人事のホンネ

伊藤忠商事株式会社

2018シーズン【第11回 伊藤忠商事】
個性豊かな社員、会社と仕事に誇り 求めるのは「やり抜く力」

人事・総務部 採用・人事マネジメント室長 甲斐元和(かい・もとかず)さん

2017年05月08日

 企業の採用担当者に直撃インタビューする人気企画「人事のホンネ」。2018シーズンの第11回は、人気の総合商社の中でも「非財閥系」として異彩を放つ伊藤忠商事です。2016年度には、三菱商事を抜いて「総合商社首位」になり話題になりました。働き方や採用方法でも常に新しい試みをしています。いったいどんな学生を求めているのか。根掘り葉掘りうかがいました。(編集長・木之本敬介)

■採用人数
 ――採用実績を教えてください。
 総合職は、2016年度は141人(男性124、女性17)が入社しました。女性比率は約12%。文理別では文系が122人、理系が19人。学部卒が131人、院卒が10人です。業務拡大で前年より10人ほど増やしました。
 2017年度入社は143人。男性121人、女性22人で、女性比率は15%です。文系120人、理系23人。学部卒が130人、院卒が13人でした。
 女性の総合職採用は、同業他社も15%から20%くらいですね。
 事務職(一般職)は、2016年度で12人採り、2017年4月入社は7人です。全員女性です。

 ――他の業界に比べると女性総合職が少ないのは、商社の仕事の事情でしょうか。
 もともと商社ビジネスはBtoB(企業間取引)中心であったこともあり、業界全体の傾向としても男性比率が高かったと言えます。1986年に男女雇用機会均等法が施行された後、弊社でも1989年から女性総合職の採用を始めましたが、しばらくは毎年5人前後と少数でした。
 そのような商社もBtoC(消費者向け)ビジネス(いわゆる「川下分野」)を広く展開するようになり、女性が活躍できる現場も徐々に広がってきたのではないかと思います。たとえば弊社は1998年2月にファミリーマートに投資していますが、これはその分かりやすい例の一つですね。もともと弊社は繊維や食料などの生活消費分野に強みをもっており、ここ数年はさらにその動きを加速させ、戦略的に非資源分野への注力度合を増していますが、こうした会社全体の動きも少なからず人材の多様化(ダイバーシティー)の背景になっていると思います。

 ――ダイバーシティーはいつごろから?
 取り組みをスタートしたのはかなり早かったと自負しています。他社に先駆けて、2003年に「人材多様化推進計画」を経営会議で決定したうえで5カ年計画を始めました。企業の持続的発展のためには「組織としての多様性が不可欠」との認識のもと、性別・国籍・年齢を問わず多様な人材を確保し活躍を支援することで企業の競争力を高めるための計画です。とくに女性の活躍支援を重点的に推進し、5カ年計画を2回、計10年間進めました。これにより女性の数は一定数まで拡大し、定着・活躍支援のための制度も整備されました。
 現在では女性の増加・職域拡大に伴い、個々人が直面する現場の状況や悩みも多様化しているため、一律の制度による支援に加え、「げん・こ・つ改革」を展開中です。現場の「げん」、個別支援の「こ」、つながりの「つ」の頭文字をつなげたものです。「現場」に根ざした血の通った「個別」支援であり、会社と常に「つながり」を持つという意識の醸成を図るものです。たとえば、育児休業中も会社との「つながり」を意識して、スキルアップに取り組んだり、職場と連絡を取ったりしてスムーズな復帰を目指してもらっています。

 ――数値目標はありますか。
 はい。女性の活躍支援にはさらに注力し、総合職に占める女性の割合を現在の9%から2020年度末までに10%超にするのが目標です。管理職に占める女性の割合も、現在の6%から2020年度末までに10%超にすることを目指しています。
 毎年の女性の新卒採用数に定量目標は定めていません。採用後の定着が課題と考えます。働きがいを持って会社に貢献し続けられるような環境を整備するという観点から、出産・育児関連の支援制度は法律で求められている以上のレベルで用意してきました。一方で、商社で働くということは華々しいことばかりではなく、「厳しさ」が求められる業界でもあります。採用の段階でも、仕事の厳しさをきちんと伝えたうえで「商社で働き続ける覚悟を持った方に来てほしい」というメッセージを出しています。

