中島隆の輝く中小企業を探して 略歴

2014年11月19日

臨床心理士から図書館の世界へ 活字文化を根っこから支える(第24回)

 今回はまず、うそのような本当の、本人がなつかしそうに語る笑い話からはじめます。

 ものづくりの会社の社長として、がんばっている女性の話です。不屈の闘志の持ち主で、政府から経済政策についての意見を聞かれるほどのひとです。

 彼女はちいさいときからインターナショナルスクールにかよっていました。だから、日本語より英語の方が得意でした。とくに漢字を読むのが苦手でした。

 就職活動で、彼女はあるテレビ局の試験を受けました。

 試験官から、この原稿を読んで、と手渡されます。〈冒頭から、漢字だ。どうしよう、とにかく読まなくっちゃ〉。そして、彼女は口をひらきます。

 「よしら……、よしら……、よしら?」

 白髪の試験官が、おこりはじめました。「きみは、こんな字も読めないのか!」

 彼女は、切れちゃいました。イスを蹴っ飛ばし、放送禁止用語をはき、会場をでました。そして、彼女は、FMラジオのDJになり、そして家業をつぎ、いまがあります。

 さて、彼女が「よしら」と読んだのは、「吉良」です。

 インターナショナルスクールで、忠臣蔵の「吉良上野介」は教えませんよね。

 みなさんは、読み方、わかりますね。念のため、こたえは……、最後にかきます。
 なぜ、こんな話をかいたのかといいますと、東京都文京区に本社がある株式会社「図書館流通センター」をたずねたとき、元社長、いま会長の谷一文子(たにいちあやこ)さんに、こんな話を聞いたものですから。

「『松本清張』を、まつもときよはる、と読む人がいるんです」

 もちろん、まつもとせいちょう、です。もっとも、かの文豪の本名は、「きよはる」。それを知っていたのなら、すごい知識の持ち主ということになりますが……。

「図書館の利用者が、職員に『大鏡ありますか?』ってたずねたんです。すると,職員はこたえました。『トイレに大きな鏡があります』って」

 大鏡、読み方はもちろん、おおかがみ。平安時代にできた歴史物語です。

 図書館流通センター(略称TRC)は、全国にある図書館のあらゆる業務をささえている会社です。みなさんの地元にある図書館はもちろん、あなたの大学の図書館も、このTRCが支えているかもしれません。

そして、活字文化を根っこから支えているのも、TRCです。

 毎日のように、どどどどどーっと本が出版されますね。でも、本屋さんの店頭にならぶのは、有名作家や話題の本がおおい。いまはアマゾンなどのネットで買えるものの、店頭にならばない本は、なかなか売れません。

 さて、仮に本屋さんの店頭に並んだとしても、日にちがたつにつれ、この本が消え、あの本が消え、あれも、これも、となくなります。

 そして、品切れ、絶版という悲しい運命が待っています。つまり、その時点で世の中にある本で打ち止め、あらたに印刷されることはない、ということです。

 ということは、もし、そうなってしまった本を買いたくても、もう買えないということです。読みたくて読みたくて、たまらないのに、どうしましょう。

 そうです、図書館があるんです!

 いまは会長、2006年から13年まで社長をしていた谷一さんは、岡山市のはずれに生まれました。もともと岡山県の病院で臨床心理士をしていました。その病院の体制が変わったために病院をやめ、たまたま公立図書館の職員募集があったことをきっかけに、図書館の世界に入りました。しかし、物足りなくなってしまいます。

 そして1991年、夫の転勤のため東京にうつり、TRCに入社したのです。はじめての仕事は、本を図書館で検索するためのデータベースを作成することでした。そのころ、一日200冊以上はいってくる見本の新刊書籍を、内容に合わせて分類します。文字どおり、黙々とこなしたのだそうです。そこから、営業、図書館運営などの仕事に飛び回ってきました。本を、図書館を愛する凜とした女性です。子育てもしっかりこなしてきました。
(本社のなかには、まるで図書館のような本棚があります。彼女が会長の谷一文子さん。はしごに昇っていただけますかとお願いすると、気軽に応じていただけました。気さくで、笑顔いっぱいの女性です)

 そんな谷一さんも、図書館は必要なのかしら、と疑問に思った瞬間がありました。

 それは、東日本大震災です。TRCが仕事をしている図書館のなかにも、被災したところが何カ所もありました。谷一さんは、被災地に立ちました。彼女の目にうつったのは、被災者のみなさんでした。被災された方々は、食べること、生きることに必死だったのです。

 でも、すぐに思い直しました。

 人間は、ただ生きているだけではだめ。本を読んであたらしいことを知ることにも、生きる喜びがあるはずよ。図書館は、生きるために役立つものよ!

 そんな熱い思いの人がトップにいるんです。社員のみなさんの情熱も、スゴイ。

 TRCの正社員は、およそ300人。男女の割合は、ほぼ半々。昨年の春から、毎年10人ほどの新卒採用を再開しています。

 どんな若い力を歓迎するか、谷一さんにきくと、こんな答えが返ってきました。

「わたしはこういうことをやれます、という人ではなくて、どんなことでもやれます、チャレンジします、という人がいいですね」

 もし希望の会社に就職したとしても、与えられた仕事が希望どおりではないかもしれません。TRCでも、データ部、電算室、営業部などに配属されます。でも、腐る必要なんか、まったくないのです。ながーい社会人生活の、しょせんはスタートに過ぎないのですから。石のうえにも3年、です。

 本が好きか嫌いか、は問わないけれど、嫌いじゃないほうがいい、そうです。あまり本が好きじゃなかった人も、ここではたらけば、きっと好きになります。

 でも「松本清張」「大鏡」といった常識的なことは、やっぱり知っておいた方がいいようですよ。

 さて、最後に、「吉良上野介」の読み方、についての答えです。もちろん、「きらこうずけのすけ」が正解です。

 だれですか、よしらうえのすけ、と読んだのは?