
■星野リゾートというブランド
──「星野リゾート」はどのようにして、旅館の名称からブランドになっていったのでしょうか。
星野リゾートのブランディングは「マスターブランド戦略」、すなわち「星野リゾート」というマスターブランドの認知率を上げる という活動からスタートしました。最初期に誕生したブランドである「星のや」は、「もう一つの日本」という当時のコンセプトの元、日本が捨てなくても良い日本らしさを捨てずに近代化していたら、どんな日本になっていただろうということを考え、独自の体験を提供していました。このようなコンセプトのリゾートホテルは当時珍しく、「星のや」をきっかけに 星野リゾートを知っていただくことができたと捉えています。
再生事業への取り組みや、「星のや」というブランドの構築を通して、 企業としての戦略性、宿泊体験そのものの魅力の両面で取り上げていただく機会が増えたことで、 次第 に星野リゾートというマスターブランドに注目していただけるようになってきたのです。
マスターブランド戦略 が一定の成果に達してからは、「サブブランド戦略」に切り替えました。世界と戦うためにスケールを拡大するには、複数のサブブランドを持ち、幅広く顧客のニーズに応える ブランドポートフォリオを作る必要があります。最初期は「星のや」、そして「界」、「リゾナーレ」という順でブランドが増えそれらのサブブランドも知られることによってブランド全体を強化していきました。
──ブランドを維持向上させていく上で、社員が心がけていること、もしくは心がけるように言われていることはありますか。
星野リゾートの一つの大きな特徴は、社員に向けて 広く情報が公開されているという点です。 社員一人ひとりが戦略を理解し、自分で判断をして、組織にとって必要な行動を取るための情報です。グループの全体戦略は1年に一度、代表の星野が取りまとめ、動画を通して共有されます。それから月に一度「長倉会議」という全国の総支配人が参加する会議があり、最新の経営状況や戦略上のアップデートをしています。 また、今は呼び方が変わっていますが「戦況報告会」という戦略の遂行状況を確認する会が月に一度、各施設で行われています。「戦況報告会」はかなり白熱した議論になることもあり、先日、キャリア採用で入社したスタッフが初めて会議に参加し、「こんなに発言が活発な会議というのは驚きです」と言っていました。
──「 星野リゾート」というマスターブランドは今後、どういう存在でありたいと思っていますか?
星野リゾートは旅を楽しくする会社でありたいと思っています。今 、世界ではいろいろなことが起きていますが、旅は人と人とを繋げ、体験と感情を共有し、平和を紡いでいくようなものではないかと考えています。私たちは観光、旅という事業を通して、平和維持に少しでも寄与したい、そして「旅を楽しくするなら、星野リゾートだよね」と思っていただける存在になりたいと思っています。コロナ禍という難局を経た現在は、 国内で複数の開業を準備するとともに、北米で日本旅館を運営する準備も進めています。
──旅館ですか。ホテルではなく?
ホテルではありません。旅館は、日本食や温泉など、日本ならではの文化がちりばめられた日本文化のテーマパークであり、「日本旅館」として海外に進出することにこそ意味があると考えています。
旅館といっても、例えば単に畳があって障子があったら旅館なのかというと、そうではありません。ソフト面として「日本のおもてなし」が大切です。お客様のご要望に対してスタッフ が応えるという主従関係に基づく西洋型のサービスではなく、主客対等で、お客様のニーズを満たす提案を主人が持っているのが日本のおもてなしの真髄ではないかと思います。そうした部分も含めて、旅館を体現する必要があると考えています。
──要は顧客のニーズを汲み取って、こちらから提案をしていくと。
そのために大事なのがマルチタスクです。たとえば分業制でフロントだけを担当していると、フロントで接する時間帯のお客様の顔しか見ることができません 。星野リゾートではマルチタスク制を導入することで、お客様のチェックインからチェックアウトまでの流れに沿って、一貫したサービスを提供しています。そうしてお客様との接点を増やすことで、顧客のニーズを汲み取り、期待を超える「滞在の演出」をすることができると考えています。
(写真=星のや軽井沢、星野リゾート提供)