 ――「厳しさ」とは?
 入社後8年間は教育期間としてじっくり指導・教育をしていきますが、処遇体系は成果主義で、「かけた時間」ではなく「アウトプットの質と量」で評価されます。また、商社では「海外駐在」が重要なキャリアパスとなりので、女性は結婚、出産といったライフイベントと、自身のキャリアの両立をどのように図れるかが一つの分かれ道になりますね。
 対策の一つとして、女性総合職に「子女のみ帯同」を支援する制度を設けています。父親は日本で働き、母親である社員が子どもだけを連れて駐在する形です。既にニューヨークに赴任した実績があります。

 ――内定者にはどんな女性が多いのですか。
 留学していたり、アフリカやアジアでも発展途上国の貧しい国で何か活動を行っていた人、あるいは体育会だけでなくいろいろなクラブ活動、学内活動で成果を上げたり、ゼミや研究室での勉強を必死に頑張ってきた人など、自分の好きな分野の何事かに注力して、失敗や壁に直面してもそれを乗り越え、最後までとことんやり抜いてきた、やり切ってきた経験を持った人が多いですね。これは男女の別なく言えることだと思います。

センス問われる短文のES 限られた文字数で自分の考え表現して

■エントリー
 ――エントリーの状況を教えてください。
 2016年卒採用はプレエントリーが約2万2000人。2017年卒採用は約1万9000人でした。本エントリーは2016年度約6800人、2017年度は約7400人です。

 ――2018年卒の採用スケジュールは?
 合同企業説明会や大学での説明会に加えて、3月中旬から5月に自社セミナーを開き、6月に面接開始です。

 ――自社セミナーはどんな形式ですか。
 2017年卒採用では、大規模なセミナーを東京と大阪で開いたほか、いろいろな部署の社員に来てもらってブースをいくつか回る座談会形式のセミナーも数多く行いました。1回50~100人くらいのセミナーを3週間ほど続けました。

 ――すぐ満席になって、なかなか参加できないのでは?
 座談会形式のセミナーは、伊藤忠の「I」をとって「I-CIRCLE」と呼んでいます。これまではI-CIRCLEと大規模セミナーに注力していましたが、より伊藤忠のことを理解してもらうべく、2018年卒採用では、「海外駐在経験者編」「女性限定編」「ディビジョンカンパニー別編」「経営経験者編」のテーマ別の中規模のセミナー(通称「I-SERIES」)もスタートし、学生が応募しやすい体制にしています。

■インターンシップ
 ――インターンシップについて教えてください。
 2016年は、11月下旬に大阪、12月上旬に東京で行いました。参加者はそれぞれ約50人ずつで、期間は5日間です。応募者は約1200名で、書類選考と面接を行いました。

 ――どんな内容ですか。
 大きく四つのことをやってもらいました。一つ目は座学で、商社のビジネスモデルや伊藤忠の歴史を学びます。
 二つ目は事業経営を経験した社員や海外駐在経験者との座談会。
 三つ目はケースワーク。伊藤忠のビジネスの具体例を取り上げ、問題を解きます。グループで議論して発表したあと、「実際にはこうしました」とタネ明かしをします。インドネシアで手がけている地熱発電ビジネスなどをテーマにしました。勉強になったようで参加者アンケートの評判もかなりよかったですね。
 最後に四つ目としてグループワークです。新規ビジネス提案をテーマにグループワークをしてもらい、社員に対してプレゼンをしてもらい、順位づけもしました。

 ――インターンに参加すると採用で有利ですか。
 採用で優遇されることはありませんが、5日間、第一線で活躍する社員の話をたくさん聞け、社風を存分に感じることができます。また、商社ビジネスの醍醐味を追体験し、社員が大事にしている価値観を体感できますから、「商社で働くこと」に関する理解が深まる、という意味で大きなメリットがあると思います。

