店頭価格を「5キロ2000円」に
コメの値段がさがりません。そんなさなか、農業政策をつかさどる農林水産大臣が失言で交代。新たに就任した小泉進次郎農水相は備蓄米の店頭価格を「5キロ2千円程度」にする目標を掲げ、スピード感重視の政策を打ち出しています。
コメの値段については生産者側から、これまでが安すぎたという声もあがっています。日本で暮らす人の生活を下支えするコメは、ふたたび元の値段に戻るのでしょうか。コメをめぐる現状を整理しました。(編集部・福井洋平)
(写真・「1家族様1袋のみ」との貼り紙があるコメ売り場=2025年5月20日/写真、図版はすべて朝日新聞社)
コメは昨年から倍の値段に
改めて、現在のコメの価格をみてみましょう。
農林水産省は毎週、全国約1000店のスーパーの販売データをもとに、コメ5キロあたりの平均価格を公表しています。5月12~18日の平均価格は、5キロあたり4285円でした。ちなみに昨年同時期(2024年5月13~19日)の平均価格は2120円でしたから、1年間で倍以上に値上がりしていることになります。主食の値段が倍になったのですから、国民生活に与える影響は深刻です。
5キロ2千円前後でおおむね安定していたコメの値段は、昨年夏ごろから上がり始めました。昨年夏にはスーパーの店頭からコメがなくなる騒ぎが起き、コメの品薄が問題になりました。値段も昨年9月には5キロ3千円を突破。当時は2024年産の新米が出回れば価格は落ち着くとみられていましたが、その後も価格は下がる気配はなく、今年に入ってから右肩上がりとなり、3月にはついに5キロ4千円を突破しました。
入札価格の半額程度で随意契約
失言で事実上クビになった江藤拓・前農水相のあとをうけた小泉進次郎農水相は「コメ担当大臣」を名乗り、さっそく価格を抑える政策を打ち出しています。
コメの価格を下げるため、災害時や大凶作に備えて国が貯蔵している「備蓄米」の放出を始めたのは、江藤前農水相のときです。しかしその放出の方法は入札、つまり高い値段をつけた業者に売り渡すというものでした。そのため、スーパーなどの店頭に並ぶコメの値段が安くなる効果はあまり期待できない、と指摘されてきたのです。また、3月の入札で出した約21万トンのうち4月27日までに小売店に届いたのはわずか1.5万トン程度だったといい、政府は効率的に小売店に届ける方策を模索していました。
小泉農水相は就任会見で、予定されていた備蓄米の入札を中止し、任意の業者に売り渡す「随意契約」を活用すると表明。さらに業者への売り渡し価格を玄米60キロあたり平均で税抜き1万700円(5キロ換算で892円)とこれまでの入札による放出時の半額程度に設定しました。5月27日までにディスカウント店「ドン・キホーテ」を展開するPPIH社、サンドラッグ、カインズ、楽天、オーケーといった小売業者やネット通販業者など約70社から申し込みがあり、午後9時にはいったん受付を休止しました。6月上旬にも、店頭に並ぶ見込みといいます。
(写真・スーパー大手ライフのコメ売り場を視察する小泉進次郎農林水産相=2025年5月23日)
夏の選挙にらみスピード感もった政策すすめる
売り渡した備蓄米がいくらで売られるかは小売業者次第ですが、小泉氏は店頭価格の目標を「5キロ2千円程度」と明言しています。また、備蓄米は毎月10万トンずつ放出する予定でしたが小泉氏はその予定も白紙にして、需要があれば無制限に放出すると宣言しています。備蓄米はのこり60万トンで、そもそも無制限に出せるわけではありませんが、備蓄米がなくなったときの対応はまだ明示していません。
随意契約ということは、売り渡し先や価格をどう決めるかについて農水省の力が大きく働く、ということです。市場の価格に比べてうんと安い値段で売っているわけですから業者にとってはありがたい話で、特定の業者にえこひいきするようなことがあれば不満が高まることは間違いありません。誰にコメをいくらで売るか、基準をはっきり透明化する必要があります。
小泉氏が「スピード感」を求める理由は、国民の関心が高いことももちろんでしょうが、今年6月に東京都議選、夏に参院選と大きな選挙が控えていることも大きいと考えられます。少数与党である現政権にとって、特に参院選は落とすわけにはいかない選挙です。コメの価格を押さえ込むというわかりやすい成果がでれば追い風になることは間違いなく、石破政権にとっても、将来の首相をめざしているであろう小泉氏にとっても大きなチャンスになってくると考えられます。もちろん、失敗すれば大逆風となるリスクもはらんでいます。
(写真・首相官邸に入る石破茂首相(中央)=2025年5月20日)
コメ品切れにならないよう在庫持つように?
そもそもなぜ、コメの価格はここまで値上がりしているのでしょうか。
昨年夏にコメ不足が顕在化したときは、2023年、つまり一昨年の猛暑や水不足のためにコメの品質が悪くなったことが一因とされていました。あわせてコロナ禍があけて訪日外国人客が増え、さらに昨年夏に南海トラフ地震の臨時情報が出て買いだめが起こったこともあってコメの消費が増加し、コメが不足し値上がりにつながったという説明がされていました。
昨年、2024年にとれた新米の量は2023年より増えています。しかし近年は猛暑などの異常気象が頻発しており、ふたたびコメ不足にならないとも限りません。流通にかかわる業者はまたコメが足りなくならないよう、仕入れ値が高くてもコメを仕入れるようになり、さらに在庫も多めに持つようになった――と農水省では分析しています。もうこれからコメ不足が起きない、と関係業者、国民が安心できるようになれば、コメの価格は下がることになるでしょう。今回の備蓄米随意契約でそこまでの機運がつくれるか、今後のコメの値動きに注目したいポイントです。
生産者「コメの価格は安すぎた」
ただ、政府の対策がうまくいっても、コメの価格は以前の水準には戻らない可能性があります。それは、コメの生産者側からそもそもコメの価格はこれまで安すぎた、という声があがっているためです。農業の人手不足は深刻で、さらに農機の価格もはねあがっています。今年1月の「就活ニュースペーパー」の記事でも紹介しましたが、農水省のデータではコメ農家など1経営体あたりの作物収入などから肥料代や光熱費などの農業経営費を除くと、残るのは1万円で、平均労働時間(年約1千時間)を踏まえると時給10円になる計算だといいます。自民党農水族の実力者である森山裕幹事長は24日、「農家がコメを引き続き作っていこうと思ってもらうため、再生産ができる価格で売買されることが大事だ。安ければいいというものではない」と述べました。生産者のことを考えれば、今後コメの値段が下がることは容易ではないようにも思います。
小泉氏の施策がうまくいって米価が落ち着けば消費者にとっては喜ばしいことですが、それにともなって生産者の実入りが少なくなり、コメの生産力が落ちることになればより深刻な事態が起こりかねません。そもそも日本ではながらくコメの生産量をおさえる「減反」政策をとってきて、優秀な農業従事者がコメづくりの意欲を失ってきたという指摘もあります。小泉氏の施策の影響は、長い目で見て判断する必要もあるのです。
備蓄米制度は、冷夏で凶作となった1993年の「平成の米騒動」を機に1995年に始まり、不作や災害時に備えて100万トンを目安にコメを備蓄する仕組みです。地震にくわえて大雨、洪水の被害も頻発している昨今、コメの備蓄をおろそかにすることも許されません。コメ問題はみなさんの生活、日本の今後にも深くかかわる大事な問題です。ぜひ高い関心をもってニュースをチェックし、スーパーでのコメの値動きもたまにチェックしてみましょう。
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