人事のホンネ

武田薬品工業株式会社

2020シーズン【第4回 武田薬品工業】(後編)
薬は「患者さんの希望」 最も大切なのは「命の大切さ」への理解

ジャパンファーマビジネスユニット 人事部課長代理 樋口淳(ひぐち・じゅん)さん

2018年10月23日

 「人事のホンネ」2020シーズン第4弾、武田薬品工業の後編です。世の中には多種多様なメーカーがありますが、製薬会社には他とは決定的に異なるポイントがあります。人の「命」を左右する仕事だという点です。だから、面接ではとくに志望動機を重視するそうです。(編集長・木之本敬介)
(前編はこちら

■説明会とES
 ──選考本番のスケジュールは?
 経団連の指針にのっとっているので、3月1日から説明会、6月1日から面接です。学内説明会は人事部だけでは回りきれないので、今年は各地のMRにも行ってもらい、全国の約50大学に行くことができました。現地のMRに協力してもらうことで、採用担当の予定が合わない日程でも当社や製薬業界について説明できるうえ、担当したMRにも刺激になったのか、みんなモチベーションを高めて帰って来ました。

 ──「MR・総合職」のESの内容を教えてください。
 志望理由、ガクチカ(学生時代に力を入れたこと)とオーソドックスです。質問項目を増やすと学生の負担になるので、主に面接で聞く部分だけに絞っています。ただ、ビデオエントリーは学生の志望度や強みなどを見ることができる貴重な情報源なので、次回は本選考でもビデオエントリーを導入するか検討しています。

 ――「英語力」の欄は重視しますか。
 専門職ではビジネスで英語を使うことも求められるので大事なスキルです。一方、MR職は英語力の欄が未記載でも、また苦手だからという理由で不合格にすることはありません。得意だと英語論文や海外の医学・薬学情報を集められるため武器になりますが、日本の医療関係者と面談する仕事なので急に「ハロー」と話しかけたら心配されてしまいます(笑)。

 ──適性検査は大事?
 大事ですが、あくまで参考資料の一つとして利用しています。前回は、成果を創出する能力やストレスに対処する行動特性、チームでシナジーを生み出すことができる力、判断推理力などさまざまな側面から、学生の強みを見ました。誰しも多少は自分を良く見せたいと思いますが、行き過ぎると回答に一貫性がなくなり、「虚偽傾向」があると判断される恐れがあるので、直感で回答することをお勧めします。

■面接
 ──面接はどんな形式ですか。
 前回は3回の面接を行いました。1次は50分間のグループディスカッション(GD)で、1テーブル6人くらいでテーマを二つ与えます。20分ずつ話し合い、発表してもらいます。テーマは一つが医療に関すること、もう一つは一般的なテーマです。たとえば医療系では「『最後の10年を、最高の10年に』そのためにMRとして、何ができるか?」、一般的テーマでは「従業員にとって『世界でもっとも幸せな会社』とは、どのような会社か」といった内容です。すぐネット上で情報共有されてしまうので、テーマは毎日変えました。

 ──その後の面接は?
 2次は1対1で30分間。志望理由の深さや学生時代に力をいれたことを中心に、主体的に何を成し遂げてきたのか、その人の強みやコンピテンシーなどを確認します。
 3次が最終で、幹部クラス2人対学生1人で30分間くらい面接し、総合的に判断します。

 ──面接のポイントは?
 志望動機をじっくり聞きます。とくに薬学部以外の学生の場合、数多くある業界のなかでどうして製薬業界なのか、その中で「なぜ武田なのか」を聞きます。
 幼少期に大切な誰かを亡くしたとか、自分が病気になったとか、「医療」「命」に対して特別な思いを持つ人も少なくありません。社会貢献がしたい、人の役に立ちたいという人も多いように思います。

 ――重い体験ですね。
 そうですね。病気に苦しむ人の気持ちを理解していること、命の大切さを理解していることは、当社の従業員にとって最も大切なことです。その意味では、「とりあえずメーカー志望で……」という人とは違い、患者さんのために貢献したいという想いがあるなら、入社後のミスマッチは少ないと考えています。