■ESと動画
 ――エントリーシート(ES)の中身を教えてください。
 短文形式で15問程度です。一項目20字から長くても50字。ひと言ひと言、答えていくような感じです。数年前から短文回答形式に変えました。

 ――最近のESは400字とか、中には一項目800字書かせるものもある中、珍しいですね。
 弊社もかつては100字や200字と書いてもらっていましたが、せっかく一生懸命書いてもらっても読める量にも限界があります。しっかり読みこめないものを課すのはおかしいし、短くしても学生のことが見えにくくなってはいません。

 ――短文にした効果は?
 今はパソコンで文章をコピペできるので、実は長文を書いてもらうことにあまり意味がない。手書きの時代なら熱意を測れたかもしれませんが、今はWEB提出ですから。それより、文章を短くまとめるのも一つの力だと考えます。限られた文字数の中で自分の考え、言いたいことをいかに表現できるか。長文で書くほうが簡単で、短文にまとめるほうが実は難しい。あまりテクニック論に走ってほしくないので多くは語りませんが、たとえば、全部書かず、「面接でここを聞いてもらいたい」とあえてキーワードだけを書く学生もいます。ESを読む側の心に引っ掛かるように、「これは何だろう、聞いてみたい」と思わせるようなものもあります。

 ――目に留まらないと、「何だ、これは」となりそうですね。
 センスなりバランス感覚が問われますね。質問としては、「あなたの強みは何ですか」「弱みは何ですか」「あなたの信念は」といった普遍的なものが多いです。
 ほかには、志望理由や、「どんなときにストレスを感じますか」「どう対処しますか」「コミュニケーションを取るときに気を付けていることは」といった内容です。

 ――判断基準は?
 ESも面接も、「やり抜く力」「信頼関係構築」「チームワーク」「自己の統制」「コンプライアンス」「チャレンジ精神」などを見ています。評価項目は、弊社の若手社員を評価するときの項目と同じです。「大学時代のゼミの名前」「体育会やクラブ活動の名前」「クラブ活動での役職」という具体的項目もあるので、合わせ技のような感じで、うまく表現してもらえればと思います。

 ――とくに重視するポイントは?
 「やり抜く力」です。若手社員の評価項目でも一番上に置いています。若手に限らず、社員の評価項目も15年ほど前に見直しました。「伊藤忠リーダーシップモデル」といって世界中の社員に求める資質をいくつかのキーワードにまとめたものです。その最初の項目も「やり抜く力」です。
 経営者層でも若手レベルでも、とくに困難な場面に直面したとき、何が何でもやり切る、結果を強くコミットし、努力することが一番求められます。英語で「GRIT(やり抜く力)」という言葉もありますが、情熱や最後まであきらめない粘り強さがビジネスの世界では勝負を決する鍵となります。

 ――なぜ「やり抜く力」が大事なんでしょう?
 弊社は、単体の社員数が約4300人で5大商社の中で一番少ない。つまり、一人ひとりの能力・生産性が求められます。何としてでも結果を出す、という「覚悟」が胆なんです。覚悟の片鱗を感じさせてくれる学生を「ダイヤモンドの原石」として採用したい。こうした覚悟は、過去の経験を通して培われた価値観であり、入社してから身につくものではない。そこで、既に学生時代にそうした経験を積み、かつそうした感覚・価値観を大切にしている人と一緒に働きたい、ということです。
 私どものコーポレートメッセージは「ひとりの商人、無数の使命」。目指している人材像として、「商人」というキーワードを挙げています。伊藤忠の発祥は「近江商人」。世界を股にかけた華々しい仕事をするエリート商社パーソンを目指しているというより、もっともっと泥臭く、お客様のもとに足しげく通って、お客様自身も気付いていないニーズ・課題を探り出し、それに対するソリューションをとことん考え抜いて提供すること。そのためには、一つひとつ努力を積み重ね、その姿を示すことを通じてお客様との信頼関係を構築することが大事なんです。

