中島隆の輝く中小企業を探して 略歴

2016年06月08日

「自分の夢」託したニックネームで呼び合う 「アイデアの城」運営会社(第36回・前編)

 この二十数年、わたしはいろいろな会社を取材させていただいてきました。中小企業、ベンチャー、そして大企業。お話を聞かせていただいた皆さまには、感謝をしてもしきれません。

 ということで、いちおう、わたしには、それなりの経験があるつもりでした。

 いやあ、甘かった。こんかい、こんな会社があるんだ、と驚かされました。

 東京の秋葉原にある「ジー・ブーン」。社員およそ50人、設立は2006年7月7日、七夕の日。おもにIT関連の事業をしていて、とある超有名企業グループのITサポートを任されています。

 ここまでなら、ありがちな会社です。ここからが違います。

 この会社が徹底してこだわっているのは、社員ひとりひとりの夢の実現、です。社員は、それぞれの夢を追いかける「夢戦士」なのです。その夢は、会社の仕事と関係ないかもしれませんが、それ、オッケーなんです。
(社長の後藤さん。貸し会議室「アイデアの城」の「王宮の魔法学校」にて)

 社員がそれぞれの夢を追いかけるには、何が必要でしょうか。それは、会社がしっかり成長していくことです。事業基盤を強固にしていくことです。事業を拡大していくという会社の夢を実現することです。
 社員の夢の実現と、会社の夢の実現は、同じ方向にあります。だから両立することになります。
 ふつうの会社の場合は、どうでしょうか?
 会社の成長という夢のためだけに、社員は働きます。その対価として給料を払ってるんだ、文句あるか! 会社が社員の夢実現の手助けをすることは、まずありません。
 さて、このジー・ブーンという会社、社名からもわかるように「本当の『自分』を手に入れよう」という思いがこもっています。本当の自分、それは、夢を追いかけてキラキラ輝いている自分、ともいえるかもしれません。
 さて、社員それぞれの夢をどうやって実現するかです。
 ひとつは、夢を忘れないことです。忙しく仕事をしていると、自分の夢のことなど忘れてしまいます、だって人間だもの。
 そこで、この会社では、ニックネームで呼びあうことにしています。ただのニックネームではありません。自分の夢を託したニックネームを、自分でつくるのです。ただし、創業社長である後藤稔行さん(48)のオッケーがでなければ使えません。ニックネームを作り直すことになります。思いをこめたニックネームで呼び合うのですから、自分の夢を忘れることはありません。
(会社は秋葉原の古いビル5階にあります)
 たとえば、「ささやかながら、ちょっとジャック」というニックネームをもっている男性社員がいます。

 彼は、夢探しの冒険にでる海賊船の船長になりたい、と考えました。海賊船の船長、で頭に浮かんだのが、映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」にでてくる海賊船船長、ジャック・スパロウでした。

 それならジャックでいいんじゃない? ところが、後藤社長からダメだしです。

 「まだジャックになっていないんだよね」
 海賊船の船長になってない、ということなのです。

 ちょっとだけジャック、ちょこっとだけジャック……。そして、ついたのが「ささやかながら、ちょっとジャック」でした。

 もちろん長いので、ふだんは、ジャック、ジャック、と呼ばれています。早く余分な修飾語をとっぱらった「ジャック」になりたい、それが彼の夢です。

 「セバスチャンさくら」というニックネームをもつ社員。彼は、いろいろなアニメにでてくる執事「セバスチャン」のように何でもこなすのが夢で、桜の季節の入社だから、というのが名の由来です。

 ニックネームで呼び合うと、お互いのコミュニケーションが抜群になってきます。お互いに夢を応援しあおう、というムードがうまれます。
 ニックネームは改名できます。毎年7月7日の会社設立の日に、改名したい人はプレゼンし、出席社員の過半数の賛成があればオッケーです。

 名刺には、それぞれの中長期的な夢が書かれています。「ジャック」の名刺には「未来に残るビジネスを作る」、「セバスチャン」の名刺には「居酒屋〝さく〟の若旦那」とあります。
 会議で何かプレゼンしなくてはいけないときなどには、じゃんけんをして順番を決めます。その時、「勝ったあ」「負けたあ」と大声で叫びます。からだを熱くすることが、考えを前向きにするのです。

 そして、惜しみなく拍手をしあいます。人への、そして、みずからへの。

 仕事では、ふだんの仕事とは別に、社内で「社会人式インターン」と呼ぶ仕組みをつかって経験をつむことができます。広報、採用、セキュリティーなどを自主的に経験していくので、マルチな人材になることができます。

 ひとつの仕事にだけ詳しい人材を「部品型人材」と呼ぶならば、マルチな人材は「製品型人材」です。社会の荒波を乗り越えて夢を実現できる可能性は、製品型の方が高くなる。これは言うまでもありませんね。

 社長の後藤さんは、漫画家になりたくて勉強せず、高校受験に落ちます。そして、働きながら定時制高校に通いました。大学も二部に進みました。そして、就職もしたのですが、経営者や株主の夢のためだけに社員が働いていることに、げんなりしました。「社員の夢はどこに行ったんだ!」

 何社か転職もしました。面接で社員の夢のことを話すと、たいていこう言われました。「何をあまっちょろいことを言っているんだ」

 そして、38歳のときに起業したのでした。

 「社員たちがそれぞれの夢を追いかけて成功する会社をつくる。それを証明しようと思いました」と後藤さんは言います。

(後編は6月9日に公開予定)