12月に入り大きなニュースが立て続けに
2024年はアメリカ大統領選をはじめ、大きな国際ニュースが続いた年でした。12月に入っても世界の激動は続き、韓国とシリアで大きな動きがありました。これから社会人になる人にとって、世界の動きを知ることは「基礎教養」といえます。日本にとっても関係の深い韓国、中東の動きについてざっくりとまとめてみました。(編集部・福井洋平)
(写真・韓国の尹錫悦大統領が出したが、のちに撤回した「非常戒厳」をめぐる事態を受け、「尹錫悦は辞退しろ」などと叫びながら抗議の意思を示す男性=2024年12月4日、ソウル/写真はすべて朝日新聞社)
尹大統領が突然「非常戒厳」を発令
まずは、隣国である韓国のニュースです。3日、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が突然「非常戒厳」を出しました。これはいわゆる「戒厳令」で、市民の活動などが軍の統制下に置かれ、集会やデモなどを含む政治活動が禁止されたり、すべてのメディアと出版が統制を受けたりします。国会は大反発し、4日未明に解除要求を決議。尹大統領はわずか6時間で非常戒厳の解除に追い込まれました。尹大統領に対する弾劾訴追案はいったん不成立となったものの、14日には与党からも賛成が出て可決される見通しとなっています。
韓国は1948年の建国以降、ながらく軍隊の力を背景にした軍事政権が国を支配し、民主化が実現したのはいまから40年ほど前、1987年になってのことでした。「非常戒厳」は軍事政権下でたびたび宣言されており、1980年に戒厳令が出されたときは、軍政に抗議した市民が多数犠牲になる「光州事件」が起きています。民主化以降、非常戒厳が発令されたのは今回が初めてのことです。
尹大統領は2022年に就任しましたが、支持率が20%前後に低迷。今年4月の総選挙では与党が大敗し、国会で野党が過半数を占め、尹大統領は国政運営がままならない状況に追い込まれていました。尹大統領は多数の政府官僚の弾劾訴追案が発議されていることを「世界のどの国にも例がない」とし、予算審議もすすめられず、「国会が自由民主主義体制を崩壊させる怪物になった」と非難しました。しかし、大統領が戒厳を発令できるのは「戦時などの国家非常事態」と憲法で定められており、今回がそうした状況だったとは思えません。
(写真・韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領=2023年3月)
日韓関係にも影響
非常戒厳は、国会議員の過半数が解除に賛成すれば、大統領は解除しなければなりません。非常戒厳発令後、国会議事堂には市民が数千人駆けつけ、国会を封鎖しようとやってきた軍に対し「人間の盾」となって立ちはだかり、解除要求を決議しようとする国会議員を後押ししました。1980年の光州事件では240人以上の死者・行方不明者が出るなど、韓国の民主主義はそれを押しつぶそうとする軍事政権との激しい戦いの末に生まれたものです。今回、非常戒厳という民主主義を逆行させる発令に対して直接市民が反発する動きに出たことは、韓国の民主主義に対する思いを浮き彫りにしたと感じます。
今回の件の余波で、日韓関係が悪化することが懸念されています。尹大統領は親日家として知られ、冷え込んでいた日韓関係は尹政権のもとで急速に改善。北朝鮮情勢への対応をにらみ、アメリカを含めた日韓米の3カ国が連携を深めており、石破首相も来年1月に訪韓する予定でした。今回の件で訪韓は見送られる方向となっており、さらに1月にはアメリカでトランプ政権が誕生することで、日韓米の連携の行方は見通せなくなりました。
(写真・国会議事堂前に集まった人々の中には寒さに耐えながら抗議の意思を示す人の姿が見られた=2024年12月4日、ソウル)
日本の「緊急事態条項」はどう考えるべきか
戦前の日本では、大日本帝国憲法に戒厳令の規定があり、首都圏が壊滅的被害を受けた関東大震災(1923年)や軍部がクーデターを起こした2・26事件(1936年)などで戒厳令が発令されています。しかし、戦後制定された日本国憲法には戒厳令をはじめ、国が危機になったときに政府に権限を集中させるようないわゆる「緊急事態条項」は定められていません。乱用されることで、憲法が保障する権利や自由がこわされる危険性がある、と考えられたのです。
