の悲願。習近平(シーチンピン=シュウキンペイ)主席は2019年1月、台湾にも一国二制度を適用する考えを表明しました。実は、一国二制度はもともと台湾を対象に中国が考えた仕組みです。しかし、香港の現状を見た台湾の人々は、今年初めの総統選挙で、「一国二制度ノー」を明確に打ち出した蔡英文(ツァイインウェン=サイエイブン)総統を圧勝で再選させました。中台の溝もますます深まっています。香港では、そんな台湾への移住を検討する人が急増しているそうです。
中台関係については次回、一から解説します。
●台湾がWHOに参加できぬ事情 お隣のこともっと知ろう【時事まとめ】
(写真は、台湾総統選挙で圧勝した蔡英文総統〈左から2人目〉=2020年1月11日、台北市)
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