「第2次大戦以来、最も凶悪な戦争犯罪」
ウクライナに侵攻したロシア軍による民間人に対する残虐な行為が次々と明らかになり、世界に衝撃を与えています。多くの市民の殺害や女性への性的暴行も報告されており、ロシア軍やプーチン大統領の「戦争犯罪」を追及する声が日増しに広がっています。ウクライナのゼレンスキー大統領は4月6日に国連安全保障理事会の会合でのオンライン演説で、「第2次世界大戦以来、最も凶悪な戦争犯罪だ」と糾弾し国際社会の支援を求めました。「ジェノサイド(集団殺害)だ。国と人々を消滅させる行為だ」とも語っています。国際司法裁判所(ICJ)はすでに軍事行動の停止を命じていますが、ロシアは従っていません。国際刑事裁判所(ICC)は戦争犯罪で捜査していますが、時間がかかるようです。戦争を起こすこと自体が罪のようにも思えますが、そもそも「戦争犯罪」とは何なのでしょうか。プーチン氏を罪に問うことはできるのでしょうか。「戦争犯罪」のキホンのキを整理します。(編集長・木之本敬介)
ロシアとプーチン大統領については、
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(写真は、国連安保理で演説するゼレンスキー大統領=国連安保理のユーチューブから)
民間人410人の遺体、拷問、性的暴行…
2月末のウクライナ侵攻以来、病院や学校、避難所だった劇場への攻撃などが日々報じられ、米国のバイデン大統領は早くからプーチン氏を「戦争犯罪人だ」と断じてきました。ロシア軍が撤退した後の首都キーウ(キエフ)近郊の町ブチャで民間人410人の遺体が見つかり、非難の声が一段と高まっています。ゼレンスキー氏は4月3日のビデオ演説で「平和な都市の普通の市民が、なぜ拷問されて死んだのか。なぜ女性がイヤリングを耳から引きはがされ、絞め殺されたのか。どうしたら子どもたちの前で女性に性的暴行を加え、殺害できるのか。なぜ戦車で人々をつぶしたのか」と描写。捜査を国際社会と進める機関を設立する考えを示し、「こうした罪を犯した者は見つけられ、罰せられるだろう」と述べました。
国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」(HRW)も、ロシア軍がウクライナの民間人に対し、殺害や性的暴行、財産の略奪を行ったとする詳細な報告を公表しました。目撃者や被害者のほか、ロシア軍に占領された地域の市民計10人に聞き取り調査。戦争犯罪が疑われるケースは2月27日から3月14日までに確認されました。市民が後ろ手に縛られて殺されたり、頭にTシャツをかぶせられて後頭部を銃で撃たれたりしました。ロシア兵はその場にいた市民に対し「心配するな。私たちは、あなたたちから汚れを浄化するためにここにいる」と述べたそうです。ロシア兵からくり返し性的暴行を受けた女性の証言もあります。
ロシアの反論
これに対しロシア政府は「ロシア軍の支配下で1人の住民も暴力行為を受けなかった」などと関与を否定。公開されている映像はウクライナや欧米側によるフェイクだと主張していますが、説得力のある根拠は示されていません。一方でロシア国営メディアは「武器を手にしたナチス支持者は徹底的に破壊するべきだ」「ナチス政権を甘やかした大衆のかなりの部分も有罪だ。正義の戦争により、避けがたい重荷を背負うことによってのみ処罰が可能となる」として、ロシア軍の行為を正当化する論文を掲載しました。「ナチス」や「ネオナチ」はロシアがウクライナ政府を批判するときに使う言葉です。ウクライナのニュースサイトによると、この論文についてゼレンスキー氏は「ロシアの戦争犯罪者に対する法廷での証拠になる」と述べました。
(写真は、ビデオ会議でウクライナ侵攻を正当化しつつ西側を非難するプーチン大統領=ロシア国営ノーボスチ通信が動画サイト「RUTUBE」で配信した動画から)
国際司法裁判所と国際刑事裁判所は…
「戦争犯罪」とは、戦争中に起きる国際法違反のことです。広辞苑にはこう書かれています。
①国際条約で定められた戦闘法規に違反する行為。例えば、降伏者の殺傷、無防備都市の無差別攻撃、禁止兵器の使用など。戦時犯罪。
②広義には、第二次大戦以後に生じた犯罪の概念で、侵略戦争や国際法違反の戦争を行い、またはそのため共同の計画・謀議に参加する罪、すなわち平和に対する罪と、一般人民に対し行われた大量殺人、奴隷化、政治上・人種上・宗教上の迫害など、人道に対する罪。
具体的には、19世紀にできた国際的な武力紛争の取り決めであるジュネーブ条約などに定められています。戦時の人道・人権保護にかかわる条約や慣習法は「国際人道法」と呼ばれ、すべての国を拘束するものとされています。
戦争犯罪を裁く場としては、国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)と個人の罪を問う国際刑事裁判所(ICC)があって、いずれもオランダのハーグに本部があります。ICJは3月16日、ロシアに対しウクライナでの軍事行動の即時停止を命じる仮保全措置を出しました。法的拘束力のある決定ですが、ICJには管轄権がないと主張するロシアが従う可能性はありません。口頭審理を欠席したロシア側は書面で意見を伝えたといいます。
一方のICCは2002年に発効したICCローマ規程によって設立され、締約国数は120以上にのぼります。ローマ規程にはロシアもウクライナも加わっていませんが、いずれも締約国ではない場合でも、事件の発生地の国か容疑者の国籍がある国のどちらかがICCの管轄権を認める宣言をすれば、ICCが事件を扱えるという規定があります。ウクライナは南部のクリミア半島を一方的にロシアに併合された後の2015年に管轄権を受け入れる宣言をしているため、ICCが取り扱えます。ICCはこの3月2日、戦争犯罪などの容疑で捜査を始めたと発表。検察官が戦争犯罪や人道に対する罪、ジェノサイドの罪で捜査しています。今後ウクライナで被害者から事情を聞き取るなどして証拠を集めますが、捜査は長ければ数年かかるといわれています。
(写真は、ミャンマーのロヒンギャ迫害問題について審理する国際司法裁判所の裁判官=2020年1月23日、オランダ・ハーグ)
事実を明らかにする意味
浅田正彦・同志社大教授(国際法)によると、ジェノサイドを認定するハードルは高く、特定の集団を破壊する意図をもって殺害したことを立証する必要があります。ただ、ICCには指揮官の責任についての規定もあり、兵士らの行為をプーチン氏や軍幹部などが知っていて防止措置をとらなかったと認定されれば、罪に問える可能性も。ICCの裁判には被告本人の出席が必要なため、プーチン氏らに有罪判決を言い渡して収監することは難しそうですが、逮捕状を出すことは可能です。浅田氏は「関係者がロシアにいるため拘束できなかったとしても、プーチン政権が戦争犯罪を否定し続けている中で、第三者であるICCが事実を突きつけることには意味がある」と強調。もしプーチン氏に逮捕状が出された場合、締約国に行けば拘束されるおそれがあるため、首脳外交が制限されることになりそうです。
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