物価と賃金の動きを解説
8月の消費者物価指数(生鮮食品をのぞく総合)が前年同月比2.8%上昇し、消費増税時をのぞき30年11カ月ぶりの高い伸びを記録しました。上昇率は同じですが、当時と今では様相が全く異なります。バブル景気の直後だった1991年は賃金が物価以上に上がっていたため、消費は衰えず、企業の売り上げも伸びていましたが、今はバブル経済崩壊やリーマン・ショックを経験した企業が先行きの景気に不安を抱き、賃上げに慎重だからです。企業が売り上げを貯め込む内部留保は、金融・保険業をのぞく全業種で初めて500兆円を超えました。コロナ禍で落ち込んだ経済活動が回復し、企業の業績は好調なのに、この10年の内部留保は8割も増えています。物価高を加味した実質賃金が上がらないと、生活は苦しくなるため、消費が冷え込み、本格的な不景気に突入しかねません。今回の物価高を「明るい物価上昇」につなげるカギは、企業が賃金アップなど人への投資にかじを切るかどうかにかかっています。最近の朝日新聞の記事から、物価と賃金の動きについてやさしく解説します。みなさんの就職後の生活にも直結する賃金のこれからに注目してください。(編集長・木之本敬介)
都市ガス26%・食用油39%
消費者物価指数の上昇は12カ月連続です。ロシアのウクライナ侵攻による資源価格の高騰や円安の影響でエネルギー関連や食料価格の値上げが続くほか、2021年の携帯電話料金の引き下げの影響が薄れたことも全体の上昇率を押し上げました。項目別では、電気代が21.5%、都市ガス代が26.4%上がるなどエネルギー関連が16.9%上昇。生鮮食品をのぞく食料は4.1%上昇しました。食用油が39.3%、食パンが15.0%、外食のハンバーガーが11.2%、からあげが9.4%のアップ。いずれも原材料費や物流費の上昇を受けたものです。
冬に向けて買い替え需要が高まる家電製品やアパレルでも値上げが相次いでいます。エアコン最大手のダイキン工業は2023年3月期に出荷価格を平均で4~5%程度値上げします。銅やアルミなどの原材料の高騰や輸送費高騰のためです。ファーストリテイリングの「ユニクロ」はフリースの一部を1000円値上げし税込み2990円に、カジュアル衣料の「しまむら」も秋冬商品を平均3~4%値上げする方針です。食品でも10月以降、値上げが相次ぐ予定で、帝国データバンクのまとめでは8月末時点で食品105社が今年中に値上げをしたか、する予定の商品は2万品目を超えます。月別でみると、10月に最多となる6500品目以上が値上げの予定です。
30年前との違い
30年前はどうだったのでしょう。「商品の値段は上がっても、給料の上昇で購買力も高まり、売り上げがどんどん伸びた。『明るい物価上昇』だった」。全国で果物ジュース店などを展開する青木フルーツホールディングス(本社・福島県郡山市)の青木信博会長兼社長はこう振り返ります。バブル当時は輸入果物の卸売業。商売は繁盛し、新入社員の初任給も毎年1万円ほど引き上げていましたが、人件費を価格転嫁しても売上高は右肩上がりだったといいます。今は円安や資源高で、ジュースの原材料費は軒並み高騰し、9月から一部の商品の値上げに踏み切りました。「消費が強くて価格が上がるのが本来の姿。今は違う要因で値上げせざるを得なくなっている」とこぼします。
バブル経済は1991年2月をピークに翌3月から後退期に入りましたが、しばらくは好景気の余韻が続き、1991年通年の賃金上昇は物価上昇を上回り、実質賃金は前年比1.1%上昇しました。その後は消費の低迷で企業が商品やサービスの価格を上げられず、賃金も上がらないことで、さらに消費が停滞する悪循環に陥りました。経済協力開発機構(OECD)の2020年の調査(物価水準を考慮した「購買力平価」ベース)によると、当時の1ドル=110円とした場合の日本の平均賃金は424万円。35カ国中22位で、1位の米国(763万円)と339万円も差があります。1990年と比べると、日本が18万円しか増えていない間に、米国は247万円も増えました。この間、韓国は1.9倍に急上昇し、2015年に日本を抜き、今は38万円差です。
内部留保、過去最高の516兆円
一方、財務省が9月1日に発表した法人企業統計によると、企業の内部留保は前年度比6.6%増の516兆4750億円で、2017年度以来の高い伸び率で、10年連続で過去最高を更新しました。内部留保は、企業の売上高から人件費などの経費を引き、法人税や配当金などを支払った後の利益が積み上げられたもの。人件費の2021年度の伸びは5.7%増で、10年前からほぼ横ばい。岸田政権は企業に賃上げを促していますが、足元では物価の高騰が続き、今年7月の実質賃金は1.3%減と4カ月連続で前年同月比マイナスで、家計の負担ばかりが増しています。
積極的な賃上げに期待
日本の企業はバブル崩壊後、大量解雇や大幅な賃下げで批判を浴びたことから、業績が好調なときでも賃金を低く抑え、代わりに危機時にも解雇や賃下げはなるべく小幅に抑える傾向が強いといわれています。慶応大商学部の山本勲教授は「今回のコロナによって、将来何が起こるかわからないという不安はさらに高まった」と指摘します。大手企業の集まりである経団連は今春の報告で「手元資金に余裕があったことで、コロナ禍においても企業倒産の抑制など雇用の維持に寄与した」と内部留保の意義を強調しつつ、「設備投資に加え、働き手の能力開発など多様な投資が考えられる」と活用に取り組む姿勢もみせました。
ニッセイ基礎研究所の斎藤太郎・経済調査部長は「日本の物価上昇率は10月には3%台に乗るとみている。暮らしへの影響は社会問題化しており、日本企業も賃上げに動かざるを得ないだろう。賃金が上がって経済の好循環が回り始めるか、そうはならずに消費が落ち続けるか、今の経済は瀬戸際にある」と話しています。業績が好調な企業が積極的な賃上げなど人への投資に踏み出すことに期待したいと思います。
(写真は、物価・賃金・生活総合対策本部で発言する岸田文雄首相=2022年9月9日、首相官邸)
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