世界を分断させた戦争
ロシアのウクライナ侵攻から2月24日で1年。停戦や戦争終結の道筋はまったく見えず、ミサイルや砲弾が飛び交い、犠牲者は増え続けています。プーチン大統領のとんでもない暴挙によって、この1年で世界は激変しました。冷戦終結から続いてきたグローバル化は押しとどめられ、世界は政治的にも経済的にも分断されました。世界的な資源・食料不足で物価は急騰。核兵器の使用もちらつかせながら世界を脅してきたプーチン氏は、米ロ間の核軍縮条約の履行停止を一方的に表明しました。この理不尽な侵略戦争はなぜ終わらないのか。世界の経済はどうなるのか。日本への影響は? 世界はどう変わり、これからどうなるのか。ウクライナ戦争の現状とこれからをまとめます。(編集長・木之本敬介)
「ロシアを打ち負かすことは不可能」VS「決してロシアの勝利はない」
プーチン大統領は2月21日の演説で、軍事侵攻を改めて正当化したうえで「ロシアを打ち負かすことは不可能だ」と述べ侵攻を続ける姿勢を強調。さらに、米ロ間の「新戦略兵器削減条約」(新START)の履行停止も表明しました。これに対し、電撃的なウクライナ訪問後、ポーランドのワルシャワで演説した米国のバイデン大統領は「決してロシアの勝利となることはない。決してだ」と語りました。対立は深まるばかりです。
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(写真・ウクライナを電撃訪問したバイデン米大統領〈左〉と握手するウクライナのゼレンスキー大統領=ゼレンスキー大統領の公式テレグラムから)
常任理事国による例のない戦争
ウクライナ侵攻が世界に大きな衝撃を与えたのは、第2次世界大戦後の国際秩序を根底から揺るがしたからです。国連安全保障理事会の常任理事国である大国が、核戦力をちらつかせながら自ら隣国に全面的に攻め込むという大戦後初めての驚くべき出来事です。隣の主権国家を軍事侵略するというロシアのあからさまな国際法違反ですが、安保理常任理事国が戦争を引き起こした当事者なので、戦後秩序の中心だった国連はほぼ機能を失い、やめさせる手立てはありません。世界は一枚岩というわけでもありません。2022年10月の国連総会では、ロシアによるウクライナ4州併合への非難決議が143カ国の賛成で採択されましたが、中国、インドなど35カ国が棄権し、無投票も10カ国にのぼりました。その多くが「グローバルサウス」と呼ばれる主に南半球の新興国や発展途上国でした。ロシアと中国は接近し、インドなど中立的な立場を取る国も多く、世界は分断の様相です。
(写真・国連総会でロシア非難決議が143カ国の賛成で採択された=2022年10月12日、米ニューヨーク)
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グローバル経済も分断
経済的にも世界は分断しました。1990年代の東西冷戦終結後、世界ではグローバル化が進んで自由貿易が広がり、一つの経済圏となって全体としては大きく成長してきました。ところが、ウクライナ侵攻で日米欧などが経済制裁を実施。ロシアは対抗措置として石油や天然ガスの輸出を制限します。資源・農業大国のロシアが排除されたことで、世界の供給網(サプライチェーン)はズタズタになりました。ただ、ロシアの2022年の国内総生産(GDP)は前年比2.1%の減少でしたが、侵攻開始直後の予想よりは小幅なマイナスにとどまりました。経済制裁に参加しているのは40カ国ほどで、ロシアは制裁に加わっていない国などからの輸入ルートを確保し、今ではモスクワのスーパーには侵攻前と変わらず豊富な商品が並んでいます。ロシアの石油や天然ガス、小麦は、中国やインドなどが大量に購入して、結果的にロシアを支えている構図もあります。
停戦の可能性は? NATOが抱えるジレンマ
軍事面はどうでしょうか。欧米は最新型の戦車をウクライナに供与することを決め、バイデン大統領は多額の追加支援も表明しました。しかし各国とも、ロシアを徹底的に攻撃するような強力な兵器の支援には踏み出しません。なぜか。ロシアを追い詰め過ぎるとプーチン大統領が核兵器を使いかねず、北大西洋条約機構(NATO)が前面に出てロシアと戦えば「第3次世界大戦」を引き起こしてしまうからです。欧米のウクライナ軍事支援は、ロシアとの全面戦争にならない程度にとどめざるを得ないジレンマを抱えているのです。残念なことに、プーチン大統領の核の脅しが効いているわけです。
このため、ロシアもウクライナも決定的な優位な情勢にはならず、戦争はかなり長期にわたって続くとの見方が大勢です。2024年3月にはロシア大統領選があります。トルコや中国が停戦協定に乗り出すのではとの観測もありますが、プーチン氏がそれまでに「勝利」を宣言できる戦況にならない限り、停戦が成立する可能性は低いでしょう。戦争が終わる条件が誰にも見えない状況ですから、さらに数年は続くとみる専門家もいます。
子ども連れ去りと「洗脳教育」
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は2月21日、この1年間でウクライナで殺害された民間人が少なくとも8006人に上ると発表しました。ただ、この数は「氷山の一角」で、戦闘地域に近づくのが難しいため、実際の犠牲者は数千人以上多くなる可能性があるとしています。
ロシア軍による拷問や虐殺、性的暴行などの戦争犯罪も絶えません。中でも私が戦慄を覚えたのは、ロシアが少なくとも6000人の子どもを、ウクライナからロシアや占領地の再教育施設へ組織的に収容している、とする米国の報告書です。低所得層の親にサマーキャンプを無償で提供するとして避難させ、その後は家族との連絡を絶つケースが多いといいます。米国務省の報道官は「子どもたちの強制移住、再教育、養子縁組は、ウクライナのアイデンティティーや歴史、文化を拒絶し抑圧するロシアの試みだ」と語りました。戦争犯罪との指摘に対しロシア側は「孤児らのため」などと反論していますが、施設ではロシア中心の学問や愛国心に関わる教育が行われています。まだ頭の柔らかい子どもたちを洗脳しようとする許しがたい蛮行です。
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(写真・数々の戦争犯罪があったとされるウクライナ・ブチャで身元不明の遺体を埋葬した墓地=2022年8月)
「物価高は戦争をやめさせるためのコスト」
もちろん、日本にとってもひとごとではありません。岸田文雄首相が防衛費の倍増を打ち出したのは、中国の軍備増強も要因ですが、ウクライナ侵攻が直接のきっかけです。岸田首相は今年5月のG7広島サミットの議長国として、対ロシアの結束やグローバルサウスとの連携を図る考えです。広島選出で「核のない世界」をライフワークとしてきた首相が、核の脅威が高まる中で何らかの成果を出せるかも焦点です。
最後に、朝日新聞のインタビューでジャーナリストの池上彰さんが対ロ制裁などによる物価高について語った言葉を紹介します。
「円安の影響もあるものの、『うまい棒』も値上がりしましたね。ウクライナというと、遠い国のように思うかもしれないけれど、世界はつながっています。回り回って、私たちの好きなお菓子にも影響するんです。何としても戦争を終わらせないと、苦しい生活もこれからも続きます。物価上昇は、戦争をやめさせるためのコストなんですね」
身の回りの物価高からも、戦争の非道さやウクライナの人々の苦しみについて思いをはせることはできます。「自分事」として考えてみてください。
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