人事のホンネ

伊藤忠商事

2023シーズン① 伊藤忠商事《前編》
YouTubeセミナーで距離縮める 多様な体験で魅力高めて【人事のホンネ】

人事・総務部 採用・人材マネジメント室 古山馨(ふるやま・かおる)さん

2021年08月25日

 人気企業の採用担当者に直撃インタビューする「人事のホンネ」の2023シーズン第1弾は、「あさがくナビ」就職人気企業ランキングで3年連続トップを続けている伊藤忠商事です。2018シーズン以来2回目の登場です。コロナ下の採用で学生との距離を縮める工夫、「6月面接解禁」のルールを守る理由とそれまでにどんな学生生活を送ってほしいと期待しているのか……などなど、今しか聞けないお話をたっぷりうかがいました。(編集長・木之本敬介)

■3年連続人気トップ
 ──伊藤忠商事は「あさがくナビ」の人気企業ランキングで3年連続の1位です。
 社員一同、本当にありがたいことだと思っています。伊藤忠商事に魅力を感じ、「行きたい会社」と思ってもらえて、3年連続トップというのはすごくうれしいことです。
 採用活動は1年区切りになりがちですが、諸先輩が築き上げたものが採用の現場に根付いていて、良いところを継承し、改善できるところは改善することができているからだと感じています。

 ──社内外の反響は?
 「採用活動頑張っているね」と評価してもらえますが、「4年連続も」という無言のプレッシャーも感じます(笑)。

■セミナー配信
 ──コロナ下で2年目となった2022年卒採用で工夫したことはありますか。
 以前なら学生はOB・OG訪問やセミナーで本社に来ていましたが、今回は面接前に来たことがある人はほぼゼロです。少しでも学生との距離を近くしたいと思い、採用担当者や社員の素の顔を届ける企画を継続的に行いました。
 力を入れたのがYouTubeによるセミナーの配信です。「選考前にどんな話を聞きたい?」「伊藤忠のどんなところを見たい?」といった質問を事前に学生に投げかけて、それに答える形で現場の社員と私たち採用担当の対談を配信しました。よく「商社って語学力が必須ですか」と聞かれるので、「入社時にTOEICの点数が低くて苦労したけれど、その後、英語力を伸ばし、駐在で活躍した」という社員に登場してもらい、自分の語学力とどう向き合ってどう伸ばしたか語ってもらいました。華やかな実績や経験ばかりでなく苦手を克服して武器に変えた経験を持つ社員なので、学生にも「語学力を心配するより自分の長所を伸ばすほうが大事なんだ」と思ってもらえたと思います。

 ──なぜYouTubeで?
 それまでZoomを使っていましたが、同時に視聴できる人数に限りがあり、見たいと思ってくれる人全員に届けたくてYouTubeにしました。学生も使い慣れていますし、スマホで気軽に見られるので、ぐっと距離が縮まったと思います。さまざまなテーマで1時間前後のセミナーを4~5月に10回以上、6月の選考が始まる前日まで配信しました。学生は就活の悩みをたくさん抱えていますが、同じ悩みを持つ人たちと一緒に質問できる空間があればある程度解消できるんじゃないかと考え、選考直前まで学生をサポートしようと配信を続けました。
 生配信していると画面上に「古山さんが伊藤忠を志望した理由を教えてください」などリアルタイムで質問がどんどん来ます。「伊藤忠の良さが伝わった」「距離が近くなった」といったコメントが多く、やってよかったと思っています。

 ──ほかにはどんなテーマを?
 伊藤忠には、失敗を恐れない、失敗を良しとする文化があることを知ってもらうために、トレードや事業投資で起きるトラブルの実例を紹介しました。商社というと、カッコいいオフィスでパリッとした服を着て、トレードや事業投資で大きな利益を出して……とキラキラしたイメージがあると思います。でも現場はトラブルだらけで、それらをどう処理して利益を守ってビジネスを積み上げるかに奔走しているのが実態なので、こういった「伊藤忠のリアルを伝える」というセミナーをやりました。「こんな泥臭いこともやっているんだ」「なんだ、あの人たちもミスするんだ」と親近感を持ってもらい、背伸びせず素の自分のままで面接に来てほしいと考えました。
 事前の打ち合わせもしましたが、答えを用意すると面白くないので、登壇する社員が困るくらい深く突っ込むようにしました。「それでいくら損したんですか?」とか。

