世界経済を揺るがす可能性も?
今回は、月曜日の「週間ニュースまとめ」でもとりあげた中国の不動産大手、恒大集団が経営危機に陥っている問題についてとりあげます。外国の会社がひとつ傾いた、というだけの問題ではなく、日本をはじめ世界経済をゆるがす可能性もある問題です。
恒大集団の経営危機は中国版「不動産バブル」崩壊の前兆、という見方があります。日本ではバブル崩壊後に「失われた10年」と呼ばれる大不況期が来ました。世界経済を引っ張ってきた中国経済が沈めば、当然日本の景気にも大きく影響します。恒大集団の経営危機は、これからの就職活動に直接影響する可能性もあるのです。「知らなかった」ではすまない恒大問題について、バブル経済など過去の歴史をおさえながら理解を深めましょう。(編集部・福井洋平)
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(写真・中国恒大集団の本社が入るビル=2021年9月、深セン市)
過熱する不動産市場を中国政府が引き締め
まずは、恒大集団の経営危機問題についてざっくりとまとめてみます。
恒大集団は国が所有する土地を仕入れてマンション開発を進め、2020年に物件販売面積で2位になった会社です。不動産のほか電気自動車の生産や、サッカーチームの運営など多角的に事業を広げていました。しかし2021年、恒大集団の経営危機があかるみになります。
危機に陥った主因は、中国政府が不動産市場に対して引き締めをはかったことです。不動産市場が過熱して住宅の価格が高くなりすぎ、中国の中央銀行は大手不動産会社に対して負債の比率に枠を設けるなど規制を強めました。これにより、恒大集団は事業をすすめるために資金を調達する(借金をする)ことが難しくなりました。また、政府は住宅購入の条件も厳しくしたため、恒大集団は手持ちの住宅も売りにくくなってしまったのです。
(写真・中国恒大集団の電気自動車(EV)の販売店=2022年11月17日、中国北京市)
破産法適用申請は時間稼ぎ
そこから2年たちましたが、恒大集団の経営危機は解消されず、8月17日にアメリカの連邦破産法適用申請に至りました。これが適用されれば、アメリカで恒大集団が持っている資産が強制的に差し押さえられるのを回避できます。
恒大集団がもつ負債総額は2022年末の段階で約49兆円にのぼります。その大半は中国国内のものですが、これは政府が指示して、期限が来ても返済を待ってもらっている状態だといいます。香港市場で発行した米ドル債や米国での債務もごく一部あり、ここには中国政府の意向は及びません。そのため、時間稼ぎの一策として今回の破産法適用を申請したとみられています。とはいえ、経営危機がわかってから2年間たっても状況がよくなる兆しはなかったわけで、今後の立て直しも引き続き非常に困難であることが予想されます。
日本のバブル経済崩壊と重なる?
世界経済を引っ張ってきた中国経済、その国内総生産(GDP)の約3割を占めるのが不動産市場でした。社会主義国家である中国では、土地は国家が所有していますが、建物に土地の使用権が含まれる形で売買されています。この建物の売買が自由化されたのは1990年代ですが、それ以降不動産の値段はつねに値上がりするという「神話」に支えられてきました。家を買わなければ結婚できないという中国特有の事情に加え、つねに値上がりする不動産は株式以上に投資対象としての人気が高く、資金が不動産市場にどんどん流れ込んできたのです。恒大集団の成長も、この不動産市場の成長とともにありました。その結果、一部の都市では住宅の価格が実態の経済に比べてはるかに高い「バブル」状態になり、中国政府の引き締めに至ったのです。土地の「値上がり神話」は崩れつつあり、中国国家統計局によると不動産開発投資額は2022年に前年比で10%減ったそうです。
この流れに、日本がかつて経験した「バブル経済」が重なります。
日本では1987年ごろから超低金利政策がとられ、あまった資金が株式や土地に流れ込み、土地は値下がりしないという「土地神話」が生まれました。不動産価格は高騰をつづけ、都心部の住宅価格は一般人の手が届かないレベルに達してしまいます。政府はこれを引き締めるために金利をあげ、土地に対する融資の規制に乗り出しました。その結果、株も土地も大きく下落してバブルが崩壊。不動産購入に使われた融資が大量の「不良債権」となり金融不安が広がった結果、「失われた10年」と呼ばれる景気の長期低迷を引き起こしてしまいました。経済の低迷は2000年代に入っても続いており、いまでは「失われた30年」ともいわれています。
中国政府が問題を「過小評価?」
恒大集団の経営危機は、日本の「バブル崩壊」のように中国経済を沈めてしまう引き金になるでしょうか。福本智之・大阪経済大教授は朝日新聞のインタビューで、「日本が経験したような、東京や大阪の商業地が8割前後下がるというようなことにはならないだろう」と分析しています。中国は土地の供給を地方政府が行うため、土地の需要が減ってきた場合、供給を押さえることができます。また、国有企業をつかって救済をすることも可能です。中国は日本のバブル経済の崩壊を研究して、地価が急激に下落しても金融機関に大きなダメージがないよう対策を講じている、とも福本教授は指摘しています。
なるほど、それなら一安心――といいたいところですが、福本教授は一方で「(中国)政府がこの不動産の深刻な問題を過小評価している可能性がある」と不安の種を指摘しています。中国はコロナ禍で「ゼロ・コロナ政策」をつきすすめ、民間経済に対して厳しい締め付けを行いました。今後も何かあったら、民間の経済活動を締め付けてくるのではないかという疑念が中国国内に生まれています。「成長率なり、個人から言えば所得の上昇率なりが下方修正されつつある局面」と福本教授は語ります。中国の人たちが、もう自分たちは経済成長しないのではないか……と思い始めている、ということです。
(写真・1990年、バブルが崩壊し株価が下がり続ける東京証券取引所)
「成長への期待」ふくらませられるか
多くの人々がこれから経済が成長しないと感じたら、ものを買ったり投資をしたりする動きも鈍ります。そうして経済はますます停滞するという悪循環に陥っていくのです。バブル崩壊後、日本はまさにこの悪循環にはまり、長い景気低迷から抜け出せませんでした。中国もここから対策をあやまると、人々の「成長への期待」がしぼみ、日本の歩んできた道を歩みかねないと福本教授は指摘しています。
中国経済の不調は不動産にとどまりません。消費は戻らず、輸出も減少し、あきらかに景気全体が減速しています。『中国の不景気は相当、根が深い』という大手銀行幹部の見立てもあるようです。中国経済の行方は日本の、そして世界全体の経済の行方も左右します。外交、軍事面にとどまらず、中国政府が打ち出す政策については高い関心をもってウォッチしていきましょう。
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