SDGsに貢献する仕事

王子ホールディングス株式会社

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王子ホールディングス〈前編〉木を資源にする「バイオものづくり」に取り組む【SDGsに貢献する仕事】

2025年10月08日

 SDGs(持続可能な開発目標)関連の業務に携わっている若手・中堅社員に直撃インタビューする「SDGsに貢献する仕事」。第27回は製紙業を中核とする王子ホールディングス(HD)が登場します。紙の原料となる木を育て、使い終わった紙を回収して再生する――業態そのものがSDGs、持続可能性というテーマと向き合ってきた王子HD。ペーパーレス時代となり製紙業界が逆風にさらされるなか、注目したのは自社が保有する日本一の森林資源。酵素や微生物などの力で木からプラスチックや燃料をつくる「バイオものづくり」にとりくみ、新たなアプローチで持続可能な社会をつくりだそうとしている研究員にじっくり話を聞きました。(編集長・福井洋平)

【お話をうかがった方のプロフィル】
王子ホールディングス
イノベーション推進本部バイオケミカル研究センター 髙木惇生(たかぎ・あつき)さん
2020年北海道大学大学院農学院修了、同年王子HD入社。戦略企画部インキュベーション推進室にて、酵素糖化・発酵生産の基礎研究に従事。2023年にバイオケミカル研究センターへの組織変更を経て、2025年に大阪大学大学院工学研究科で博士号を取得。現在はポリ乳酸のパイロット設備導入の推進に関わる業務に従事。

木を植え、紙を再生する 事業そのものがSDGs

■王子ホールディングス(HD)のSDGsへの考え方
 ──まず、王子HDのSDGsに対する考え方を教えてください。
 私たちは紙をつくってきた会社で、紙の原料である森林をたくさん保有しています。自分たちで木を植えて、育てて、紙をつくり、さらにそれをリサイクルして紙にするということをやってきました。つまり、事業そのものがSDGs的な発想に立っている、珍しい会社だと思います。

 ──資源が再生可能でなければ、そもそも事業が持続しないということですね。
 そうです。木材は人間が意志を持ってつくれる唯一の資源です。1920年代に王子製紙の社長を務めていた藤原銀次郎が「木を使うものには、木を植える義務がある」と説き、それ以来、私たちは木を植え続けてきました。

 ──時代に先んじてきたのですね。
 王子製紙は152年前に渋沢栄一が提唱し、設立された「抄紙会社」がルーツです。工場が東京都北区王子にあったので、後に「王子製紙」になりました。渋沢はヨーロッパを視察したときに、前日の情報が翌日には新聞で発行される様子を見て、衝撃を受けたそうです。「これでは西洋に追いつけない。日本にも紙と印刷が必要だ」と喝破し、製紙業を立ち上げたといわれています。
(糖液=左とバイオエタノール=右/王子HD提供)
■髙木さんの仕事
 ──髙木さんは何年入社ですか。
 2020年4月の入社で、今は6年目です。ずっとバイオケミカル関連の研究に携わっています。王子HD の所属ですが、つい数週間前まで共同研究先である大阪大学にも派遣されていました。

 ──大阪大学との共同研究は何年ぐらいされていましたか。
 3年半ぐらいです。共同研究と並行して博士課程も履修し、論文は博士論文を入れて4本書き、博士(工学)を取得しました。

 ──バイオケミカル研究センターは、どういう仕事をする部署ですか。
 木材に微生物の力を組み合わせることによる「バイオモノづくり」を推進している研究センターです。
 木材は主にセルロース、ヘミセルロース、リグニンという3成分からなりますが、そのうち最も多いのがセルロースです。木材をパルプ化して、その主成分であるセルロースを「セルラーゼ」という酵素で分解して、糖液をつくります。さらに、この糖液を、微生物をつかって発酵させ、エタノールや乳酸をつくります。これらを起点に、プラスチックや航空燃料など様々な石油化学製品を代替していく取り組みを私たちは推進しています。これまでのように、原料を石油に依存したモノづくりでは、地球温暖化が進み、資源も枯渇してしまいます。その解決策の一つとして、再生可能な木材をベースとしたバイオモノづくりを推進しているのです。