 ──話してくれましたか?
 けっこうしゃべってくれました(笑)。視聴学生は少ないときで400~500人、内容によっては1000人を超えました。女性の若手社員による「商社における女性の活躍像」などターゲットを絞ったセミナーも人気で、アンケートを見ると非常に高評価でした。

適性検査は「WEB監視官」でフェアーに ESかPR動画が光る人には会いたい

■採用実績と女性採用
 ――採用数は例年100人強ですね。2022年卒の内定者数は?
 今回も100人程度です。文系と理系は例年通り8対2くらい、男女比は7対3くらいですね。

 ──女性採用で取り組んでいることはありますか。
 育休・産休を経て復職した人、家族の海外駐在で休職し復帰した人に登壇してもらうなど、女性向けセミナーを増やしました。女性がどんなふうに働いているのかは文字より生の声のほうが伝わりやすいですから。
 女性採用の数値目標はなく人物本位です。その結果、男女比が5対5になるならそれでいい。ただ、エントリー者と内定者での男女比はほぼ同じなので、人物本位で見た自然な結果だなと感じています。

■選考プロセス
 ──選考のプロセスを教えてください。
 2022年卒採用では1次エントリー締め切りを3月中旬、2次エントリーはその1週間後と2回に分けたところ、本エントリー数が増えました。エントリーシート(ES)提出、自己PR動画提出、適性検査がエントリー内容です。

 ──4年前に「人事のホンネ」でうかがったとき、ESは20~50字の短文をいくつも書く形式でしたが、今は?
 短文と長文の組み合わせに変えました。「チームで取り組んだ成果を教えて」は短文で、「取り組みの背景にある目的」「目標」「解決法」「成果」がそれぞれ150~300字ほどです。この五つが基本的な項目です。短文だけだと話題が多岐にわたって深く語れなかったので、少し長くして、学生がどう考えてどう取り組んだのかを見るようにしました。

 ──次にPR動画ですね。4年前の導入時は各社の走りでしたが、変更点はありますか。
 2022年卒採用までは変更はなく、1分のPR動画を出してもらいました。
 2023年卒採用では、AI(人工知能)の力を借りるかもしれません。AIが動画から学生が話している内容を分析し、その学生の本質的な能力を判断する技術が開発され、その導入を検討しています。ただ、我々もそうですが、学生の皆さんもAIに決められるのは嫌でしょうから、もし導入してもAIに完全に頼るつもりはなく、採用担当者がすべての動画を見る従来の方法は変えず、AIの情報は参考に使う予定です。

 ──適性検査はコロナ後、多くの会社がテストセンター受検から自宅で受けるWEBテストに変えました。誰が受けているか分かりませんよね。
 2022年卒採用から「WEB監視官」がつく仕組みを導入しました。カメラ越しに監視官が見ていて、画面から消える、メモを取る、第三者がいるなど禁止されている行動があると注意し、改善されなければ失格です。替え玉受験も防げるのでフェアーになりました。

 ──ESはすごくいいのに動画はアピール不足、あるいは逆のパターンだとどう判断しますか。
 ESではいいことを書いているのに動画で全然しゃべれない学生は、動画慣れしていないのか、緊張しやすい性格なのか、1分では判断がつきづらいですね。ESの内容は濃くないのに動画がめちゃめちゃいいというタイプもいます。人前で話すのはうまいけど、海外経験が長くて日本語の文章を書くのが苦手かもしれません。ESか動画のどちらか光るものがある人には会って確かめたい。そこで、可能な限り多くの学生に会えるよう、1次面接の枠も増やしました。

就活は早まりすぎ 4年生の頭に生き様見せて

■面接時期
 ──面接は本当に6月1日からなんですか。
 はい。6月1日以降にしか選考・採用をしていません。それまではひたすらセミナーを開き、会社のアピールをする段階です。

 ──今の新卒一括採用のルールが続く限り「6月1日面接スタート」は変えない?
 正直に言うと、イエス&ノーです。6月一括選考の良さがある一方、通年採用や違う形式での採用にも良さがあるはずです。6月一括選考を大前提に考えることはありません。学生の負担はどうか、どのタイミングが学生にはうれしいのかを考え、「6月から面接をするのがいい」と判断した結果です。面接で実力を出して自分の思いをもっとも伝えられるのは、学生が就職活動の自己分析や面接対策で円熟した6月ではないかと考えました。2023年卒採用でもルールにとらわれず、常に考え続けたいと思います。