 ――ESからどう読み取りますか。
 学生時代の経験ですね。学生の場合、勉強、留学、クラブ活動など何でもいいので、とことん根を詰めてやり抜いたかどうかです。当然壁にぶつかることもあるでしょう。それをいかに乗り越えて成長してきたか。「物事をやり抜いた経験」がある人が一番ほしいと思っています。

 ――2018年卒採用から動画も活用するそうですね。
 1分間、自分が語るところを撮影した動画を2本提出してもらいます。テーマは、自己PRと「伊藤忠に入ってやってみたいこと」です。1分間でまとめる力と、目の力や声のトーンなどを含め、「思いを人に伝える力」なり熱意なりを測れる、と考えています。

 ――書類選考から面接に進む率は?
 例年、半分くらいですね。テストセンターでの筆記試験の結果とES、2018新卒採用からは動画の内容を合わせて評価し、面接に進んでもらいます。

求む「商人」の原石…勝ち負けにこだわってビジネスをしたい人来て!

■面接・作文
 ――面接の形式を教えてください。
 基本は3回、1次は学生2人と社員2人で、20分から25分ほどです。最終は役員クラスも含めた面接官3人から5人対学生1人で、30分くらいみっちり話します。

 ――2対2は珍しいですね。2人だと優劣がはっきりしすぎませんか。
 どちらかが○で他方が×というわけではありません。両方受かる場合も、逆に両方落ちてしまう場合もあります。全体で同じ基準で見ています。
 2次はグループディスカッションです。20~25分で議論し、グループの結論を発表してもらいます。2016年は1グループ4人でした。「次回、オリンピックを開催するのはどこがいいか」「世界に発信すべき日本の文化を何か」といった正解のないテーマを出しました。

 ――どこを見ますか。
 振る舞いですね。メンバーの意見を取り入れながら、自分の意見をうまく出せるか。求める人材像の一つに「チームワーク」があります。商社のビジネスはチームで動くことが多いので、「個の力」を前提としながら、チーム戦ができるかも見ています。
 2次では作文も課していて、20分ほどで300字程度書いてもらいます。

 ――作文の狙いは?
 まずは基本的な日本語能力を見るためです。英語力も求めますが、日常の仕事は日本語ですから。海外からの留学生にも、ある程度の日本語能力が求められます。

 ――どんな学生が印象に残りますか。
 お仕着せの言葉ではなく、自分の言葉で語れる人が輝いて見えますね。これまでの人生経験で培われた価値観と、今後の人生でやりたいことがきちんと結びついているか。そしてそれが弊社の価値観と重なり合う部分はあるのか。それを見ています。

 ――逆に残念なケースは?
 近年は「社会貢献をしたい」という学生が多い。それはいいのですが、我々が求めている「商人」の原石はまず「ビジネスをやりたいか」が基本となります。
 社内に「稼ぐ」「削る」「防ぐ」の頭文字、「か・け・ふ」という標語があります。まずは勝ち負けにこだわってビジネスをしたいという人にぜひ来てほしい。稼げなければ早晩その事業は立ち行かなくなります。稼ぐことでその事業を持続可能なものとし、長期間にわたって社会に還元・貢献していく。優秀な学生でも、厳しい局面に立つこともある環境で生き残っていけるかという観点から、内定に至らなかったケースもありました。

 ――商社は体育会出身者が多いイメージがあります。
 体育会出身者は4割ほどです。逆に言うと、6割が非体育会ということです。私自身も体育会系ではありません。もちろん、体育会出身者には「やり抜く力」「体力・精神力面からのタフさ」「チームスピリッツ」などの面でビジネスに高い適応力を持っている人がたくさんいます。一方で、商社のビジネス・商社に求められる機能が高度化しているのも事実で、「地頭の良さ」や「コミュニケーション能力」が高いタイプの学生も同時に求めています。

 ――面接でニュースや時事問題について聞くことは?
 ありますね。好奇心を持ってアンテナを高く張ることは商社パーソンにとって重要な資質です。最近では、トランプ米大統領や英国のEU離脱などについての考え方について質問したこともありました。正解がない問いなので、答えの内容もさることながら、その場で考えて自分の言葉で自分の意見を話せるかを見ています。細かい知識は求めませんが、「まったく興味も関心もない」のは困る。ただ、弊社に来る学生は基本的に新聞は読んでいますね。