木をセルラーゼで分解して糖にする

■バイオケミカル研究
 ──バイオケミカル研究センターはいつごろスタートしましたか。
 バイオケミカル研究センターができたのは2023年です。バイオケミカル研究センターに組織変更される前の研究テーマの種を育てるインキュベーション推進室に、私は2020年に配属されました。酵素反応を用いた木材の糖化、そこに微生物を入れて有価物を発酵生産するといった研究をしていました。

 ──インキュベーション推進室を立ち上げた経緯は?
 ペーパーレス化が進み、紙の売り上げが落ちていく中、紙に代わる新しい事業を模索し、いろいろな種をまく必要がありました。そのなかにバイオケミカル製品をつくって、さらなる用途展開をしていくというテーマがあり、2023年にバイオケミカル研究センターとして独立したのです。立ち上げ当時の推進室は4~5人で研究していましたが、今はセンターに数十人が所属しています。

 ――髙木さんはなぜ、バイオケミカル研究をやろうと考えたのですか。
 私は大学ではもともと違う分野の研究をしていました。砂糖から新しいオリゴ糖、食べてもすぐに分解されず腸内細菌に供給できる、健康に優しいオリゴ糖をつくる研究です。
 あるとき、科学雑誌『Science』で、温泉の源泉の近くでセルラーゼと呼ばれる酵素が見つかったという論文を読みました。酵素はタンパク質なので、熱をかけると基本的には変成して、活性が失われてしまいます。しかし耐熱性の強い酵素だと、反応温度が高い状態でも、雑菌の繁殖を抑制しながら酵素反応をして、セルロースをうまく分解して、糖をつくることができ、バイオ燃料など幅広い応用展開につながるといった論文です。それがすごく面白いなと心が躍り、研究したいと思いました。王子HDは日本でも最大級の森を持っている、言い換えれば、セルロースをたくさん保有しているので、ここなら面白い研究ができると考えました。

 ──もともと、研究テーマとして酵素を選ばれた理由は何でしたか。
 あらゆる産業に酵素が関わっているので、実用化に近い研究ができるかなと思いました。酵素反応すると、まったく違う物質に変わるんです。そのなかでも、森林、セルロースが糖になるというのはインパクトがあり、わけが分からないぐらい面白いなと思いました。どっぷりはまりましたね。

大量のセルロースを保有していることが強み

■セルラーゼ
 ──セルロースを分解するセルラーゼは、天然にあるものなのですか。
 自然界にあります。植物、土壌、草食動物の消化管、キノコやその近くの土壌にもいます。木を朽ちさせ、分解する役割を果たしています。

 ──シロアリは木を食べますが、シロアリはセルラーゼを持っているのですか。
 そうですね。逆に人間は木を食べてこなかったので、進化の過程でセルラーゼを持たなかったのだと思います。

 ──わりと身近にあるのにもかかわらず、これまでセルラーゼを使った反応が工業化できなかった理由は何ですか。
 木材のセルラーゼは酵素の反応率がすごく低いんです。そのため木を分解するには大量にセルラーゼが必要になるので、コスト的に工業化には向いていませんでした。ただ、我々のバイオケミカル研究センターには「酵素を回収して再利用する」という独自技術がありますので、それをうまく利用していくことで工業化を目指しています。