 ──学生に人気の総合商社が「6月面接スタート」を変えないことで就活が長期化している面もあります。
 そういう考え方もあるでしょうが、むしろ今は早く始まり過ぎではないでしょうか。ほとんどの学生が3年生から就活に臨むと思いますが、3年の夏に自分のことを話そうと思っても、まだ2年ちょっとしか学生をやっていない段階です。さらに「2年の夏からインターンに行かないとダメ」みたいな風潮もあります。そんなことやめて、自転車で日本一周するとか、田舎に行って農業をやるとか、本を読んで映画を観て物思いにふけるとか、人生経験を積む時間をもっととってほしい。その経験を携えて「私の二十何年間の人生はこうでした、これからこうなりたい、だからこの会社で働きたい!」と4年生の頭に自分の生き様を見せてほしいんです。少しでも多く大学生ならではの体験をし、いろんなことに時間を使って人間的な魅力を高めて就活に臨んでほしいと思います。

■WEBと対面
 ──面接の回数と形式は?
 3回程度です。基本は「WEB→対面→対面」でしたが、「2次面接も対面は避けたい」「コロナ下の東京に行くのは不安」という地方の学生もいたので柔軟にWEBで対応しました。ただし最終面接だけは必ず対面にしました。やはり、顔、表情、仕草を含めて見ないと伝わらないことがあるので。

 ──それぞれ重視するポイントは?
 1次は能力や思考性を見て、伊藤忠で働く能力があるのか判断します。それ以降は同じ要素をより深く見た後、最終的にはカルチャーフィット、会社への適性を判断します。

 ──WEB面接は2年目でしたが。
 画面をつけるとそこに人がいて、画面を消したら「はい、さようなら」……。WEBはそこが難しい。対面ならドアを開けたところから閉めて出て行くところまで、息遣いや緊張感も感じられます。
 一方でWEBは距離や時差にかかわらず話せるので、海外や地方の学生の面接がしやすくなりました。来年以降も、何らかの形でWEB面接を使うと思います。

 ──夏採用もありますね。春と夏の採用比率は?
 夏採用は6月締め切り、7月選考です。年によりますが、春が9割強、夏が1割弱です。
後編に続く)

(2018シーズン「人事のホンネ」伊藤忠商事 個性豊かな社員、会社と仕事に誇り 求めるのは「やり抜く力」こちら

(写真・山本倫子)

みなさんに一言!

 「ガクチカ」に縛られてほしくありません。それより人生で何を大事にしてきたのか、人生の軸は何かを見てほしい。よく「体育会系の部活をやっているほうがいいんですか」「海外留学をしているほうがいいんですか」と聞かれますが、我々はその選択をした経緯、成し遂げる中で得た経験、身についた人間性を見ています。結果より過程に目を向けてほしいですね。部活に入らない、留学しないという判断をしたなら、そこで大事にしたかったものは何なのか。だから自己分析が大事です。最近2~3年と向き合うんじゃなくて、二十何年間の人生で自分が何を大事にしてきて、何をやりたいのかと向き合ってほしい、それが分かれば社会人になって企業で何をして、社会にどう貢献したいのかが分かると思います。
 面接は必ずしも企業が学生を選ぶだけじゃなく、学生のみなさんが企業を選ぶ瞬間でもあります。自分が企業を選ぶと認識することで、より対等でより良い会話が生まれると思います。「選んでもらう」と思うと、カスタマイズした自分になってしまいます。就活は、自分と会社が本音をぶつけ合い、お互いが評価し合い、響き合って行く先が決まる世界だと思ってほしい。だから素の自分で勝負してください。そして、何より楽しんでほしい。僕も今年、たくさんの学生の皆さんと出会い、刺激をもらうことを楽しみにしています。

伊藤忠商事

【総合商社】

 伊藤忠商事株式会社は、1858年初代伊藤忠兵衛が麻布の行商で創業したことにはじまり、一世紀半にわたり成長を続けてまいりました。 現在は世界62ヶ国に約100の拠点を持つ大手総合商社として、繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食料、住生活、情報、金融の各分野において国内、輸出入及び三国間取引を行うほか、国内外における事業投資など、幅広いビジネスを展開しております。