■配属
 ――内定と同時に配属先が決まる人もいるそうですね。採用枠は?
 採用人数枠は設けていませんが、実績は例年15人程度です。採用方式として、「配属先決め採用」と「一般採用」があって、大半は「一般採用」ですが、「どうしても繊維をやりたい」というような学生は「配属先決め採用」で受けてきます。
 たとえば「繊維カンパニー」の配属先決め採用を希望する学生は、弊社以外では他商社ではなくアパレルメーカーを受ける。「機械カンパニー」の配属先決め採用を希望する学生なら、自動車メーカーやプラントメーカーを受けるというケースが多いです。
 ES提出時にどちらかを選び、途中では変えられません。配属先決め採用の場合、希望するカンパニーの社員が面接して「カンパニーとしてほしい人材か」という視点で見ます。

 ――導入した理由は?
 お陰様で商社の就職人気は高いのですが、「どこに配属されるか分からない」ことをリスクと感じる学生もいます。最初に配属された分野で長く働くことが多いためです。配属先を指定して応募すればそのリスクを回避できます。面接ラインを特別にアレンジしなければならず、ひと手間かかるわけですが、学生目線に立つとこれも「あり」だと思っています。経営戦略、人材戦略、社風などの面で他社と差別化を図るのは当然ですが、採用方式でも差別化を図る。これも弊社の強みの一つと考えています。
 
 ――競争率はどちらが高い?
 「配属先決め採用」は応募者自体がそれほど多くないこともあり、「一般採用」と競争倍率に大きな差はありません。「どうしても行きたい」カンパニーが一つに絞れていないのであれば、一般採用を勧めています。

■働き方改革
 ――伊藤忠の「朝型勤務制度」は衝撃的でした。「超忙しい商社で20時退社できるの?」と思いましたが、現状はいかがですか。
 20時以降は原則残業禁止、22時以降は禁止です。いま20時以降に残っている社員は5%くらいしかいません。
 2013年から実施していますが、残業代のほか、光熱費やタクシー代も減りました。経費削減が目的ではありませんが、経費が減ったうえに業績も上がり、効率的な働き方が実現しています。
 代わりに半分近い社員が朝8時前に出社します。社員通用口の地下1階は7時半から7時50分ごろが一番混みます。私もそのころ出社します。5時半起きですが、遅くまで残業しないので楽ですよ。かつては私も絵に描いたような夜型人間で、導入されたときは海外にいたこともあり正直「うちのような会社でうまくいくのかな」と思っていました。でも、やってみると実に合理的で効率的です。夜、ダラダラと残業すると体にも頭にも悪いし、昼間の効率も落ちます。朝早く来ると、始業時間の9時まで集中して仕事ができ、午前中を長く有効に使えます。

 ――海外との取引に影響は?
 「案ずるより産むがやすし」でした。会社が重点的に攻めようとしているアジア諸国は、時差が1時間ほどでほとんど影響はありません。欧州も、向こうの朝がこちらの夕方ごろだからとくに支障はない。問題は北米でしたが、時差が13~14時間でちょうど半日逆転しているので、どちらかが少しだけ残るか、朝早く来れば会議もできます。
 ただ、為替関連などの部署では24時間世界のどこかでマーケットが開いているので、個別申請して20時以降も残業しているケースがあります。

 ――社員寮を新たに建設するというニュースがありました。
 350人の独身寮を東急電鉄日吉駅前に建てています。ジムやサウナ付きで、食事は管理栄養士が考えるなど健康に配慮した設備を計画しています。目的の一つはコミュニケーションの促進です。同期の横のつながりはありますが、縦や斜めも強くしたい。他のカンパニーや部署の先輩後輩との接点があまり多くないので、寮内で交流が深まることを期待しています。