■バイオプラスチック
 ──髙木さんは、王子HD入社後は具体的にどのような研究をされてきたのですか。
 入社時はとにかく同僚の人数が少なかったので、木材パルプの糖化や、それに微生物を作用させて有機酸をつくったり、生成した糖液が真っ黒なのでそれをきれいにする精製プロセスの研究をしたり、いろいろなことをしていました。今は、微生物発酵してつくった乳酸を化学合成させてつくる「ポリ乳酸」のパイロット設備導入の推進に関わる仕事をしています。
 木材パルプをセルラーゼで反応させると糖液になり、それを乳酸菌で発酵、化学合成させるとポリ乳酸ができ、これがプラスチック樹脂やフィルムになります。ほかにも糖液を酵母で発酵させるとエタノールができます。エタノールは持続可能な航空燃料(SAF)の原料としても注目を集めています。糖液にどんな微生物をつけるかで、できるものが変わるんです。石油ができるまで2億年かかりますが、木は40~60年、早いものだと10年未満で育てることができます。持続可能な資源である木をつかって石油化学製品の代替原料をつくろうとしているわけです。

不純物をのぞいてきれいなペレットつくる

■王子HDの技術力
 ──王子HDのバイオプラスチック技術は、世界的にはどのような位置づけですか。
 バイオマスプラスチックやポリ乳酸は世界的な研究テーマですが、木材から実用化しようという人はなかなかいないです。製紙業界ではバイオものづくりに取り組んでいる会社が多くなってきたのですが、バイオマスプラスチックに関しては弊社がリードしています。ポリ乳酸も十数年前までは化学会社が取り組んでいましたが、量産化ができれば、国産のポリ乳酸メーカーは弊社だけになります。

 ──人数も最初は少ない中、なぜそこまでの技術を獲得することができたのですか。
 会社全体でペーパーレス社会に伴う事業転換に対応しなければいけないという危機感があったことと、バイオマスプラスチックの原料である森林資源を持っていたことだと思います。
 製紙業は装置産業と言われ、巨大な設備が必要で、今からなかなか新規参入はできないんです。森林資源という原料も持っていてパルプ化工程を保有し、大量のセルロースを生み出せる会社は世界的に限られていると思います。それがすごく大きな強みになっていますね。
(ペレット=左とフィルム=右/王子HD提供)
■研究のハードル
 ──糖液からプラスチックなどをつくりだすためには、何が一番のハードルでしたか。
 みんなの中に製造のイメージはありましたが、まずはポリ乳酸のペレットをつくって、「本当につくれますよ」と社内外に見せる必要がありました。最初は真っ黒なペレットなど人に見せられないものができていましたが、ラボやベンチプラントでもきれいなペレットがつくれるようになりました。さらに、滋賀にあるグループの研究所にも手伝ってもらい、きれいなフィルムが2023年ぐらいにつくれるようになりました。

 ──きれいなポリ乳酸のペレットができたのは、何が要因だったのでしょうか。
 パルプを分解するとできる糖は、ブドウ糖と呼ばれるグルコースが主な成分になるんです。分解した液には、他にもキシロースと呼ばれるような不純物が入っていて黒い液体で、そのまま発酵に用いると品質がまったく満たされない、真っ黒なポリマーになってしまいます。ポイントは発酵乳酸の中の不純物を除いてきれいにすることです。なぜ、きれいにできるかは企業秘密です。

 ──研究の過程で、髙木さんが一番大変だったことは何ですか?
 大変とは思わなかったですね、本当に楽しくて、手応えもありまして。コロナ禍のときも特に密でもないので研究室で研究を続けていました。
 ポリ乳酸以外にも、隙間時間で次の研究ネタになるような仕事もさせてもらっていました。糖液はグルコースという最少単位まで分解しますが、分解を途中で止めるとグルコースの手前のオリゴ糖の一種でセロオリゴ糖というものができます。食用用途でつくりたいと思ってこっそりやっていたのですが、いいデータが出たときに当時の上司に相談したら、「もう少しやってみたら?」と言ってもらえました。研究所内にあるこういう空気感が好きですね。