 ──MRは医師を相手にいろんな話をしなければなりません。ニュースへの関心は大事ですか。
 大事だと思います。面接で問うことはありませんが、たとえば新聞などでニュースを理解している人と知らない人の差は感じることがあります。文理系の夏インターンでは「製薬を一から学びにきた」という人と、「医療や行政の動き、業界についてここまで知っているのか」と驚かされる学生がいて、大きな差を感じました。そのようなニュースを知っている人はGDでもリーダー役になるなど、一歩先んじている印象がありますね。

働き方改革進み「ママさんMR」も100人

■求める人材
 ──求める人材は?
 患者さんのことを第一に考えることができ、「誠実・公正・正直・不屈」の「タケダイズム」を体現できる人です。当社の商材は、人の命にかかわる医薬品です。別の商材なら「売れればいいや」ということがあるかもしれませんが、我々は「患者さんのためにできることは何か」を真剣に考えなくてはいけません。
 医薬品は患者さんにとっての希望です。研究・開発部門なら常に「病に苦しんでいる患者さんに革新的な医薬品をもっと早くお届けするために何ができるか」を考える。MRも「この情報を医療関係者に届けることで、この地域の患者さんのお役に立てるかもしれない」と考えて仕事をします。逆に、自社製品が適していない患者さんにその医薬品が届いてしまう可能性があるとき、売り上げが伸びるからと黙っていてはいけません。「売れればいい」という考え方は非常にリスクが高く、「使い方によっては薬にも毒にもなるものを扱っている」という認識が必要です。
 こうした自覚を持ったうえで求める人材となると、「自ら考えて行動し、どんな状況でも前向きにチャレンジできる人」など、リーダーシップがある人はとても魅力的ですね。リーダーはグループの中で1人かもしれませんが、リーダーシップは全員が取ることができます。入社2年目の若手でも、上司に「このやり方より、こうしたほうがいいんじゃないですか」と意見を出したり、頼んでもいないのに「私がやります」と自分から一歩先に出てくれたりすると頼もしく思います。

 ──女性のMRが多いとは意外でした。
 私が入社した2004年当時も男女半々でしたが、女性が活躍し働き続けている実態をもっと伝えていきたい。MRは「忙しい」「大変」というイメージを持たれるケースがありますが、「働き方改革」が進み、5年前と比べてもがらりと変わりました。「働く時間や場所ではなく、成果で評価する」意識をトップダウンで徹底するだけでなく、ボトムアップでも取り組んでいます。各職場でワークショップを開き、「仕事が半分になり、時間ができたら何をしたいか」といったワクワクするテーマから入り、そうした働き方を実現するためにも今の仕事で見直すことはないか、棚卸ししました。各職場にあまり価値を生まないルーティン作業があると分かり、それを削って個人の時間を生み出しました。新たな趣味を始めたり、もっと子どもや地域に関わったり、プライベートな時間が豊かになることで各自の成長だけでなく、知らない世界を持ち寄ることで組織としての多様性も進み、それが新たなイノベーションの源泉になると思います。

 ──「ママさんMR」も多い?
 研究所施設内に保育園があるなど、内勤や研究職の社員は子育てしながら働きやすい環境が整っていたのですが、全国各地で働くMRについても取り組みが進んでいます。出産・育児のための休暇制度や短時間勤務の充実、早期復帰を支援するコンシェルジュサービス……、5年ほど前から営業車に子どもを乗せてよくなり保育園の送り迎えもできるようになるなど、働きやすい環境づくりに取り組んできました。「ママさんMR」は現在100人ほど。「中抜け勤務」制度もあり、2時間仕事を抜けて髪を切りに行ってもいい。一人ひとりのパフォーマンスが一番上がる働き方を考えています。当社は男性の育児休暇取得率も高く、昨年度は50%を超えました。

■社風
 ──どんな会社ですか。
 堅くて歴史を重んじるイメージを持たれることがありますが、実は初めてのことや新しいことにチャレンジしてきた会社です。日頃から岩﨑取締役が「真っ白なキャンバスがあったら必ず最初に筆を入れよう」と話しているとおり、我々が思い描く日本の医療、世界の医療のあるべき姿を実現していこうと真剣に考えている人が多い会社だと思います。
 日本発祥の企業ですが、もう「グローバライズド」な多国籍企業です。日本では少子高齢化に伴い社会保障費が増加し続けるなか、医療や医薬品にかけられる費用も限られ医療用医薬品市場が大きく拡大するのは難しいかもしれませんが、世界ではまだまだ拡大します。世界の人口は増加し続ける一方、医薬品があれば助かるのに適切な医療を受けられずに命を落としてしまうこともあります。一日でも早く適切な医療を受けられるよう、私たちは「sense of urgency」を持って仕事をしています。

