「自由で開かれたインド太平洋」
「Quad」(クアッド)という聞き慣れない言葉がニュースに登場するようになりました。日本、米国、オーストラリア(豪州)、インドの4カ国が安全保障などで協力する枠組みです。「4」を意味する英語からこう呼ばれます。3月12日夜から13日未明にかけて、菅義偉首相、バイデン米大統領ら4カ国による初の首脳協議がオンラインで開かれ、「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP=Free and Open Indo-Pacific)に向けた関係強化をうたう共同声明を発表しました。「大人の事情(?)」から名指しの批判はしませんでしたが、実はQuadの「陰の主役」は中国です。中国は、自由も民主主義もない共産党による一党独裁体制のまま、軍事的にも経済的にも米国に迫る大国になろうとしています。日米欧を中心とする民主主義国が中国に脅威を感じる中、多国間の連携で中国に対抗しようと日本が提唱しているのが「自由で開かれたインド太平洋」です。Quadはこれを実現するため、民主主義の価値観を共有する4カ国で様々な協力をしていこうとスタートしました。一方で、3月16日に東京で開かれた日米両国による外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2=ツープラスツー)では、中国を名指しで批判しました。世界の経済がもはや巨大な中国市場を切り離して成り立たない現実もある中、強大化する中国とどう対峙しながら付き合っていくか。「対中国」と「インド太平洋」が今後の国際情勢のキーワードです。(編集長・木之本敬介)
(写真は、オンラインで会談する菅首相と茂木敏充外相。画面内は〈右下から時計回りに〉モディ印首相、モリソン豪首相、バイデン米大統領=2021年3月12日、首相官邸)
4首脳が初協議
初のQuad首脳協議には、菅首相、バイデン米大統領、オーストラリアのモリソン首相、インドのモディ首相が参加。インド太平洋地域への新型コロナウイルスのワクチン供給や気候変動対策、海洋安全保障での協力のほか、年内に対面による首脳会談を行う方針も確認しました。共同声明は、4カ国が「自由で開かれたインド太平洋のための共通のビジョンの下で結束している」「民主的価値に支えられ、威圧によって制約されることのない地域のため尽力する」と明記しました。中国が海洋進出を強める東シナ海と南シナ海については「ルールに基づく海洋秩序に対する挑戦に対応するべく、海洋安全保障を含む協力を促進する」とうたいましたが、中国の名指しは避けました。
止まらない中国の軍拡
Quadの背景にあるのは中国の経済成長と軍拡です。2021年の国防費は前年比6.8%増、日本円で約22兆6000億円と米国に次ぐ世界2位の巨額予算で、日本の防衛費の約4倍にのぼります。経済でも世界最大14億人の人口をもつ中国は2030年までに国内総生産(GDP)で米国を抜くと予想されています。日米同盟だけで対処するには限界があり、日米と関係が深いオーストラリアに加え、人口13億人を擁し成長著しい南アジアの大国インドとも協力することで、初めて中国に対抗できるという考え方です。
Quadの枠組みは安倍晋三前首相が第1次政権で提唱しましたが、当時は4カ国の足並みがそろいませんでした。第2次安倍政権の発足後、2017年に局長級会談、2019年に外相会談が実現し、今回の首脳協議に発展しました。
(写真は中国初の国産空母「山東」。中国は2020年12月、台湾海峡を通過し南シナ海の海域で訓練を実施したと発表した=中国軍ウェブサイトから)
インドは「対中包囲網」に消極的
4カ国にはそれぞれの事情があります。日本は、沖縄の尖閣諸島周辺での中国海警局の船の領海侵入に苦慮しています。今回の首脳協議は、中国を「最も重大な競争相手」とするバイデン米大統領の呼びかけで開かれました。トランプ前大統領時代の「アメリカファースト」の一国主義を改め、アジアへの関与や同盟関係を重視する外交に転じた証しです。米中関係を「民主主義」対「権威主義」の競争と位置づけるバイデン政権にとっては、世界一の大国の座をめぐる米中の覇権争いでもあるのです。オーストラリアには、中国の新型コロナ対応に関する国際的な調査を要求してから対中関係が急速に悪化し、対立が続いている事情があります。中国はオーストラリア産の大麦やワインに高関税をかけています。
微妙な立ち位置にあるのがインドです。モディ首相は協議の冒頭で「私どもは民主主義的な価値観で結束しています」と述べ、連携強化を歓迎しました。ただ、「対中包囲網」づくりと見られる動きには消極的です。中国と国境問題を抱え衝突も起きていますが、インドにとって中国は最大の輸入相手国で輸出も米国に次いで2番目に多く成長に欠かせない存在です。「非同盟主義」を掲げ、全方位外交を展開するインドはQuadに深入りすると外交の自主性を失いかねないとの思いがあります。そこで、インドをQuadに組み込むために今回用意されたのが、新型コロナ対策のワクチン供給の枠組みです。ワクチン大国のインドは世界で流通するワクチンの6割を製造しており、自国のワクチン生産能力を増強する資金を得られれば国益にかなうからです。
日米「2プラス2」は中国を強く批判
これに対し、複雑な事情を抱えるQuadの直後に開かれた日米の2プラス2では、中国の海警部隊に武器使用を認める海警法などに「深刻な懸念」を表明し、中国を強く牽制(けんせい)する内容の共同声明を発表しました。米国が「核の傘」を日本に提供することや、米国の日本防衛義務を定めた日米安全保障条約第5条を尖閣諸島に適用することを改めて確認。「中国による既存の国際秩序と合致しない行動」を名指しで批判し、香港や新疆ウイグル自治区の人権侵害の状況に「深刻な懸念」を表明したほか、台湾海峡の平和と安定の重要性も強調しました。
ただ、日米両国ともに中国とは経済面などで深い相互依存関係にあります。気候変動や新型コロナ対策など地球規模の課題に取り組むうえでも協調は欠かせません。とくに中国と隣国の日本には米中対立を先鋭化させない知恵も求められます。中国との関係が深いたくさんの日本企業にとっても、対中関係は最大の関心事です。今後に注目してください。
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(写真は、2プラス2を終えて記者会見する〈左から〉オースティン米国防長官、ブリンケン米国務長官、茂木敏充外相、岸信夫防衛相=2021年3月16日、東京都港区の飯倉公館)
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