海洋での生分解性を高める研究

■大阪大学での研究
 ──大阪大で共同研究にも取り組まれていましたが 、研究テーマは何でしたか。
 ポリ乳酸はバイオマスプラスチックとして、成形加工がすごくしやすい優秀な素材ですが、海洋や土壌の環境下では分解しづらい素材です。コンポストと呼ばれる堆肥中で生分解性を評価すると、60度近くあり、微生物活性も活発なのできれいに生分解されます。しかし一般的な土壌や海洋に放出されたときには温度や微生物活性が低いので、分解にすごく時間がかかります。その海洋生分解性を向上させるのが研究テーマでした。まだ、実用化には至っていないです。

 ──海でも分解されやすくすることができるんですか?
 ポリ乳酸とより分解しやすい素材を一緒に合成する「共重合」と呼ばれる方法で、海洋生分解性を上げられないか、3年近く研究しています。もともと分解しやすい材料を入れることで、そこを基点にしてポリ乳酸も微生物に食べられやすくなります。

 ──一般的なプラスチックは分解されづらいのですか。
 一般的なプラスチックやポリエチレンは、基本的には微生物が食べてくれません。

 ──共同研究は会社側から提案されたのですか。
 はい。我々のほうから大阪大学に持ちかけてスタートし、宇山浩先生と共同研究を行いました。最初は社命で任期付きの共同研究をスタートさせましたが、1年後に宇山先生から「面白い研究をしているから、博士課程に進んでみないか」と打診され、当時の上司に相談した際に、後押ししてくださり、博士課程にも進学させていただきました。
 最終的に3年半、大学にいることになりました。

 ──論文も書かれて、博士論文も書かれてということですね。
 共同研究を開始した当時は、ポリ乳酸の合成技術を確立できていませんでした。宇山先生がポリマーの専門家なので、その技術を学んできて、王子の江戸川分室のチームに還元するというところと、引き続き、海洋生分解性も改善できないかという2本立てで、新たに共同研究がスタートし、論文も執筆しました。

 ──合成も宇山先生の研究テーマなのですか。
 宇山先生が重合方法をご存知でした。会社に化学合成の専門家がいなかったので、ポリ乳酸の重合度を上げるにはどうすればいいかを学びました。

 ──共同研究の間は、王子HDとはどういう関わり方をしていましたか。
 ベンチプラントで開発したポリ乳酸のシート・フィルム化の業務などと並行しながらですが、共同研究内容については週に1回レポートを出したり、チーフと定期的なミーティングをしたり、センター長や本部長に半年から1年に1回研究成果の報告をしたりしていました。今年7月に王子HDに戻りました。

(10月15日掲載の後編に続く)

(写真・大嶋千尋)

SDGsでメッセージ!

 1920年代に社長を務めていた藤原銀次郎が「木を使うものには木を植える義務がある」と説いており、王子グループにはそのような社風が古くから根付いています。 私もそのような理念や社風に共感し、会社を選びました。学生のみなさんにも、これから就活をしていく中で、会社に共感できるポイントを見つけていただき、就活を進めてもらいたいと思っています。
 学生時代の経験にすべて価値があると思いますし、海外に行って、日本との文化の違いや環境意識の違いを肌で感じたり、全力で遊んだり、全力で研究やゼミに取り組んだり、すべてのことに価値があると思っています。 これからも学生の皆さんにはチャレンジを続けてもらいたいですし、私自身も研究を通じてチャレンジを続けていきたいと思っています。

王子ホールディングス株式会社

【製紙業】

 王子グループは、祖業である紙にとどまらず、バイオエタノールや環境に配慮したサステナブルパッケージといった木質バイオマスビジネスを次世代の中核ビジネスとし、さらなる成長と進化を目指しています。  事業の根幹である森林を健全に育て、再生可能な森林資源を生産すると同時に、生物多様性の保全や水源涵養、CO₂の吸収・固定、土壌形成といった森林の持つ多面的機能の最大化を図っています。