「個の力」で競合他社と勝負

 ■社風
 ――伊藤忠商事って、どんな会社でしょう?
 社員が本当に個性豊かです。人のタイプや仕事の進め方では様々なバリエーションの社員がいますが、仕事が好きで自分の所属する組織や伊藤忠という会社全体に対して誇りを持っている点は共通しています。勝ち負けにこだわってやり続ける、いい意味でしぶとい社員が多いとも感じます。お互いの強みはどんどん生かし、弱みはチームで補い合って組織力を上げていくことを共通の価値観として持っている会社だと思います。
 社員の意識調査では、「会社に対する誇り」の点数が非常に高い。ほぼ全ての項目で日本企業の平均値を上回っています。

 ――「人の三井、組織の三菱」と言われます。他の総合商社との違いは?
 「個の力の伊藤忠」でしょうか。強みは生活消費分野であり非資源分野です。一つひとつのビジネスは資源ビジネスに比べて商売のロットが小さい。それぞれのお客様との信頼関係を築き、10銭20銭の稼ぎを積み上げて、3000億円の利益を産み出しています。「現状維持は、即、衰退を意味する」と考えています。
 強力なグループ会社がある財閥系商社は手堅いビジネスをしやすいが、弊社はグループを構築している途上というイメージ。現状維持では負けるので、一つひとつの積み重ねが大事です。泥臭い努力をいとわず、財閥系とは違うやり方でトップを争うことにやりがいを感じます。「このやり方でも十分勝負ができるんだ」と社員一人ひとりが気概を持っています。

 ――2016年3月期決算の純利益で「総合商社首位」が大きな話題になりましたね。
 私が入社した1994年ころは業界4位か5位。財閥系3社の下で伊藤忠と丸紅が競っているのが定番でした。当時は採用においても競争力があまりなく、採用担当者として本当に悔しい思いをしてきました。それがここ数年は財閥系上位商社の内定を取ったうえで弊社を選ぶ学生が増えてきています。

 ――何が起きたのでしょう?
 いくつかあります。「非資源分野に注力」「主戦場はアジア」という明確な経営方針、その上で連結純利益商社No.1という結果をしっかり出したこと、お客様目線を軸に現場主義・少数精鋭を貫く姿勢、自分の仕事に誇りを持ち勝負にこだわる社風、そして、朝型勤務制度の導入など「働き方改革」の官民通じたトップランナーであること、などです。こうした一つひとつの姿勢・取り組みが、学生にしっかりと響いてきているのだと思います。
 更に、社員の士気という面では、岡藤正広社長の「言葉の使い方」も大きかったのではないかと個人的には感じています。特に2011年度決算で総合商社3位になったとき、「3位になった」ではなく、「御三家になった」と言いました。「御三家」は「3位」とは違います。「御三家」であれば、トップ3社の中で順位はありません。私たち社員の中にも「三菱商事、三井物産と同列の勝負ができるんじゃないか」という感覚が芽生え、奮い立ちました。その後、資源価格の下落もあって創業158年目で史上初の1位になりました。そのときも社長は、「(三菱商事との)商社2強時代の始まり」と言った。やはり順位はない。真正面からぶつかっていけばいい勝負ができるという意識がさらに強まった。トップマネジメントの言葉の使い方で、社員の意識が変わり士気が高まったと思います。

■甲斐さんの仕事
 ――甲斐さんはどんな就活をしたのですか。
 経済学部だったのですが、最初は自分が活躍できる場所のイメージが湧かず、業界を絞らずに体力の続く限りOB訪問をしました。50社近く、1社3人ほどと会い、大学ノートを3冊ほど書きつぶしました。