自民党は以前から、憲法を変えて緊急事態条項を盛り込むことに意欲を見せていますが、今回の韓国の騒動は、まさに緊急事態条項が権力者によって乱用されるとどんなことが起こるのかをシミュレーションしてくれた、とも言えます。また、日本維新の会や国民民主党などは、緊急事態条項により国会議員の任期を延長できるようにして、権力を統制できるようにするという案をとりまとめています。一方で日本弁護士連合会(日弁連)は、任期をどの程度延長するかを内閣が判断する可能性が高く、必要以上に任期を延長して国民の選挙の機会が失われ、日本国憲法の基本原理である「国民主権」が阻害されることが十分に考えられるとして、反対する意見書を出しています。緊急事態条項を憲法に盛り込むかどうかという議論はこれから活発になってくると思われますので、韓国の事態を参考に、考えを深めておくのもよいと思います。
(写真・憲法への緊急事態条項の創設に向けて合意し、合意書を手に持つ(右から)国民民主党の玉木雄一郎代表、日本維新の会の馬場伸幸代表、有志の会の北神圭朗氏=2023年3月30日)
シリアでは独裁政権が崩壊
もうひとつの大きなニュースは、中東の国シリアで長年続いた独裁政権が崩壊したことです。
シリアは地中海東岸に位置し、「文明の十字路」と呼ばれる地域にあります。広さは日本の半分程度です。ここは半世紀以上にわたり、アサド父子が政権を握ってきた独裁国家でした。
そのシリアでは2011年以降、長く内戦がくりひろげられてきました。きっかけは、2010年末に始まった中東の民主化運動「アラブの春」です。チュニジア、リビア、エジプトで独裁政権を倒す民主化の波はシリアにも及びましたが、アサド政権は抗議デモを武力弾圧しました。これに対して、反体制派が武装を始めて内戦となったのです。いま、640万人がトルコをはじめとする周辺国に逃れて難民となっているそうです。
今後のシリア情勢の推移に注目
もともとはアサド政権と反体制派の争いでしたが、北部のクルド人を中心とする武装組織や、「イスラム国」(IS)などの過激派組織も参戦。さらに中東諸国や米国、ロシアなどもかかわってきて、争いの構図は複雑化し、内戦は長期化しました。アサド政権はロシアやイラン、レバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラなどの支援を受けていました。
しかし、ヒズボラは今年、イスラエルから激しい攻撃を受けて大きなダメージを受けました。またロシアやイランも、ウクライナとの戦争や中東情勢の影響を受けて余裕がない状態です。アサド政権を支える勢力が弱体化したとみて、反体制派が一気に攻勢を強めた結果、アサド政権の崩壊につながった――というのです。混迷をつづけるロシア・ウクライナ情勢、イスラエルを中心とする中東情勢の影響が、シリアの動きにつながったわけです。アサド政権下では激しい人権弾圧が行われていたとみられ、政権崩壊によりこれからその全容が明らかになってくると思われます。
今回アサド政権を倒した中核となった組織は「シャーム解放委員会」(HTS)といい、国際テロ組織のアルカイダやISと関係があるとみられ、米軍などからテロ組織に指定されているそうです。多くの民族や宗教が入り組み「モザイク国家」とも言われるシリアをどのように統治していくのかも今後注目です。
韓国、中東諸国とも、日本と非常に関係の深い国です。社会に出るうえで、こういった国の動きをチェックしておくことは、大切な基礎教養といえるでしょう。また、海外のビジネスパーソンと会話するときにも、あまり国際ニュースを知らなさすぎると恥をかく可能性があります。来年以降、さらに世界の激動は続くと思われます。大きなニュースだけでもなるべくチェックするようにしていきましょう。
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