痛みで眠れなかった患者さんがぐっすり 社会貢献を実感

■樋口さんの就活と仕事
 ──樋口さんはどんな就活を?
 私が薬学部に入ったのは病院薬剤師をやりたいと思っていたからで、在学中はぼんやりとそうなると思っていました。ただ、就活の時期になり、本当は何をしたかったのか考え直しました。人と接することが好きなことに気づき、製薬企業に興味を持ちました。製薬企業に就職した大学の先輩や、就活中に出会った人事の人がキラキラしていて「かっこいい」と思いました。それからは製薬企業に絞って活動し二十数社受け、第1志望だった武田に入りました。

 ──入社後の仕事について教えてください。
 東京生まれの東京育ちですが、研修で大阪に行き、最初の勤務地も大阪でした。大阪でMRを6年間、その後は労働組合の専従者として4年間働き、今の人事部へ異動になりました。

 ──印象に残っている仕事は?
 新入社員時代のMRの仕事です。導入研修後、大阪市内の基幹病院の担当になりました。他社は30代、40代のベテランMRばかりで、新人の私に何ができるのだろうと考え、卒業したばかりの私が50代の医師とどうやって人間関係を築くのか、信頼関係を築いていくのか、壁にぶち当たっていました。「先生、阪神が勝ちましたね」と野球の話題を出してみても、「勝ったけど、何や?阪神ファンなんか?」「いえ、違います……」と、まったく話が盛り上がらず撃沈することも(笑)

 ――どう突破したのですか。
 当社が扱っているがん性疼痛(とうつう)に使われている鎮痛薬があります。処方されている医師に会いに行くと、「よく来てくれた」と迎えられ、私と同い年ぐらいの末期がんの患者さんがいらっしゃることが分かりました。先生は疼痛コントロールに苦慮されており、いろいろとアドバイスを求められたので、がん疼痛の薬物療法に関するガイドラインなど、患者さんに合わせた情報提供を行いました。私の提案は結果的に自社の医薬品を減らしてもらうものでしたが、その患者さんにとっては有効だとお伝えしたところ、そのとおりに治療することに。これまであまりの痛みにまったく眠れず、一晩中身体を起こしたまま涙を流していた患者さんが、その日はぐっすり眠れて「先生、ありがとう」と言われたそうです。先生から「樋口くん、ありがとうね」と言われました。涙がこみ上げるぐらい嬉しかった経験です。ただ一人前になれるようがむしゃらに働いていて視野も狭くなっていたと思いますが、その経験で初めて患者さんのお役に立ち、社会に貢献できているんだと胸を張って言えるようになりました。
 その患者さんは亡くなられたのですが、その後も医師との信頼関係は続き、さまざまな場面で私を応援してくれました。人と人がつながって仕事があることを実感しました。売り上げは減りましたが、むしろ「患者のための行動だ」と社内で表彰されました。

(写真・岸本 絢)

みなさんに一言!

 誰しも人生でキャリアの節目がありますが、就活は間違いなく大きな節目です。昔より転職が身近な時代になったので、入社してから人生を考えるという人もいるかもしれませんが、大事なキャリアの節目のときこそ、後悔がないようにじっくりと考えてほしいと思います。
 友だちから聞いた情報も参考にはするものの鵜呑みにせず、自分の目で見て、足を使って情報を集めてほしいと思います。「自分はどんな人間か」「何がやりたいのか」を突き詰めてほしいですね。もちろん製薬業界に興味を持ってもらえれば嬉しいですが、あなたが天職だと思える仕事に出会ってほしいです。ぜひあきらめずに頑張ってください。

武田薬品工業株式会社

【医薬品】

 タケダは、230年を超える長い歴史の中で培われた普遍の価値観である「タケダイズム(誠実・公正・正直・不屈)」を行動指針とするとともに、四つの重要事項である「患者さん中心(Patient)」、「社会との信頼関係構築(Trust with Society)」、「レピュテーションの向上(Reputation)」、「事業の発展(Business)」をその優先順位に従って考えることで、「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」というミッションを追求しています。