 ――エネルギッシュですね。
 銀行はまだ合併前でしたので13行ほど行きました。保険、鉄道、航空、エネルギー、不動産、メーカー、ゼネコンなども。各業界のトップ3まではできるだけ回ろうと。
 どの会社も3人会うと、その会社の社風が伝わってくることが分かりました。どの会社も、だいたい似た感じ・タイプの方が3名出てくる。たとえば同じ銀行の若手、中堅、ベテランクラスに会うと、だいたい雰囲気が同じなんです。ところが伊藤忠だけ、会った3人のカラーが全く違っていた。最初に会った若手はさわやかラガーマンタイプ。帰国子女で、首が太くて日焼けして歯が白い! 伊藤忠はやはりそういう感じかと妙に納得したことを覚えています(笑)。ところが2人目は、大学の落語研究会出身の方で、体型は打って変わってひょろっとしていて、お会いして開口一番「仕事忙しくて大変だよ~」と。終始ニコニコしながら、自分の仕事のやりがいについてざっくばらんに話してくれました。3人目は課長クラスで、今度は一転して無口なタイプで、理知的で頭が切れそうな方でした。
 正直、面白いな!と思いました。こんな会社、他にない、と。そこで、「御社の社員はいろいろなタイプの方がいらっしゃると感じましたが、実際のところどうですか?」と聞いたところ、「そうなんだよ。体育会出身のやつもいるし、生粋のエンターテイナーもいるし、物静かな頭の切れるタイプもいる。お酒が飲めない人だっている」という答えでした。そのうえで「でも、皆、自分の仕事に誇りを持っている。自分に任された仕事は何が何でもやり通そうとする。そのための努力は決して惜しまない。甲斐君、君はそんな世界で自分を試したいと思わないか? 君にそれができるか?」と目を見て言われ、かっこいいなと。それで一気に伊藤忠に行きたくなったんです。

 ――無口な課長にほれた?
 そうですね。でも、入社して会いに行ったら向こうは覚えていなかった(笑)。就職活動では、「その会社に入ると何ができるか」も重要と言われますが、私は「どんな人とどんな環境で仕事ができるか」も大事だと思います。就活は結婚と似ていて、会社全体の見栄えがいかによくても、自分の価値観との共通点がない会社に入ると、本人も会社もお互いに幸福になれない気がします。

 ――他社の内定は?
 もらいました。私には就活の軸が二つありました。一つ目は、大学時代に打ち込んでいた大好きな演劇に打ち込む道です。役者はいろんな人生を追体験できるのでとても楽しかった。もし役者を続けるのであれば、あまり忙しくない会社に入りたい。二つ目は、演劇以上の楽しさや厳しさを求め、チャレンジできる仕事に就いて演劇のことは一切忘れる道です。
 後者で伊藤忠商事が残り、前者は安定しているインフラの会社が残りました。親は「安定しているほうに行ったら」と言っていましたが、いろいろ考えた結果、伊藤忠が面白そうだと選びました。人間的魅力にあふれた社員が沢山いるので、今はまったく後悔はありません。演劇は見るだけになりました。

 ――甲斐さんの仕事について教えてください。
 1994年の入社以来、人事畑を歩んできています。新卒採用を担当したほか、リクルート社に出向して人事系コンサルティングのような仕事をしたり、子会社の「伊藤忠人事総務サービス」に出向して給与業務を担当したり。制度企画やラインの人事担当者を経て、2011年からASEAN(東南アジア諸国連合)一帯を見る人事担当としてシンガポールに駐在し、2015年4月から現職です。

 ――人事は希望して?
 いいえ。弊社に入る学生は基本的に営業志望で、私も、食料カンパニーなどを志望していました。「人事部」と言われ最初は戸惑いもありましたが、どこに配属されようと10年間はがむしゃらに仕事をしてみようと思いました。90年代後半から「人事」の分野が「HR(=Human Resources)」と言われて経営を補佐する位置付けとして世界的に光が当たるようになり、「これは面白くなりそうだぞ」と思うようになりました。
 一番面白かったのは、食料カンパニーや海外の人事総務担当など、より現場に近い立場での人事の仕事です。カンパニーや海外ブロックのトップマネジメントの判断を日々見ることができ、直属スタッフとして経営を補佐できる仕事はやりがいがあり、とても勉強になりました。
 モノを持っていない商社は人材が全てです。重要な経営資源である「人的資源」を、いかに確保・育成・活用していくか。HR機能はますます重要度を増しており、とてもやりがいがありますね。

 ――伊藤忠の仕事のやりがいと厳しさを教えてください。
 待っていれば仕事が降ってくる会社ではないと思います。自分から仕掛けていかないと。そういう意味では、仕事で楽なことはありません。楽をして高い給料をもらいたければ、ほかに行ったほうがいいと思います。これだけ世の中が大きく変わる中で、自分の価値をいかに高めて、いかに戦っていくか。一人ひとりに要求されるレベルは高く、求められる成長スピードは非常に速いので、そうした環境を「良し」とする人に受けてほしいですね。
 過去にそうした環境に身を置いたことがある人は分かると思いますが、困難が大きければ大きいほど、乗り越えた後の喜びも大きい。「No pain, no gain」(苦は楽の種)で、大きな達成感がごろごろ転がっている会社だと思います。

みなさんに一言!

 就職活動は人生の中で特異な時間です。電話1本、メール1本で大人が利害関係なく会ってくれて、運がよければコーヒーやランチをごちそうになりながら、仕事のことだけでなく、人生観や家族観まで語ってくれる。初対面の社員が、ですよ。こんな機会は一生の間でも就活の数カ月間しかありません。だから、チャンスと捉え、ぜひ楽しんでほしいですね。これだけ世の中が変化すると、成長が見込まれる産業とそうでない産業を区別する物差し自体が変わります。自分に限界を設けず、少しでも興味があることにはどんどん飛び込んで、自分の目で見てください。
 そして、いろいろなバックグラウンドを持った社会人の価値観や人生観に触れてほしい。影響を受けまくってほしい。自分の価値観が変わってしまってもいいです。そのプロセス自体が就活ですし、みなさんの成長につながります。
 最後に1社に決めるときは「エイヤ」で決めればいい。親や友人の意見も重要かもしれませんが、決めるのは自分であってほしい。「他人軸」でなく「自分軸」で決めることが重要です。どんな会社に入っても、若いときは数限りなく失敗し、壁にぶつかることになりますが、もし他人の意見で就職先を決めていたら「やっぱり他の会社に行けばよかった」と思ってしまうんです。他人のせいにして、結局踏ん張り切れない。逆に自分で決めていれば、誰にも文句は言えません。「なにくそ」と思って、もう一度仕事に立ち向かえます。だから覚悟を決めて飛び込んでほしい。
 自分のキャリアを築いていくうえで、進路を選ぶこと自体は実はそれほど大切ではないと私は思います。就活が成功したか失敗したかなんてことは自分自身ですら何年も経ってからでないと分からないし、ましてや他人に評価されるべきものでもありません。他人が何と言おうと「自分軸」で「エイヤ」で決めて飛び込み、時間が経って振り返ったときに「あぁ、あのとき自分なりに悩んで選んだこの道は正解だったな」と心の底から思えるように、自分で選んだ道で愚直に努力を続けることのほうが百倍も千倍も大事です。ですから、苦しいかもしれませんが、逃げずに「自分軸」で進むべき道を決めるようにしてください。
 そして、もし伊藤忠商事を志望してくれるのでしたら、是非弊社の門戸をたたいてみてください。皆さんとお会いできるのを楽しみにしています。

伊藤忠商事株式会社

【商社】

 伊藤忠商事は、1858年初代伊藤忠兵衛が麻布の行商で創業しました。世界63カ国に約120の拠点を持つ大手総合商社として、繊維、機械、金属、エネルギー、化学品、食料、住生活、情報、金融の各分野において国内、輸出入及び三国間取引を行うほか、国内外における事業投資など、幅広いビジネスを展開しています。  コーポレートメッセージでは「ひとりの商人、無数の使命」を掲げており、伊藤忠商事の強さである卓越した「個の力」を活かし、広く社会に豊かさを提供し続けることが、創業者である伊藤忠兵衛をはじめとする近江商人の経営哲学「三方よし」と一致する持続的発展の道筋であり、当社が果たすべき「使命」と考えています。  これからも常に「商人魂」を原点に据えながら、売り手にも、買い手にも、世間にも、よりよい商いをめざし、社会に対しての責任である「無数の使命」を果たしていきます。